2008/08/16

五山の送り火

平清盛は、熱を出したとき水風呂に浸したら沸騰してしまったと言う逸話が残っている。そこまでではないが、今日の私は水風呂に入っても大丈夫なぐらいの体中の熱である。なんのことはない、昨日の琵琶湖での日焼けだ。い、痛い。

ではあるが、年に一回この日焼けのひりひり感を味わう事が夏だなあと思う。アホだなと思いつつ、来年も日を浴びるのだろうなあ。

           ◆

 昼寝の子起きしにあらず裏返る
                三村純也

先日東京で泊まったホテルで朝刊で読んだ毎日新聞にあった俳句だ。なんともその通りだなあと思う。

娘のお昼ねに付き合って寝転がる。娘が寝るのを確認してこちらもちょっと寝ようとするのだが、ちょっとにならない。結構寝てしまう。で、時々目覚めては、お腹に布団をかけてあげるのだが、まさにこの通りである。ではあるが、結局ぐっすりである。

気がつくと、私よりも早く目覚めた娘が私の顔の前で、笑っている。枕の下に隠しておいた眼鏡を取り出して遊んでいる。そして、私の顔を引っ張って喜んでいる。

痛いのにうれしいとは、親ばかも極まれりである。

           ◆

夜の七時過ぎに家を出る。比叡山を越えて京都市内に入る。今日は、五山の送り火である。奥さんの夢であった五山の送り火を見に行こうと言うことになったのだ。去年の今頃は、奥さんは実家に戻り出産の準備に入っていたので、見る事は出来なかった。

自宅から30分ほど走らせたところで、すでに見物の準備をしている人たちに出くわす。送り火の大文字は、実を言えば我が家の裏山の向こう側である。
(へ? こんなところから見られるの?)
ということで、目的の鴨川はやめて近くに車を停める。

30分ほど点火を待つ。花火大会とは違った、始まりへの緊張感がある。

           ◆

20時ちょうどに点火された。特に歓声が起きるでも、拍手が起きるでもない。みんなじっと見つめている。中にはカメラを向けている人たちもいるが、遠慮しながらという感じである。

15分程度見つめて、三人で写真を撮って、京都の夏を味わう。
もちろん、私たちの人生と娘の人生を授けてくれたご両家のご先祖様に、ありがとうございますという思いは伝えた。

しみじみ日本の夏である。

Okuribi

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2008/07/12

書道部の作品展が建仁寺で

山中越えで京都市内に入る。学生の書道部の作品展が建仁寺で行われている。これを見に行くためだ。

国語科教育法で指導している学生たちが、招待状を持って研究室にやってきた。スケジュールを確認すると珍しく土曜日が空いている。ということでスケジュールを入れて見に行く。

建仁寺は、祇園にある禅宗のお寺である。栄西が開いたお寺である。その中にある離れを二つ借りての作品展である。深閑とした境内ではあるが、さすがに暑い。しかし、苔むした庭には竜胆が咲き、いい感じのロケーションでの作品展である。

そこに娘を連れて行って良いかどうか。部長に確認したところ構わないという。ならば、安心して行こう。

            ◆

娘は、外面が良いのだろうか。泣くこともなくニコニコしながらお寺の畳に座っていた。学生たちがやってきて声をかけて、相手をしてくれるもんだからご機嫌なのだろうか。

びっくりしたのは今年卒業した学生たちが、見に来ていたことだ。仲間の一人は大学院に進学したので、そこを宿にして集まっているのだろう。彼女らも娘に会えて喜んでくれた。娘は、彼女らに抱っこされても泣かない。すごいことだ。私の教え子だと分かっているのだろうか。

学生たちの日頃の字を知っているだけに、書道の字も楽しみであった。私は草書になると分からないことが多いのだが、それなりに楽しめた。作品展は、明日までやっています。無料ですので近くにおこしのさいは、立ち寄ってやってください。お茶とお菓子が出ます。

            ◆

この頃、娘はさらに活発になってきた。汗疹もできてきた。生まれながらにして髪の毛が多いのもその理由の一つだ。髪の毛は胎内筆を作ってあげたいので、できる限り伸ばす方針。ちょっとかわいそうだ。

そこで髪の毛を頭の上にゴムで止めて、顔にカーマインローションを塗ってあげる。顔は白くなる。何かに似ている。「バカ殿」である。すまん。生まれてまだ10ヶ月なのに、バカ殿にしてしまった。

ま、可愛いからいいか。
可愛い怪獣。
可愛いバカ殿である。

もちろん、私は親ばかである。

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2008/07/01

夏越しの祓い

夕刻から吉田神社の夏越しの祓いに出向く。

「風そよぐならの小川のゆふぐれはみそぎぞ夏のしるしなりける」

百人一首の藤原家隆の歌である。
ここにある「ならの小川」は、上賀茂神社にある川の事であり、奈良県とは関係はない。さらに、ここの「みそぎ」が「夏越しの祓い」である。

Rimg01512

一年の半分が終わる今日、京都ではどこの神社でもおはらいをする。
吉田神社では、
「みなつきの なごしのはらひ するひとは ちとせのいのち のぶといふなり」という大祓の歌を歌いながら、大きな茅の輪を三回くぐりお祓いをする。

去年は娘が奥さんのお腹の中にいたので、二人で向かった。
そして、
(丈夫な子どもを授かりますように。奥さんが健康でありますように。・・・・)とあれこれ祈りながら茅の輪をくぐったのだが、今年は娘を抱っこして三人でくぐる。来年は、娘は歩いてくぐるんだろうなあとちょっとしみじみ。

           ◆

もちろん、くぐる前には祝詞があるのだが、この吉田神社では祝詞を印刷した紙をみんなに配る。そして、参加者一斉に祝詞を奏上するのである。

祝詞はB4一枚ぐらいの分量で、結構たっぷりある。そして、そこにはすべて平仮名でルビがふってある。ということで、2〜300人の参加者全員で読み上げることができる。

ここまで準備してあれば出来るだろうという考え方もある。しかし、私はこれはこれですごい事だなあと思う。日頃、祝詞と縁のある生活をしている人たちなんて、まあいないだろう。それなのにこうして祝詞をみんなで言えるのである。これって日本の教育の水準の高さを如実に表していると思う。

           ◆

さ、一年の前半は終了である。
充実の後半へと向かおう。

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2008/04/13

斎王桜

午前中は、「児童心理」の校正。
今度の水曜日が締め切りだから、早めに終わって気持ちがよい。

            ◆

その気持ちのよい思いで、京都市内に出かけていく。今宮神社でやすらい祭を楽しみ、その後、上賀茂神社で桜を楽しむ。

Rimg0003


京都は広い。京都市内だけでも広い。だから、ソメイヨシノが散ったとしても、北に向かえば、八重桜にしだれ桜はまだまだ咲いている。今宮神社のしだれ桜も良かったが、圧巻は上賀茂神社の斎王桜である。

            ◆

京都に来る観光客が見て回る桜は、移動しても下鴨神社までだろうと思われる。だから、上賀茂神社にいるのは、ほとんど地元の人である。だから、こんなにすごい桜なのに、ほとんど人がいない。

見とれながら、娘と奥さんの写真を撮りまくる。
大津の家から30分でこの桜に出会えるってのは、やっぱりすごく贅沢だ。

Saiousakura


            ◆

ゆったりとした週末だったなあ。

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2008/04/04

桜の精霊が宿っている

大学のすぐそばにある、岩屋神社の桜である。
こんなに見事なのに、私以外誰もいなかった。
坂道を上り詰めた山の斜面にあるからだろうか。

桜の精霊が宿っているんだろうなあと、思わず思ってしまう。
新入生キャンプの無事を祈願した。

写真をクリックして、ぜひ拡大して見ていただきたい。

Iwaya2

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2008/04/03

一本の桜を植える

Photo


朝五時に起床。日の出を拝んでから京都市内に出かけていく。市内の桜が盛りになっきているので、このタイミングで出かけることにした。

            ◆

山中越えで北白川を抜けて京都御苑へ。ちょっと確認したが、ひろーいので、パス。続いて岡崎公園へ。疎水沿いの桜がちょうど見頃。いやあ、美しい。

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車を止めて市立美術館沿いの桜をベンチで愛でる。娘にミルクをあげながら私たちも食事。パンと紅茶。うららかな日差しを受けながら、桜の花びらからの木漏れ日を受ける。滋賀県に住んで、季節のいいときに京都に出かけていく。これがいいんだなあ。

            ◆

賀茂川沿いを北上して、桜を愛でながら帰宅しようと思ったのだが、上賀茂神社もちょっと立ち寄っていこうということになった。すると、面白い祭りがあったので、見学。京都は毎日どこでもお祭りをやっている感じだ。

さらに、娘にプレゼントをあげることができた。それは娘が生まれたときに、ぜひやりたいなあと思っていたことだ。娘が生まれたときに、一本の桜を植えることだ。

ソメイヨシノは盛りが50年ぐらい。寿命は100年ぐらいという話を聞く。娘の誕生と同時に、どこかに植える場所はないかとあちらこちらを探していたのだが、意外とない。桜そのものは売っているのだが、植える場所がないのだ。

ところが、上賀茂神社を歩いていたら、上賀茂神社に桜を植えてくれるという企画があったのだ。しかも、名札をつけてくれるという。銀行にお金を下ろしにいって、お願いした。

いやあ、うれしい。
これは、私の夢であったのだが、実現したなあ。
娘を連れて、毎年見に行こう。

            ◆

成長を楽しみにする。
親であることの喜びだなあ。

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2008/03/04

下鴨神社の流し雛

授業のない時は、あちらこちらに出掛ける。
京都の大学に来ていて、京都のことを知らないではどうしょうもないので、それこそお上りさん気分もありつつ、見学して回る。

東京にいる時は、地方から来る人に東京のことを案内して回るなんて発想はなかった。そもそも案内してほしいなんて思っていなかったと思う。が、どうも京都に来る人は京都の案内をしてもらうことを望んでいるような気がする。すくなくとも神社仏閣と食事に関してはそんな気がする。

なもんで、国語の中に出てくる伝統文化を実際に味わいつつ、あれやこれやと研修である。本来、教員の研修と言うのもこういうものであるべきだと思う。研修とは「研究と修養」である。教員にとっての研究とは、簡単に言えば指導力を身につけるためのものであり、修養とは人間としての懐の広さや胆を鍛えるものである。

            ◆

私はそのように考えてやってきたが、どうも最近は教員に「研修」ということが言われるとき、前半の「研究」の部分だけを強調しているだけのように思えてならない。それも、目の前にいる子どもに応じた指導方法ではなく、ある一定の方向にだけ正解の在るものを身につけるような研究?である。

私は、そういう方法で多くの子どもたちが出来るようになるとは思っていない。教育ってそんなに簡単なものではない。不確定の条件が無数にある中で、その瞬間にはその答えしかあり得ないことを想定しつつ、作り上げて行くものだと思うからである。

それには、胆の方を鍛えることも大事なのだ。

            ◆

糺の森というところは、気になっていた。下鴨神社である。奥さんは何回か行ったのだが、私は一度も行ったことはなかった。『鴨川ホルモー』を読んで、一度行きたいと思っていたのだがなかなかチャンスがなかった。

私は行動的にに見えるようだが、実は出不精なのである。一度出るとなかなか帰ってこないのだが、実は一カ所に留まっていることが好きなのである。

だが、今回は研修も兼ねてでかけることにした。糺の森のある下鴨神社の流し雛である。
娘の初節句である。なんというか贅沢だなあ。最初の桃の節句が下鴨神社の流し雛か。ま、でも長いこと子どもの誕生を待っていたんだから、この贅沢は許してもらう。

            ◆

私達が着いた時は、ちょっと行事が一段落して、一般民間人が川に雛を流しているところであった。私が娘を抱えて、娘に流し雛を持たせて流す、というか投げる。まだ六ヶ月にもなっていない娘には、流すのは無理。だけど、それで充分。

奥さんが娘を抱えて川の畔に立って、今度は私がカメラマンになって撮影をしていたら、そこに急にカメラクルールがやってきて、インタビューを始めていた。ちょうど人ごみがはけて、動きやすくなったのであろう。

奥さんと娘はどこぞのテレビに放映されたかもしれない。まだ、人見知りので切りない娘は非常に愛想がいいf(^^;。カメラマンさんに可愛い可愛いと言われていた。

            ◆

その後、兼好法師ゆかりの吉田神社の近くで食事をして、研究室に立ち寄り仕事。
明日からの東京での仕事に備えて最終チェックも。

            ◆

夜は奥さんの節句のお料理で楽しむ。主人公はミルクですが。
一ヶ月前におひな様が届いた時には、まだおひな様の前で座らせようとしても寝転がっていたのだが、本番当日は、きちんとお座りが出来るようになっていた。いやあ、人間は一ヶ月で成長するのねと、父はしみじみ喜んだのであった。

正月にも書き初めで書いたが、やはり今日はこの詩である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

雛祭の日に

谷川俊太郎

娘よ
いつかおまえの
たったひとつの
ほほえみが
ひとりの男を
生かすことも
あるだろう
そのほほえみの
やさしさに
父と母は
信ずるすべてを
のこすのだ
おのがいのちを
のこすのだ

引用終了 ーーーーーーーーーー

さて、明日からしばらく会えないが、お仕事はお仕事できちっとやろう。

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2008/02/25

甘酸っぱい香り

寝返りを打って、元に戻れるようになった娘。
いやあ、成長は早い。
いないいないバアも楽しむようになっている。

布団にうつぶせになって、飛行機をする。
お腹に体重を乗せて両手両足を浮かせてバタバタするポーズの事。
私もやってみるが、3秒でダウンである。

娘はなんやら楽しそうに続ける。
が、突然ばたりとうつぶせになる。
慌てて駆け寄る。

すると、
ニコッと笑ってこちらを見つめ
また、バタバタである。

なんか、いないいないバアをされている気になる。
うーむ、子どもにからかわれるってのもいいなあ。

            ◆

Ume


本日、梅花祭であった。
北野天満宮に向かった。
梅花祭は、菅原道真の命日の本日、その遺徳を祀る祭りである。

梅は三部咲きであった。
甘酸っぱい香りで、春の喜びを感じた。

Tenjin


町中には、緊張から解かれた顔つきの高校生。
(そうか、今日から京大の入試か)

私も来年度の準備を本格的に始めよう。

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2007/06/30

ああ、今日も戦いである

研究室にこもって昨日の分まで仕事に勤しむ。
んが、外から楽しそうな歓声。
ああ、今日も戦いであるf(^^;。

実は、今日は学生たちが自主的に行う大学の運動会である。体育会のクラブが主催してのようなものではなく、学生の有志が実行委員会を組織して運営する運動会である。去年に引き続き二回目。共学になって大学に良い勢いがついたことの一つの現れであろう。

我がクラスのメンバーは二チーム作り全員参加。傍で応援してあげたいが、そんなことしたらまたまた仕事が進まないので、必死に堪えて仕事をする。

しかし、楽しそうな歓声がf(^^;。

             ◆

昼ご飯を挟んで、さらに集中して仕事を進め、一段落したところで我慢しきれずにグラウンドに向かう。いくつかの競技でクラスの作っているチームは決勝に進出している。

私が見に行った時の百足リレーも一つのチームが決勝進出を決めていた。新入生キャンプの時の小運動会ではぼろ負けだったのが嘘のようであるf(^^;。

             ◆

夕方から吉田神社に出掛ける。『鴨川ホルモー』の舞台になったあの神社である。吉田ということで、吉田兼好にも関係のある神社である。

今日は6月30日。満月である。
関東人の私にはまったく知られていなかった行事が、この日に京都の神社と言う神社で行われるので、体験しにいったのである。

「夏越しの祓い」(なごしのはらい)という。一年の半分を無事に過ごしてきて、そして後半を無事に過ごすために行う行事である。

人事を行った後、茅で作った大きな輪っかの中を三回くぐり抜けるのである。大宝律令でそのやり方が決められていたと言う由緒正しい行事なのである。

東京にいる時は全く知らなかった。去年奥さんが参加してきて、今年は私も一緒にというので参加したのだ。

終了後、魔除けの茅を戴く。一家に一本と言うのに、もの凄い量を貰っていく人もいた。私は家と研究室用に二本戴く。そろそろ採用試験だもんな。縁起を担げるものは担いでおこう。

             ◆

さて、あとは満月を楽しもうぞ。

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2007/06/09

花と文章の一日

集中講義の授業の準備もかねて、平安神宮に向かう。今日は,年に二回ある神苑無料開放の日だ。京都の空はいつ降り出してもおかしくない模様。いや、実際ちょっと降ったりしている。

この時期の神苑は、アヤメと睡蓮が見事である。私は今年初めて見たのだが、この無料開放日は地元の人たちが毎年通っているようである。あちこちで例年と比較する会話が聞こえてくる。それによると、今年は当たり年だそうだ。

満開の時期であることと、一雨降って花が瑞々しく見えるとのこと。ラッキーである。
確かに美しかったなあ。

P6080056

Sinen

            ◆

その後、研究室に籠る。
窓を開けて外の空気を入れながら文章に取り組む。

夕方6時頃、突風が吹き抜ける。今日は雷だと言っていたのを思い出す。しかし、書き始めた筆はちょっと止まる感じがしない。

結局9時頃に帰宅。

            ◆

家に戻ると、琵琶湖の空に雷が走っていた。
今年最後の孔雀仙人掌の花を愛でて一日を終えた。

P6080129


このごろ、花と文章の一日だなあ。

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2007/04/13

季節的には今が一番よい

午前中は夏の集中講義の準備で岡崎公演へ。
いやあ、桜が奇麗でした。
琵琶湖疎水際には桜並木が続くのですが、これが見事。

ここを小舟に乗って川面から見上げるという趣向のお遊びが、この時期だけある。
岡崎桜回廊十石船めぐりである。
去年これを知ったのだが、大学になれるのに精一杯で乗るなんて余裕はなかった。
(来年にしよう)
と思っていたので、今回は頑張って乗った。

Okazaki

いやあ、25分ぐらいの乗船だが、気持ちがよい。実はこの琵琶湖疎水を巡る船を、琵琶湖から京都までというルートで復活させようと言う話が大津側である。トンネルの老朽化などから問題はあるのだが、これを実現してほしいなあと思う。すんごい企画だと思う。岡崎桜回廊十石船めぐりが1000円だから、3000円ぐらいでやってくれれば嬉しいなあ。

            ◆

で、施設を見学して歩く。京都国立美術館、府立美術館、市立動物園、市立図書館、平安神宮、南禅寺、都メッセなどなど非常に多くの施設がある場所だ。休憩にはもってこいの場所がある。とっておきの場所だが、お知らせしてしまおう。ここの美術館のカフェである。

季節的には今が一番よい。
テラスでは、満開の桜の花かげに埋もれながら、琵琶湖疎水を行き交う十石船を眺めることが出来る。有機栽培豆の珈琲が350円。お値打ちである。

            ◆

早めの食事をして大学に向かう。
原稿を書かねばならない。締め切りを過ぎている。来週の月曜日まで締め切りを延ばしてもらったので、頑張らなければならない。

と、そこにノックの音が。
去年国語科教育法1、2で鍛えていた学生たちがやってきた。預かっている和綴じ本を受け取るという名目で、新しい研究室を覗きにきたというところであろうか。久しぶりに見る娘たちの表情は、一回り成長した感じがあった。

教育実習を控えつつ、就職活動もするということで多忙な時期に入る。
「実習が心配です」
というが
『大丈夫。そんじょそこらの実習生では太刀打ちできないほどの私の授業を乗り越えてきているんだから、謙虚にかつ小さく自信を持って行きなさい』
と話す。本当だよ。頑張れよ。

            ◆

会議の時間まであと1時間。
(ちょっと体でも動かすか)
と大学の中を探検。そんなに広くない大学だが、それでもいつも行くところは決まっているので、そうではないところを見て歩く。特に桜の場所を見て歩く。

いやあ、すごいところを発見。誰も来ないだろう。桜の花びらの絨毯があった。P4120085

ソフトクリームのような、質感。
私は両手で掬って思わず青空に向かって投げ出した。
人には見せることの出来ない姿であるf(^^;。

            ◆

で、原稿が進まないまま、会議に突入する。
学科立ち上げのために、いろいろな確認をする必要がある。今日は5時から9時まで二つの会議である。

一つのものを協同で作り出すために、あれこれと考えを述べ合い、それを調整して具現化するためのプラに仕上げて行く。しんどいが楽しい作業である。一週間後、半月後、一年後、四年後の学生の成長を考えて、じっくりと練り込むのであった。


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2006/11/29

東福寺

朝一番で、東福寺に向かう。
この時期だけ8:30から開いているのだ。

私はここで
「すごい」
「はあ」
「なんだこりゃ」
を何回言っただろう。

ここまでする必要があるのだろうかと思う紅葉であった。
一日中体が火照る思いであった。

はあ。

Toufukuji

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2006/11/25

訓読みと音読み

春夏秋冬
春夏秋冬

字面は同じだが、違う。
もちろん、「はるなつあきふゆ」と「シュンカシュウトウ」である。
京都の春と秋という二つのシーズンを体験して思うことは、訓読みと音読みの二つがあって良かったなあということである。

なんというか、一つの読み方では表しきれないものがここにあるということなのだ。一つの読み方だけでは、言いきれずもどかしく感じてしまうものが、もう一つの読み方がある御陰で救い取れるという思いがする。

訓読みと音読みで、そんな風に感じるなんて思っても見なかった。

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2006/07/18

清水焼団地の「第32回陶器まつり」

午前中は、清水焼団地の「第32回陶器まつり」に行ってきた。
もう10年ぐらい前であろうか、修学旅行で生徒を引率して清水焼団地には一度行ったことがあるが、それ以来である。

10時から始まるので、10分ぐらい前に会場についてうろうろ始める。
私達二人にしては非常に計画的な行動である。
会場には、たくさんの窯元が作品を展示している。また、個人の陶芸家の作品も並んでいる。

(しまった)
と思ったのは、良い作品が多いこと。
(良かった)
と思ったのは、お金をたくさん持ってきていないこと。
これでお金をたくさん持ってきていたら、とんでもない買い物をすることになっていただろう。

ちょっと良いよなあと思う天目茶碗なんて、新車一台が買えてしまう金額が付いている。ま、それを良い作品と思えた私の眼力もなかなかだなあとうぬぼれもできたが。

            ◆

この会場には京都橘大学の文化政策学部の学生が、産学協同と言うことで出店している。これを遠巻きに見ようと思ってうろうろしていたのだが、目の合った学生にお辞儀をされてしまった。

いやあ、ラフな格好でいたし授業を教えている学生はいないはずなので、分からないと思ったのだがなぜかばれてしまった。うむ。

今日は雨だけど、頑張れよ。

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2006/07/14

宵宵宵山

突然の大雨、まるでスコールのような大雨が比叡山の麓、皇子が丘に降り注ぐ。
その大雨の向こう側は真夏の入道雲が輝いている。
今日は、オフ。

新車を真剣に捜そうと、とあるディーラーに出かける。
私はオープンカーが欲しい。
琵琶湖のほとりを森高千里の「私がオバさんになっても」をかけながら
気持ちよくクルーズしたい。

んが、奥さんは
「えー、普通の車が良い」
とおっしゃる。
ふむ。
もう少し考えるか。

            ◆

自宅で明日の名古屋行きの宿の手配や新幹線の時間の確認をしようと思ってPCを確認したところ、学生からメール。

「明日面接試験なので、対策をお願いします」

とのこと。
うーむ、明日かいな。
ま、やらないよりはやった方がいいだろうということで、慌てて短パンTシャツの姿からネクタイ姿に着替えて大学に向かう。オフ取り消し。

やっぱり職場と家が近いってのはいいなあ。

            ◆

研究室で、明日面接試験を受ける学生を中心に三人に面接試験のポイントを実践形式で伝える。
30分の予定であったが1時間みっちりと行った。

付け刃になってしまうかもしれないが、自分をブランド化するということが多少分かってくれて、そしてその方向で自分と言うものを試験官に伝えることができれば、お買い上げ=合格ということになるのだが。

うちの学生達は、真面目に学んでいるもののそれを人に伝えると言う部分が弱い。何もしていないのであれば仕方がないが、小学校のボランティアに通ったり、懸命に書道を練習したりしているのに、それを前面に出して自分を理解してもらいやすいように加工する技術が弱い。

やってもいないことを、いかにもやってきたように話す必要は無いが、やってきたことでれば淡々とでも良いからきちんと伝えることが大事だ。君にしか起こらなかった人生の意味を大事にして、これから目指そうとする教育の仕事に生かすべきなのである。

            ◆

で、今晩は祇園祭の「宵宵宵山」であって、これを見に行く。
まあ、蒸し暑い。
凄い人である。
本番は明後日。
でも、これが京都なんだろうなあ。

「P1010025.MOV」をダウンロード

は、鉾の上で楽曲を奏でているところ。
京都の夏であります。

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2006/06/28

京都から、日本の教育を少し変えるきっかけを

今から12年前に、全生研(全国生活指導研究協議会)の京都大会があった。
ディベート甲子園が始まる一年前のことである。
私はディベート甲子園が始まる前は、全生研の全国大会に参加していたのだが、ディベート甲子園の日程と重なることが多くなり、足が遠のいてしまっている。

その私にとっての最後の全生研の全国大会の閉会セレモニーで、ガンガンのロックコンサートをやっていた京都の小学校の先生がいた。今村克彦先生である。

私とて、中学、高校とバンドをやっており、教師になってからは軽音楽部の顧問もしていたぐらいであるからして多少のことは分かる。その私が見ても
(すげ〜〜)
と思うコンサートであった。

            ◆

で、その今村先生と昨日飲んだ。京都の駅前のホテルのビアガーデンで飲んだ。
今村先生のマネージャーのあやちゃんと、糸井先生と私の4人でビアガーデで飲んだ。

きっかけは今村先生の本である。今年出された『夢の見つけ方教えたる—タイマン先生と悪ガキどもの心意気』
を読んいるときに、先生が小学校現場を離れたことを知った。
(こ、これは!)

            ◆

全生研は、子どもの事実から教育を考えるという立場を取っており、私はこのことが全生研を全生研たらしめているポイントだと、勝手に思っている。

そして今村先生は、子どもの事実から教育を語ることの出来る先生だと思っている。もちろん、最初に到達すべき目標を設定して子どもを指導することは大事だが、それがすっとできるほど今の社会や子どもたちは簡単ではない。

子どもの一番近くにいて、子どもの事実から、子どもの伴奏者として、さらに伴走者として学校教育に携わることが出来る教師であること。これが今の、これからの教育にはもっと必要になると思っている。

            ◆

今村先生とは、コンサートもそうだがいろいろなところで繋がっていることが分かった。まず、恩師である。竹内常一先生つながりである。私が学生時代に竹内先生が今村先生の実践を話していたのを覚えている。

糸井先生は、奥さんが小学校の講師をされている時に今村先生が勤められている小学校に勤務されていたし、その学校には、小学生時代のあやちゃんもいた。ちなみに、上記のコンサート会場にもあやちゃんはいたそうだ。

糸井先生と今村先生は、カテゴリーは違うがダンスと言う共通項目もある。
さらにさらに・・・、とてもブログには書けないことで話は盛り上がった(^^)。
だって本当に書けないんだもんねえ。

            ◆

で、9月に行う大学での私の「特別活動論」の集中講義で、今村先生に一日特別授業をしていただくことが決定したのだ。バンザーイである。9/8から9/13の間のどこか1日である。本学の教育を目指す学生達に、凄いプレゼントが出来そうである。

学生らが今まで出会ったことの無い子どもたちの事実を、小学校教育と言う営みの中で、今村先生が伴奏し、伴走してきたのかを授業で伝えてもらえるのだ。本学の学生の大きな財産になるだろう。

ではあるが、事務方と調整して上手く行けば、私は公開で行いたいとも考えている。そのときは、告知します。

            ◆

「三人の会を続けましょうや。うちの子どもたちにも会って下さい」

今村先生に言われた。
いやあ、嬉しい。会いにいきますとも、お酒も飲みますとも(^^)。

京都から、日本の教育を少し変えるきっかけを作れるのではないかと思う。

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2006/06/05

社会科見学をしていた感じだ

関西は交通費が高いという嘆きをブログに書いたところ、本学の小暮先生からメールを頂いた。滋賀から大阪に行く時には、一度京都で降りて切符を買い直すと安いとのこと。なんか関東人の感覚ではよくわからないのだが、今度してみよう。情報ありがとうございました。

            ◆

しかし引っ越しと言うのは、いろいろなものが変わるのでパソコンのOSの変更のようなものだ。その第一のところが住民票の移動と、印鑑登録と、銀行の変更だろう。

昨日の代休で午前中はオフにして奥さんと一緒に行ってそれをやったのだが、まあ私がいかに社会性が弱いかと言うことが改めて分かった。

書類を書くための基礎情報がない。銀行口座は作った支店でなければ解約できないとかなんてのは知らない。

ほとんど、今日は奥さんに付いていって社会科見学をしていた感じだな。大津市役所の五階の食堂から見た景色がきれいだったから、遠足だったかもしれない。

            ◆

納得いかなかったのが、警察での免許書の住所変更。写真がないと受け付けないと言うのだ。なんだそりゃ。確かに私は危険人物ではあるが、写真を提出しないと免許書の住所を変更できないと言うのだ。

そんなに必要なら、そちらでポラロイドカメラかなにかで撮影すれば良いのに、こっちに用意をしろとのこと。さらに、ないのなら目の前のデパートに簡単に写真が撮れる機械があるからそちらで撮ってきてほしいと言うこと。

まったくなんてこった。道路の向こうまで行って高いお金を払って撮影だと? そんなに必要なら警察の中に一枚10円ぐらいで撮影できるように用意しておけば良いじゃないか。

と言いたかったが、いきなりブラックリストに載るのもなんなので、止めた。

            ◆

午後から大学に行き、授業の準備。いよいよ授業も半ばに入る。
今年担当している国語科教育法1の授業の基本コンセプトは、「学校現場で困ることの多い指導項目を、体験的に理解する」ということである。

だから、声の出し方、黒板の字の書き方、漢字の指導方法とやってきて、ここでいよいよ作文指導に入る。体験作文の書き方指導をやる。例のテレビ番組を見せてオシマイにするという手もあるが、それじゃあつまらない。

折角なのでエッセンスをやる予定である。その準備が半分終わったところで8時を過ぎてしまったので今日はおしまい。続きの準備は明日だ。

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2006/05/29

一人カラオケ

関根勤さんの『バカポジティブ』という本がある。私は彼の笑いが好きで、本も楽しく読む事が出来た。その中に、
(うーん、禁断の遊びだなあ)
と思うものが紹介されていた。それは、

「一人カラオケ」

である。

一人でカラオケに入るなんて、友達がいない奴ではないかと思われるし、そもそも聞いてくれる人がいないのに楽しいのかという問題もあるが、関根さんは勧めていた。

            ◆

学会に行く前の仕事、さらに学会での三日間週末を過ごした私は、今日をオフと決めてジュンク堂まで本を買いにいったのだ。その前に腹ごしらえ。

昼ご飯に、「眠眠」の餃子を食べる。
実は京都の餃子は「王将」ではなく「眠眠」がルーツであるという事を聞いたので食べた。「王将」より上品だが、私は「王将」に慣れてしまったなあ。

で、ジュンク堂で本を漁り、帰りを急いでいたらちょっと雲行きが怪しくなってきた。パラパラと来た。そんなところにカラオケボックスがあった。これは禁断の遊びをするしかないと、入店。

しかしねえ、昼間とはいえソフトドリンク飲み放題で、一人30分で140円は安すぎないか?1時間いたけど280円だったぞ。これじゃあ、喫茶店でコーヒーを飲むよりも安い。

順番を気にせず自分の歌いたい曲を歌いたいように歌う。
確かにこれはいい。

平井堅、イーグルス、中村雅俊、杏里、アンルイス、森高千里と、そりゃあ日頃なら歌わない曲をガンガン歌う。ちょっと癖になるかも。

            ◆

とまあこんなことができる木屋町がすぐ近くにあるマンションの生活も、今月一杯でオシマイ。6月からは正式に新しい家で過ごす事になる。奥さんはいま東京で引っ越しの下準備をしてくれている。ありがたいことだ。

で、奥さんと電話で話していたのだが、青梅の教員住宅から聖蹟桜ヶ丘のマンションに引っ越す時は、実のところそんなに切なさを感じなかった。自分たちが選びに選んで買った住まいに引っ越せる喜びに満ちあふれていたのだろう。

だから、聖蹟桜ヶ丘の家を離れて京都に来るということが動き出すと、本当に切なかった。でもそれは持ち家だからかと思っていたのだが、今、この京都でたった二ヶ月間だけ過ごしたマンションを離れるとなると、聖蹟桜ヶ丘の家を離れる事の切なさには及ばないが、それでも切なさがあることに驚いている。

なんでかと考えていたのだが、東京から京都へ移ってきた時の混乱の二ヶ月間を支えてくれたからではないだろうかということに落ち着いた。そう、もう京都の生活を始めて二ヶ月が経つんだな。

            ◆

明日は新居の鍵の引き渡し。このマンスリーマンションの荷物も新居に運ぶ。下準備はもうしてもらってあるのだが、最終の準備を始める。なんもと切ないや。しかし、この切なさの積み重ねが人生なんだろうなあ。

明日の夜は新居かも。

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2006/05/24

引っ越す算段が始まった

いよいよ聖蹟の家から引っ越す算段が始まった。
引っ越し業者を選定。我が家を貸し出す準備である。

東京からの引っ越し。見積もりをしてもらったらなんと70万円弱とのこと。ひえ〜で
ある。しかし、それは定価。ここからが値引き交渉である。もちろん3月などの一番忙
しいときには、定価から値引かれることはない。しかし、今は繁忙期ではない。どちら
かというと暇な時期である。強気の交渉(笑)。結果的には驚きの金額で妥結。ディベ
ートはやっておくもんだわい(笑)。

新居は滋賀県の大津市。琵琶湖が玄関やテラスから望める。おそらく花火大会も見るこ
とができるのではないかと思う。京都駅まで12分で着く。西大津駅が最寄りの駅にな
る。駅からは驚きの一分。新幹線を京都で降りて20分もすれば、我が家にいるでしょ
う。
しかし、まあ、京都・滋賀の不動産を借りるのは面倒くさい。保証金はすんごい高いし
、契約書に連帯保証人は二人も必要だし。実家を回って契約書に実印を押してもらう。
ありがたい。

我が家を貸すかどうかは考えたが、やはり使っても使わなくても痛むし、資産の有効運
用を考えれば、そのままにしておくことはできない。いくつかの業者を選んで貸し出し
を考えているけど、このblogを読まれている方で聖蹟の我が家を借りたいという方いら
っしゃいますか。優先的に考えますけど(笑)。

非常に疲れたが、近来まれに見る充実した一日だった。
引っ越しは、月末になる。

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2006/05/19

夜の祇園を歩いて

京都に来てそろそろ二ヶ月が経つ。
東山の辺りは随分土地勘が持てるようになった。
が、夜の街は全然わからない。

今夜、夕ご飯を食べた後、腹ごなしに奥さんと一緒に祇園を歩いた。
今の住まいから10分も歩くと祇園なのだ。
祇園は、桜の頃昼間に白川沿いを歩いた。
しかし、その時とは全く別の顔であった。

いやあ、凄い。
ちらっと見えた町家作りのお店の中は高級なクラブであったり、
川沿いの料亭はどこをみても
「ふふふ、御主も悪よのう」
と言っているようで、面白かった。

ま、私には縁のないところだろうが、こういうところがあるんだと知れるだけでも東山に住んだ甲斐があったというもんだ。

            ◆

聖蹟桜ヶ丘の我が家にいる時は、我が街、我が家こそがすべてだと思っていた。もちろん、今でも聖蹟桜ヶ丘が我が家だと思う。しかし、たった二ヶ月しか住んでいないこのマンスリーマンションも、今では自分の家という気持ちになっている。

ありがたい事に、生きていくことの可能性が広がっていくのを感じている。
そして、改めて分かったのは、今を生きるということだ。

この先にあることの出会いを楽しみにして、今の生を充実させようと思う。
この家で生活するのもあと少しだ。

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2006/05/16

葵祭の一日

今朝は四時台に目が覚めた。
そうであっても、もう外は明るい。
そのまま起きて、締め切りを過ぎてしまった原稿の最終推敲を行う。

朝食をとり、読書読書。
そんなに読んでいない方ではないと思うのだが、来年度の準備に必要と思われる本を時間のあるうちに、とにかく読み進めようと思って読んでいる。4月の本代はちょっと考えたくない。

            ◆

今日は京都三代祭りの一つの葵祭。人々が古式ゆかしい格好をして、京都御所、下鴨神社、上賀茂神社と練り歩く。何を祭っているのかはよくわからないが、とにかく見ておこうと思っていった。

Aoimaturi_1


京都橘大学は、そんなに大きな規模の大学ではないが学生は全国各地からやってくる。来年私が担当する児童教育学科もそういうことになるであろう。その時、18歳で地方からやってくる学生達に多少は京都の事を説明できるようになっていた方がいいだろう、と思いなるべく京都らしいところには顔を出しておくことにする。

頭に来たのが、新聞社のカメラマン。S新聞の女性記者であった。記者が記事を作るために列の中に入って写真を撮るのは、分かる。しかし、撮り終わった後にどうどうと一緒に歩いているのには、頭に来た。こっちは、一枚の写真を撮るのにずっと良い場所に立っているわけである。その記者がフレームに入ってしまうと台無しになるということが分かっていない。

人の気持ちに立てない新聞記者は、良い記事が書けるとは思わない。

            ◆

午後は大学に戻って、事務仕事と授業の準備。書き終えた原稿を送り、手紙を書き、本を調べてといつも通りの私。そんな私が楽しみにしているのが、三時過ぎ。
三時を過ぎると、子どもたちが釣り竿を持って研究室の前を通る。
研究室の前には小さな池があるのだ。

釣っていいのかどうか分からないが、子どもたちが嬉しそうに、それでいてオドオド研究室の前を通るのを見ると、なんかこっちもニコニコしてしまう。だけど釣れたような様子はないなあ。

            ◆

夜は、東京から来た知り合いの編集者さんとお食事。高瀬川の畔の店だ。Gakasegawa1_1

ゆったりと京都の料理を味わう。一品ずつの小鉢もおいしかったが、最後に出たショウガご飯が絶品であった。編集者さんの体調が悪く、二次会はなしにして、帰宅。

はあ、良く歩いた一日だった。

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2006/05/14

I'm off

久しぶりにぐっすりと寝たかな。

追いかけられているという感覚がまだ抜けないんだな。本当は追いかけなければならないのに。でも何に追いかけられているんだろうか。ま、分からないでもないが、完全に抜ける事はないだろう。

部屋の窓を開けると、知恩院を包み込む山と空が非常にきれいだった。新緑を渡ってくる風も心地よい。ふう。

Photo_1


ということで、洗濯である。
通常の洗濯の他に、タオルケットを洗う。これだけ風通しが良ければ、きれいに乾くだろう。

            ◆

昼ご飯を食べながら、「横丁へよーこちょ!」を見る。関西地区限定のお笑い番組である。関東では若手というか、新人というかそういう芸人達が、ばりばりでやっている。

授業作りネットワークの春の京都の大会で土作さんがやっていたネタも、理解できた。
下らねーなと思いながらも楽しんで見る。

         ◆

今年のディベート甲子園の中学論題は、【日本は動物園を廃止すべきである。是か非か】である。

動物が好きな私は、小さい頃は母親が嫌いで飼う事が出来なかった。独立したら自分で飼うぞと思って飼った二匹の子猫は、学校から帰ったら逃げ出していた。結婚したら奥さんが嫌いということで飼えない。人生は思う通りにならない。

聖蹟桜ヶ丘の家の近くにも多摩動物園があるのだが、結局一度も行かなかった。そこで、今回の京都暮らしである。東山区の私の今のマンションの近くには、市営動物園がある。今日はそこに行った。

            ◆

いやあ、凄い人だった。昨日の旭山動物園をモデルにしたドラマの影響かな。だけど、面白かったなあ。

小動物に触れるコーナーがあって、黒豚と羊とヤギと触った。黒豚を触った子どもが
「父さんの髪の毛みたいや」
と言っていたのが笑えた。父さん、そんなに髪の毛固いのか?

「ひと」と書いた看板のある檻もあった。何があるのかと訝って中に入った人を観察するという檻である。さすが、関西!

爬虫類館では、カイマン(鰐)を見ていたら、
「お前一緒に風呂に入るか?」
と親の声。
「いやや!」
「じゃあ、やっぱり鰐はすきやないやん」
との会話。好きでも普通一緒に風呂に入らないでしょ。

P5140127


動物に食事をさせる時間を予め予告しておいて、その姿を見せながら飼育員がその動物の開設をしてくれるという企画もあった。アシカ、ゴリラ、ゾウ、ライオン、サルなどなど。良いよなあ、こういうの。

ゴリラの食事の時に、どうもゴリラが落ち着かないでいた。
すると、飼育員が
「今日は雄の○○だけを見てもらうために、メスの△△を向こう側に閉じ込めてあるんですよ。いつもなら一緒に食べるのに、こっちに来ないから心配なんですね」
なんて言っていた。もののあはれである。

動物園と言えば、高村光太郎である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

ぼろぼろな駝鳥 高村光太郎

何が面白くて駝鳥を飼うのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股すぎるじゃないか。
頚があんまり長すぎるじゃないか。 
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろすぎるじゃないか。
腹がへるから堅パンも食うだろうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見ているじゃないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまえているじゃ ないか。
あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいているじゃないか。
人間よ、
もうよせ、こんな事は。

引用終了 ーーーーーーーーーー

確かにダチョウはそんな気にさせるなあ。

P5140218


たっぷりと三時間いて、500円。いやあ、お得だ。
天気のいい時であっても研究室にいると、太陽の光を直接体に受けない。だけど、今日はたっぷりと浴びたので、心地よかった。

閉園ギリギリまでいた。個人的には動物園は廃止してほしくないなあf(^^;。

            ◆

動物園から家に帰る時に、奥さんが探してきてくれていたお店に寄る。イタリア料理の小品を出す店。テイクアウトで色々なパテやペーストを楽しめる。今日は、食べた事のないものを指名。

それを手にして、京都市美術館の前にあるベンチに向かう。
黄昏時に、ビールと一緒に味わう。はあ、休日だ。

P5140335


鳩が一羽近寄ってくる。
鳩は、私から何か餌を貰えると思ってやってきたのだろうが、生憎手持ちはない。こちらをじっと見て、首をぴょこぴょこしながら私の周りを歩く。あれで鳩から見える画像は、ぶれないのだろうかなあ。

やたら媚を売ってくるので、鳩をじっと見ていた。
鳩って鳥は、細かいパーツはかなり見事だという事が分かった。首の色はクジャクにも負けない。羽根のストライプは、シマウマのそれにも似ている。だけど、それがバランス悪く一つの体に集中しているんだなあと思った。

            ◆

琵琶湖疎水を通って帰る時に面白いものを見た。
カルガモの親子である。上流に向かって一直線に並び、泳ぐ練習をしていた。

もの言わぬ四方の獣すらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ

四方ならぬ、二方であってもかあと思った。

P5140378


            ◆

家に戻り、実家に電話。
そりゃあ母の日だもんね。
元気そうで何より。

ああ、良い一日だった。

さて、明日は葵祭だ!

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2006/05/01

移動

バスの時間は23:00京都駅発なので、ゆったりと過ごす。夕ご飯を三条京阪に出かけていって食べる。時刻は20:00ぐらいだろうか。鴨川縁にはもうカップルが出ている。夏の風物詩かと思ったが、そうではなく春の宵にも。ま、寒くもなく暑くもなくである。しかも、心地よい風が吹いている。良い季節だ。

高瀬川沿いの店をチェックし、京都の夜景を堪能する。一番高い建物は、京都ホテルオークラだろう。そのうちあの最上階のバーで一杯やろう。今日は、この二日間飲み過ぎたので、断酒。ipodからは、フォービートジャズを集めたセレクションを流して、歩く。うむ、いいもんだ。

            ◆

今回は前と違うバス会社で帰ってみる事にした。ハーベスト観光である。参列独立シートではあるが、多摩バスよりも少し安い。京都新宿をつないでいて、途中二回の休憩が入って5:30に到着。休憩時間に人の出入りがあるのと、毛布がないのが難点かな。それに、新宿着だと各駅停車で聖蹟に戻らなければならないからさらに1時間かかる。足下の広さはいいんだけど、多摩バスの方が良いかな。

それにしても、京都駅のバス乗り場は旅を盛り上げてくれるいい雰囲気であった。
ちょうど中国の汽車の駅のような雰囲気である。私が旅していた15年ぐらい前は、切符をとるために駅前に二泊するなんてことは当たり前のようにあり、ものすごいたくさんの荷物を持った中国人が群れをなしていたのを覚えている。

いや、京都駅前のバスターミナルが切符待ちの人でごった返していた訳ではなく、出発待ちの人たちで混んでいただけなのだが、
(これから旅やで〜)
という雰囲気が似ていて、私も
(大丈夫だろうか、忘れ物はないだろうか、乗り遅れる事はないだろうか)
とドキドキが増して、出発だと言う気持ちになる。

            ◆

5:00ぐらいに目が覚めた。
バスのカーテン越しに朝日が射してきたのである。そして気がついた。耳が痛くないのである。そうなのである。今回のバスは、東名高速道路経由なのである。前回は中央高速経由である。さすがに東名高速道路経由は、山岳地帯を走らないので高度の差がなく、耳が痛くなる事もなかったということであろうか。

新宿駅前は、昨晩の宴の後があちらこちらに見る事が出来た。傘を振り回しながら何か呟きながら歩く若者。ビルの壁に寄りかかって泣いている女。そしてその横で困った顔で立ち尽くす男。若い女性達にいきなりイタリア語を教えようとしているおじさんのイタリア人。見ているだけで面白いなあ。

            ◆

さて、GWの準備だ。

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2006/04/29

あどけない話

一日まったく大学に行かなかったのは、今日がはじめてである。先月の30日に京都入りして一ヶ月だから、良く大学に通ったものだ。

今日は高校訪問する予定が流れたので、大学には行かず自宅と近辺で仕事をしていた。
授業作りネットワークの原稿の推敲と、去年から連載しているひまわり社のHPの原稿である。去年が「教育におけるデジタルカメラの活用」ということで、今年が「教育におけるパソコン・インターネットの活用」というテーマである。

カメラは高校時代に白黒フィルムを自分で現像したりしていたし、パソコン通信も比較的早い時代に始めていたが、まさか私がこういう連載をするとは思わなかった。もともと書道のベースがあるので、コンピュータなんかやらないと思っていたんだけどねえ。

            ◆

午後からは、近くの岡崎公園を散策する。疏水の桜はすっかりと葉桜。しかし、大手まりの桜や枝垂れ桜はまだ咲いていた。長いなあ、桜の季節。

市営美術館の広場には、修学旅行の生徒達が集合していた。制服、私服、ジャージ。それぞれの学校の指導によって同じ修学旅行でも随分違うなあと改めて思う。そして、その集団を指導している先生。
(俺も、二年前の楢原中学校の時には、ここにいたんだよなあ)
と改めて思う。

桜が満開の時には一杯だった疏水沿いのベンチも、人はまばら。座って本を読み始めると、鳩がやって来る。
「餌はないよ。私は読書だよ」
と話しながら、寝転がって読書を進める。すると、そこには春の光を受けた葉桜が一杯であった。

そうだと思い出したのは、高村光太郎の詩である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

引用終了 ーーーーーーーーーー

私も少し、人の生活を取り戻しつつあるかなあと思う。

            ◆

その後、美術館、動物園の入り口まで歩き入る事はせずに、図書館に向かう。
平安神宮の入り口の左側に大きな図書館があるのだ。やっと入れる。

雑誌を確認し、(ここで良い情報を得た)インターネットの環境と、DVDの環境を確認。
十分仕事ができることが分かり、満足満足。

聖蹟桜ヶ丘にいるときは、自宅で外の景色を眺めながらやっていたが、外に出て空気を感じてやるのもいいなあ。

ずっと大学にいて帰ってくるのは、近辺が真っ暗になってからだったから住んでいる町の夕暮れを見る事がなかった。西日の当たる比叡山は若葉がきれい。大阪の方面に沈む夕日も見事だ。

明日のネットワークの最後の準備をするか。

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2006/04/19

ふわふわしながら

仕事に一区切りつけて、大学を後にした。
ちょっと前までは、コートを着ていても寒かったと思うのだが、このごろではコートもなしで歩ける。

さらに、春の夜の匂いである。
桜若葉が芽吹く頃、日中の太陽で暖められた土が夜に熱を放つ。
その熱が鼻腔をくすぐる。

春宵一刻値千金

ふわふわしながら、鼻腔に春を受け止め、坂道を下る。
明日の夜は久しぶりに東京に戻るぞ。

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2006/04/17

『流学日記』

岩本悠君という元気のよい若者がいる。
昨年度の最後に、和田中学校の総合的な学習の時間でお世話になった。

学芸大学の二年生の時に、「逃げるようにして日本を離れ」、一年間世界をフィールドにして学び続けた記録が、『流学日記』である。今売れている本だ。大学生の生協ランキングでは3位ぐらいに入っているんじゃないかな。

その彼と連絡を取ったら、なんと京都に来るという。
4/24の夜の集いだ。

何がどうなるのか分からないが、これもご縁。私もいってみようと思う。
京都近辺の方、一緒に生きませんか(^^)。

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