2014/03/30

醍醐の桜は満開です

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大学からすぐ近くにあるのに、春は忙し過ぎて見に行くことが出来なかった醍醐の桜。
昨日思い立って行って来た。
いやあ、見事。

ほぼ満開でした。

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そんなに社会貢献をして来たとは思わないが、こういう素晴らしいものを、絶妙のタイミングで見られる人生を何かに用意されていたのかと思うと、もう少しキチンとやらねばなあと思う私でした。

2013/01/28

いやあ、面白い夜だった。 新しい何かが生まれた夜だった。

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しかし、すごい一日だった。
こんな一日があるんだなあ。
夕方から塾の時代の卒業生と京都で飲むことになっていた。京都のある学会に仕事で参加すると言うので、んじゃあ軽く飲むかと言うことになった。
その前に、ヨドバシカメラでiPhone5の様子を見て、眼鏡のレンズを交換し、フレームの調整をしてもらいとメインテナンスも含めあれこれやるべきことを終わらせた。
三条のとある居酒屋で再会。
昭和の残る居酒屋はなかなかいい。
その後、日本酒バーに行きじっくりと上手い日本酒を味わう。どちらも隠れ家的な店で、私のお気に入り。
学生は居ないというより、入れないだろうなあと言う店。
俺たちもおじさんになったものだと思いながら、あれこれ。
翌日子どもの授業参観があるということで、教え子は最終新幹線で帰京。私はタクシーを見送る。
実は私は、もう一件飲もうというお話がこの日の昼間にFBで成立していたのだ。知り合いの編集者さんが、これまた京都大学での学会に来ていて、夜の打ち合わせのあと二次会の時間あたりで合流しましょうということになっていたのだ。
京都と言うのはこういうのが嬉しい。
東京のように大きな街ではない。しかし、京都には人が集まる。だから、会えるチャンスが増える。そして、大きな街ではないので、食事となるとだいたい集まる場所が同じになる。
「店を捜しておいてくれませんか?」
と頼まれたので、一度京都駅前の店を捜そうと足を進めたのだが、ま、高瀬川の方がいいかなと思い、引き返してうろうろしていた時のことである。
「池田先生?!」
と、いい声で聞かれた。
しかもその声の主は叫んでいる。
ま、場所が場所だけに教え子達に会う可能性は無いことは無い。ただ、学生達が来るような場所でもないので、なんだろうと思ってその声の主の顔を見たら、今度は私が叫んだ。
『sdfghjkl;:!!』
東京で一緒に仕事をしていた女子アナウンサーさんだったのである。『こんなことがあるんだねえ』と路上で旧交を温める。どうしたのかと聞いたら、この近くのお店でテレビ関係者の友人たちの誕生会が行われていると言う。『あ、その店ならさっき私見たよ。いい感じの店だなあと思って。いや、実は私も、、、』とかくかくの理由で店を捜してることを話す。すると、
「良かったらご一緒しませんか?」
とのこと。をを、それは面白い。彼女はメンバーに聞いてくれると言う。そして、勿論!ということで受け入れてくれた。
それで、さっそく編集者さんに連絡。いやあ、面白くなって来た。テレビ業界と出版業界と大学教員とのメディアミックスになる。
編集者さんがくるまで、もう名刺の大交換会があって、さらにあれこれ業界の話や、教育の話や書けないことで大盛り上がり(^^)。ワインを飲みながら爆笑しながら。感度の高い人たちとの話は本当に楽しい。とても初対面とは思えない。
そこに編集者さんたち登場。
明日の教室で平田オリザさんをお招きしたときに一緒に参加されていてた方で、あの名著『うめ版』の編集者さんだと分かったときには、その会場で大盛り上がり。また、話題の本『プレイフルラーニング』の編集もされていて、もの凄い人。その編集者さんが部下の一人と、大学の先生を一人連れて三人で来た。
一緒に来た大学の先生。
名刺交換をしていたとき、お互いに「どっかでお会いしましたよね」と話す。分かった。関西授業づくりネットワークでお会いしたのであった。私は名刺を見て思い出し、その先生は階段を上ってくるとき、私の声を聞いて(聞き覚えのある声だなあと)思ったそうだf(^^;。
こんなことあるんだなあという出会いの嵐。
さらに、そこに若手のテーブルマジシャンが登場。
目の前で技を見せてもらう。
すごすぎる。
そこで、交渉。「明日の教室」に来て欲しいと。手品のいくつかを先生達に教えて欲しいと思ったのだ。小さな手品ができるというのは、子ども達を喜ばせる。これも快諾してもらった。タイミングを見て登場してもらうことになった。
話は尽きないので、先斗町のバーに場所を変えてさらに延々と。もう既に電車は無い。心置きなく時間を過ごせる(^^)。
さらに、ディープな話で盛り上がる。
いやあ、面白い夜だった。
新しい何かが生まれた夜だった。

2012/06/20

忍者発見!

京都市内を走っていたら
「あ、忍者や!」
と娘(4)。

(そんな馬鹿なことがあるか)
と思いながら娘のいう方向を見たら、
確かに忍者がいました。
しかも自転車に乗っていました。

京都を観光している外国人が見たら確実に忍者だと思うでしょう(^^)。
私は心の中で
(赤影参上!)
と叫んでいました。

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2012/04/14

夜桜追加写真

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やはりこの手の写真は京都の夜桜には必要かなあと。

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有料のお座敷の方にお呼ばれしておりました。

2012/04/13

まだ早いかと思ったが、桜は結構大丈夫

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教務委員の仕事と授業の準備を日の出から初めて、昼過ぎに終える。家と大学とで進める。

その後、京都市内に向かう。
車で向かおうかとも思ったが、京都東インター付近の渋滞を見て諦める。
これ、休日だとさらに大変な事になると思うが、まだ平日なので電車で行けば大丈夫だと判断。

まだ早いかと思ったが、桜は結構大丈夫。
今回は高瀬川のみ。
午後の桜と食事後の夜桜を堪能する。

世界中からこの桜を見に集まってくる。
京都は、テーマパーク京都なのである。
1200年かけてこのテーマパークに育てているのである。

(桜なんてどこでも同じじゃん)
と思うだろうか。私はそう思っていた。しかし、流石は京都であった。
日帰りでも良いから見ておくべきだ。
というか、宿は今からではとれないだろう。

どうしても宿と言うのであれば、大津のホテルを捜すのが懸命。
そして、今週末には明日の教室がある。
学んだ後に、学ぶ前に京都の桜を堪能する事も出来ます。

2012/04/09

狂おしい大学の夜桜

4/9

本日授業開始日。
教科教育法(国語)、3回生ゼミ、国語科教育法1と三つ。
教科教育法(国語)は、1限。
気合いが入る(^^)。

やっぱり授業が無いと、学校は面白くない。
授業だ。授業。

で、この中の授業の一つに、私の授業を受ける為だけに、片道3時間掛けて通ってくる学生がいることが分かった。うーむ、気合いが入る。

往復6時間掛けて受ける90分の授業。この6時間掛けて来てよかったと思える授業を作らねばならない。気を引き締める。

授業が終わって、事務処理をあれこれして、帰宅しようと思って研究室を出た。
(あ、春の夜の匂いだ)
なんとも狂おしい匂いだ。
桜は咲き始め、キャンパスの灯りで輝いている。
これはもう撮影するしか無い。

GR4を片手にしてキャンパスを歩き回る。

一枚に絞れずにFlickrにアップ。狂おしい大学の夜桜。
GR4の威力にも改めて驚く。

http://www.flickr.com/photos/ikedaosamu/sets/72157629775602181/

京都の狂った季節が始まった。

2011/02/22

神のまにく

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(合宿場所の学生会館から見た夕景)


四回生達との最後のゼミ合宿が終わった。
今回は、まあ、そんなに気合いを入れたものではなく、学生会館で泊まれるものは泊まり、帰るものは帰る。私も今回は体調が優れないのやらなんやらで泊まらずに帰った。だから、宴会にも関わらずお酒も飲まない。私にしてはとても珍しい。

何をしたかと言えば、百人一首。源平合戦である。
教科教育法(国語)の授業で本当は扱いたいところである。しかし、15回の授業では本当に厳しい。だから、行事かなにかでやるのがいいのだが、そのゆとりもなかった。

せめてということで、ゼミ生だけで申し訳ないが源平の百人一首をしてやりたかったのだ。

たとえば、逢坂山、逢坂の関。
これは大学から5キロぐらいのところにある。百人一首には三首も出てくる名所、歌枕である。しかし、実際に行ったことのある学生はほとんどいない。さらに、通っていてもそこだと理解している学生も。

確かに、地元というのはそういうものであろう。
しかし、「蝉丸」があれだけ有名なら、逢坂の関の蝉丸神社に四年間の間に一回ぐらいは足を運ぶべきだろう。大江山まで行けとは言わないから。

で、源平合戦をしながらあれこれ講じる。例えば、菅家。言わずと知れた学問の神様、菅原道真である。「このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」が収録されている。

私はこの歌を詠む前には、『この次の札を取れると、勉強ができるようになるぞ』と前書きならぬ前読みなどをしてガイドしていた。

この短歌は、奈良公園に石碑が建っている。私が修学旅行で生徒を引率した時、奈良公園内を探索した生徒が納得しないような顔をして私に言って来たことがあった。

「先生、【このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに】の歌のようなのがありました」
『ようなのは?というのは?』
「神のまにまに、ではなくて、まにく、って書いてあるんです」
『まにく? ああ、まにくね(^^)』

ご案内の通りである。畳語の繰り返し記号で二音を繰り返す記号が、く、に見えたのである。

このエピソードを話して、ピンと来て笑える大学生を育てなければいけない。このエピソードで笑えるには、百人一首、菅家、奈良公園、神のまにまに、畳語などの知識がないと笑えない。

ぽかーんとしている彼らを見て、私の指導力の足りなさを感じる。
とともに、ほんの少しではあったが、源平合戦をやらせることができて、良かったと思うのだ。

彼ら彼女らは、1000年も続いて来た文化を継承する。
遊ぶ側から、遊ばせる側に回る。
その遊ばせ方のシステムを理解していないまま教員になる。
1000年の歴史はここで途絶える。
そんなことは、許されない。

なんとかせねば、である。

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家に帰って来たら、寝待ちの月が昇っていた。
春を感じる夜の月であった。

2010/04/11

ライトアップされた満開の紅枝垂桜

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風邪である。
三月の疲れが、ここにきて出ているのかもしれない。
頭とからだが怠い。
熱もあるなあ。

春の花霞が頭の中に漂っているような感じである。
それはそれでめでたいかもしれないが。

昼から大学へ。本日から授業開始。私は授業はないが、仕事はタップリある。

いくつかの仕事を終わらせて東京からのお客人と会う。二時間ほどあれこれ話して、新しい企画を二つお願いされる。

うーん。
新しい。

いままで関わったことのない本である。出来るかなあと思ったが、依頼されたことでもあるし、まだしばらくは依頼された仕事は引き受ける所存なので引き受けることにした。

まあ私のところにくる企画というのは、根っこの部分で全部繋がっているような気もしている。出版社や放送局が変わってもそれは同じ。まるで打ち合わせをしているかのように。

ま、私自身、私が何者か分かっているわけでもない。分かったら、絶望のあまり世を儚んでしまうかもしれない。

だから、まあこんなものかなと思う程度で、周りから求められるあれこれをやっているのが幸せなのかもしれないが。

夜は、客人と一緒に、平安神宮に。ライトアップされた満開の紅枝垂桜。これを背景に、宗次郎のコンサート。

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妖艶。
嫋やか。
クレイジー。

どれも当てはまるようで、違うような。

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折角なので円山公園まで足を伸ばす。
さすが花見の名所である。

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体調が今ひとつだったので、帰りはタクシーを利用。

しかし、なんという環境か。
祇園から家までタクシーで3000円も掛からないのだから。
東京で、赤坂からタクシーで3000円と言ったらどこに住むことになるのだろうか?

小市民はそんなことを思いながら、爆睡するのであった。



2010/03/31

まさに、 世の中に絶えて桜のなかりせば

3/31

仲間のブログやtwitterを読んでいると、異動や昇進や転居など、年度末の忙しさ一杯である。明日から、新年度。私たち年度で動くものは、やっぱり今日が大晦日の感じがする。

ではあるものの、今年度の私は年度末、年度始めの初日ぐらいは比較的穏やかに進むことになりそうで、ホッとしている。

大学の友人にOという男がいる。長野県で高校の教員をしている。十数年前、秋の真っ盛りに電話をしていた。

『どう? そっちの様子は』
「いやあ、忙しくて大変なんだよ」
『そうか。やっぱり長野もいろいろと忙しいんだなあ』
「そうなんだよ。キノコ狩りに行かなければならないし、紅葉は見事だし、家庭菜園は収穫しなければならないし」
『おいおい、教育じゃないのかい』

ということがあった。
まったくもってふざけていると思っていた。

しかし、今はよーっく分かる。
京都にやってきて、春と秋は大変なことになっているのである。
桜と紅葉を見ないことにはもうどうしょうもない。

京都は東京に比べれば移動する距離は狭いが、まあ、一ヶ月ぐらいあちらこちらで見事な桜が咲いている。さらに、滋賀の桜に奈良の桜がある。ネットで開花の状態を確認し、時間を縫って見に行くのだ。これがまあ大変なのである。

よっく分かる。まさに、

世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

である。

今日は、娘を連れて岡崎公園の琵琶湖疎水の桜を見に行った。疎水に十石舟を浮かべて、水上から桜を楽しむ。また、インクラインを歩いて、往時を偲びながら楽しむ。

桜は、全体としては五分咲き。
だが、ところどころに満開の桜があり、目を和ませてくれた。

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さ、明日から新年度だ。

2010/02/21

三条から宝ケ池まで

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明日は、平成22年2月22日である。
だからなんだということもないが、そうである。

おとといは、思い立って京都市内を歩いた。運動不足を解消するために、歩いた。三条から宝ケ池までである。

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いやあ、疲れた。こんなに歩いていないかと思うほどであった。距離にして6キロちょっとだが、足の甲の親指の付け根が痛くなった。もう少し歩かなければなあと思う。

私の父方の祖父は、60歳を過ぎてから1日に30キロ近くを、便利屋の仕事をしながら歩いていたとのことである。昔のことなので、駅まで荷物を持って行かなければ荷物は送られない。集落の荷物を集めて、駅までリヤカーに乗せて歩いて届ける仕事をしていたとのことである。

いきなりは無理だが、そういう体を目指さなければと思う。祖父は90歳まで長生きした。

エネルギーを放出して、これでまあ少しダイエットになったはずなのだが、補充したくなるのが常。

で、帰りは公共交通機関を使ってしないに戻る。で、気になっていた店に行く。お魚が美味しかったなあ。
飲んでいると、突然店の人全員に小さなワイングラスが配られる。何だろうと思っていたら、女将が
「すみません、少し時間を下さい」
と言って、恐らく常連さんであろう
「この人、元気ないんです。明日から入院なんです」
と言って、
「元気づけてやって下さい」
と。みんなで乾杯をして元気づけたのであった。

いいねえ。昭和の良いところが残っている店だなあ。
美味しいお魚は奇麗に食べ尽くした。
すると
「いやあ、ここまで奇麗に食べて下さる方は、久しぶりやわ。嬉しいなあ」
と言われた。
『美味しいものだし、命だし、食べ尽くしました(^^)』
と答えたら、
「嬉しいわあ」
とのこと。また行きたくなってしまいました。

写真は、宝ケ池の夕暮れ。
なかなか奇麗でした。

Takaragap