「七月のクリスマス」
本日7月25日。
夕食をとりながら、何となくitunesで音楽を聴いていたら、ハイファイセットの「七月のクリスマス」が流れた。私と奥さんにとっては懐かしい曲だ。
この歌の歌詞には、7月25日が出てくる。
何気なく聞いていたシャッフルの曲で、この曲が今日出てくるとは驚きだ。3200曲を越えるデータの中からの一曲だしなあ。感動。
本日7月25日。
夕食をとりながら、何となくitunesで音楽を聴いていたら、ハイファイセットの「七月のクリスマス」が流れた。私と奥さんにとっては懐かしい曲だ。
この歌の歌詞には、7月25日が出てくる。
何気なく聞いていたシャッフルの曲で、この曲が今日出てくるとは驚きだ。3200曲を越えるデータの中からの一曲だしなあ。感動。
こちらでも降り出すかと思われた空は、湖の対岸の草津方面で大雨をふらした模様だ。そのおかげで、西日を受けて虹を見ることができた。こちらから虹を見るのは割と珍しい。
今宵は満月の一歩手前。雲の合間から見え隠れてしている。そして、娘が初めて私のことを見て
「パパ!」
と呼んだ日である。
◆
最近手に入れたCDでお気に入りなのが、これ。
「the ジブリ set」DAISHI DANCE
http://item.rental.rakuten.co.jp/cd/p/2017258/the+ジブリ+set
あの新宿のディスコの怪しい雰囲気を思い出させつつ、その一方でジブリのさわやかさも兼ね備えているという不思議なアレンジメントである。10代の思い出と20代の思い出が何とも言えない具合でミックスされている。
◆
特にお気に入りは、「天空の城ラピュタ::君をのせて feat.麻衣 (6'04")」だ。だいたいからして、この曲は私にとって卑怯な曲の代表である。この歌詞を聞いて泣かない親がいるだろうか。(いや、いない:反語)
この歌詞が英語に翻訳されていて、女性の高音で聞かせてくれる。それでもってハウス系のダンスのリズムが心地よい。そして、切ない。
MINIR53のエンジン音を楽しむ事なく、今はこの曲を音量を上げて聞きながら通勤している。
◆
で、何気なくyou tubeを見ていたら、なんとありました!!
http://jp.youtube.com/watch?v=o9ZRtGb3bs0
できれば、大きなスピーカーで低音を聞かせて聞いてほしい。
娘は、この曲で踊っている。可愛い。
うーん、すごい時代だ。
夕方から山科へ。私が大学に赴任した年に四回生だった学生が休暇でこっちにくるとのことだったので、久しぶりに会う。成長した卒業生の姿に会えるのは、なんといっても幸せなことだ。
なじみの店で乾杯をするのだが、なじみのメニューが変わってしまっていてちょっとびっくり、ちょっとがっかりであったようだ。
引用開始 ーーーーーーーーーー
横顔のタクシー・ドライバー
作詞:康 珍化
作曲:濱田金吾
インターチェンジを過ぎた辺りは 信号待ちの車が増える
ワイパー透かしてすれ違いざま 横顔だけでお前と分かった
夏が来るたびジープ借りて 海辺飛ばしたものさ
タクシードライバー 窓を横切る空は今も青いだろうか
俺は昔のカセット流し 過ぎた月日を数えた
仲間はほとんど結婚したし 馴染みの店もいまはないけど
若さが絵にした夢もいつしか 燃え尽きたなら灰になるのか
ゲームみたいに生きていたよ 振り向ことも忘れて
タクシードライバー タイヤドリフとさせて雨のカーブを急ぐ
俺はクラクション軽く鳴らし バックミラーで見送る
タクシードライバー 窓を横切る空は今も青いだろうか
俺は昔のカセット流し 過ぎた月日を数えた
引用終了 ーーーーーーーーーー
名曲中の名曲である。
しかし、ほとんどの人が知らない。
知らなくてもいい。
何度でも言う。私にとっては名曲中の名曲である。
「仲間はほとんど結婚したし 馴染みの店もないけど」
そうなんだ。そうして人はこの切なさに耐えながら、新しい出会いの中で少しでも自分を成長させよう、社会を良くしよう、いまの仲間と楽しくやろうということをしながら生きて行く。
食事をして、話をして、歌を歌って、再会を期して、
私は終電に間に合うようにその場を去った。
また会おう。
元気で。
Keith Jarrett "The Koln Concert" である。
年末、寒い日。
曇り時々雨。
こんな日は、"The Koln Concert" である。
今日も半分飛行船である。
◆
娘の寝顔を見ながら、年賀状書きの準備。
食洗器の規則的な水流のリズムが、娘の寝息とシンクロする。
Earl Klugh "Julie"。
晴れた日曜日の午前中の曲かと思っていたら、なんとこんな日にも合うもんだね。
寝ていると起こして抱っこしたくなる。抱っこしてぐずると寝かせなければなと思う。この子の頭の中はいま、どうなっているんだろうなあ。せめて、良い曲を流し続けてあげよう。
抱っこももう良いだろうと思って、ベビーベッドの方に歩き出すと、「ふぎゃー」っと泣き出す。す、鋭い。私が寝かせようと思っているのを歩く角度で理解している。うーん、賢い。
はいはい、もう少し抱っこしながらEarl Klughを聞きましょう。
◆
明日は雪の予報。
琵琶湖は、日本海の気候なので北陸の予報を見なければならない。大雪。
どうしようかと思っていたが、良い機会である。スタッドレスタイヤに履き替えることにした。ブリザックをチョイス。アスファルトの上では特にカーブでグニャリとする感じがあるが、ここが雪に絡むのだろうなあ。直進安定性ではサマータイヤと特に違いは感じられない。
さて、明日の雪が楽しみである(^^)。
小田和正の歌う中島みゆきの「化粧」が良いと書いたことがあったが、今宵はずっと小田和正の歌うMr.Childrenの「HERO」である。ituneに入れて繰り返し聞いている。ひんやりした夜の空気を感じながら、聞く。
小田和正の声はやはり卑怯だろう。あの声で歌われたら、Mr.Childrenの名曲がさらにブラッシュアップされてどうにも溜まらなくなる。
どこからともなく微かにキンモクセイの香りもする。
これもまた実に切なくて良い。
◆
最初にこの「HERO」を聞いた時は、多くの人が思うように彼女に向けての歌だと私も思っていた。ではあるが、小田和正の歌うこの歌を改めて聞いてみて、これは父親が子どもに対して歌う歌なのだということに気がついた。
まさか、そうやって娘が生まれたこの時に、この歌に出会い直すとは思わなかった。そして、もう一度Mr.Childrenの歌うものも聞いてみる。いい。
世の中の父親たちは、これを聞いていたんだろうなあと思う。
◆
自分が人類の流れの小さな一部になったと言う、切なくて嬉しい自覚、あきらめと希望。命の有限性と無限。これらがしっかりと持てるようになったことを歌い上げている。
(そうか、ヒーローか)
何回も呟いた。
娘を見ていると、思い出す歌がある。
http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/kodomotachi.htmlより
引用開始 ーーーーーーーーーー
私の子どもたちへ
【作詞・作曲】笠木 透
1.生きている鳥たちが
生きて飛びまわる空を
あなたに残しておいて
やれるだろうか 父さんは
目をとじてごらんなさい
山が見えるでしょう
近づいてごらんなさい
コブシの花があるでしょう
2.生きている魚たちが
生きて泳ぎ回る川を
あなたに残しておいて
やれるだろうか 父さんは
目をとじてごらんなさい
野原が見えるでしょう
近づいてごらんなさい
リンドウの花があるでしょう
3.生きている君たちが
生きて走り回る土を
あなたに残しておいて
やれるだろうか 父さんは
目をとじてごらんなさい
山が見えるでしょう
近づいてごらんなさい
コブシの花があるでしょう
引用終了 ーーーーーーーーーー
私が高校生ぐらいの時に歌っていた歌だ。父になると言うことはなんてシンプルで、なんて大変なことなのだろうと思った。
名曲だ。
学生たちは知っているだろうか。
こんどゼミの学生たちに歌ってやろうかなあ。
9/11にいろいろな思いを込めて、書いている。
中島みゆきは、私の音楽の歴史の中にほとんど顔を出さない。本人が歌うのでは「時代」「世情」「地上の星」ぐらいかなあ。楽曲は良いと思うのだが、どうも歌い方がダメで入っていけない。
高校の時にクラブの仲間が歌っていた中島みゆきの曲。いいなと思ってオリジナルを聞いて、早々に退散していた。
しかし、楽曲は良い。
小田和正さんが歌う「化粧」が良い。
念のために、オリジナルの化粧も聞いてみたが、やはり退散f(^^;。
◆
言葉の選び方が絶妙である。
恋愛の敗者の姿をこんなふうに描き出せるなんて、すげーと思う。
引用開始 ーーーーーーーーーー
流れるな涙 心でとまれ
流れるな涙 バスが出るまで
引用終了 ーーーーーーーーーー
引用開始 ーーーーーーーーーー
バカだね バカだね バカだねあたし
愛してほしいと 思ってたなんて
バカだね バカだね バカのくせに Ah
愛してもらえるつもりでいたなんて
引用終了 ーーーーーーーーーー
これをあのメロディーに載せて、小田和正さんが歌う。
これは反則だろうと思う。
◆
切ない歌っていいよなあ。
しばらく、カラオケに行っていないなあ。
心地よい筋肉痛は、ぐっすりとした眠りに私を誘ってくれた。耳鳴りも少なく感じる。で、朝起きてメールチェックをしていたら、いきなり目が覚めた。
ブログのコメント欄である。濱田金吾さんご本人からの書き込みである。参ったなあ、とても嬉しい。一度はライブに行きたいと思っていながら行けなかったご本人からの書き込みである。「誰も知らない」ではなく、「知っている人しか知らない」でした。そして、知っている人は猛烈に好きであるのです。
◆
教師になってからのことだから1990年前半だったろうか。新潟県の湯沢スキー場に出かけて行って、夜、お土産売り場をうろうろしてた。そしたら、濱田金吾さんの「sunset -sunrise」が流れていた。私は思わず、
『え〜、なんでこの曲が流れているの!』
と叫んでしまった。有線放送で流れることは考えられない。明らかにこの曲を知っている誰かが、店に流しているわけである。すると、
「え〜、お客さん知っているの?」
とレジから叫び声。
スキー場の温泉宿で、見知らぬ男二人が固い握手を交わし、
「濱田と言えば?」
『金吾でしょう』
という濱田金吾さんのアルバムのコピーを叫んでいたのを思い出す。
本当に名曲ばかりなんだよなあ。
◆
お勧めは、「midnight cruisin」というアルバム。私、CDになっているのを知らなかったんだよなあ。後から知って捜した時にはもう売り切ればかり。いまアマゾンの中古で見ると7〜8000円になっている。名盤なのだよ。
1. 抱かれに来た女
2. 横顔のタクシー・ドライバー
3. SO,I LOVE YOU
4. 街のドルフィン
5. ほのかなイリュージョン
6. MIDNIGHT CRUISIN’
7. せめてからりと晴れてくれ
8. シャワールームのある風景
9. 真夜中のテニスコート
とても20年前のアルバムとは思えない仕上がり、そして一瞬にしてあの時代に戻してくれる曲たちです。
うわああ、書いていたら「横顔のタクシー・ドライバー」を聞きたくなった。
テープが見つからないから、ギターで弾こうっと。
金吾さん、もう一度販売してください(^^)。
引用開始 ーーーーーーーーーー
14番目の月
作詞 : 荒井由実
作曲 : 荒井由実
あなたの気持が読みきれないもどかしさ
だから ときめくの
愛の告白をしたら最後 そのとたん
終わりが 見える
um… IWANUGA HANA
その先は言わないで
つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き
気軽なジョークが とぎれないようにしてね
沈黙がこわい
月影の道で 急に車止めないで
ドキドキするわ
um… YANAGI NI KAZE
なにげなく かわすけど
つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き
つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き
引用終了 ーーーーーーーーーー
みなさん、今晩は14番目の月ですよ。
きれいな月を見ていますか?
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
曼珠沙華も色が落ちてきたし、長濱浪漫ビールは「秋エール」を売り始めたし、部屋の中でランタンを点けても暑いと感じなくなったし、入道雲はすっかり減ったし、もう秋なのは分かる。
だけど、今はこの歌を聴きたい。
◆
真夜中のテニスコート
むせるほどの緑の風を金網越しに吸い込めば
闇が昨日を連れ去るように少女達の姿も消えた
昔ここで別れた人を思い出してしまうのは
さっき飲んだカンのビールが乾いた目を潤したから
遠い遠い時間の中へ心は帰って行くけど
着慣れたブルーのTシャツ捨て去る時が来たのか
水銀灯照らすコートでただ夢中に追いかけた
いつもそれは男にとって他愛もなく素敵なことさ
遥か彼方光の中へ無くした何かが悲しい
それでも傷跡かくして見えないものを追うのさ
◆
作詞は珍康化で、作曲と歌は濱田金吾である。80年代の上質のAORの代表であった。
残念ながら、浜田省吾に名前がそっくりだったので、私が
『濱田金吾がいい!』
と言っても誰も理解してくれなかった。
しかし、今は良い時代だ。
同好の士が簡単に捜せる。
インターネットでね。
そうだよ、やっぱり濱田金吾は最高だよ。
◆
時代はこれからバブルに向かう頃であり、今から思えば妙な熱気が街に溢れていたのを思い出す。246号、青山通りを訳も無く夜通し歩き続けたのは、この頃である。あれは若さの馬鹿野郎が私を歩かせただけではなく、時代もそうだったのだと思う。
私もあの時代に生きていたものとして、多少はテニスができる。
当時の仲間達とテニス合宿なるものもした覚えがある。
昭島や千葉だけでなく、軽井沢だってテニスをしに行ったのものだ。
若いときには、夏の日差しのきつい午後だって平気でテニスができたものだが、たまにナイター料金を払ってやる夜のテニスは、少しゆとりのある大人になった感じがして、なんとも言えないものであった。
そして、
(少年時代は過ぎ去ってしまったのだなあ)
とサーブの練習をし続けながら思った。
それは、
夏なのに、
思い切り動いても気持ちの良い汗しか出ない、
真夜中のテニスコートであった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
They, asked me how I knew,
My true love was true,
I of course replied, something here inside,
Can not be denied.
そうだ、Smoke Gets in Your Eyes「煙が目にしみる」の歌い始めだ。
今日、たまたま研究室でitunesで音楽を流していたら、流れてきた。
夏に、この曲を聴くとあの中国の夜を思い出す。
◆
寧波(ニンポー)という街は、空海が漂着した普土山(プドゥサン)という島から近い港町である。私は15年ぐらい前に普土山に船で渡る前の日に、この寧波の街の寧波国際海員倶楽部というホテルに泊まっていた。
部屋に荷物を置き、シャワーを浴びて
(さて、軽くビールでも飲んで食事とするか)
とホテルのレストランに向かった。
レストランには相応しくないような大きな観音開きの扉を押して中に入ると、このSmoke Gets in Your Eyesが大音量で流れ出した。そして、テーブルに座っていた男女がフロアに出てきて踊り出したのだ。
私が入ったのは、レストランとダンスホールを兼用している店であったのだ。
私は、目を閉じてこの曲に包まれ、
(アジアの夏にこの曲かよ。何でか知らんが合うなあ)
と思いながらビールを飲んでいた。
◆
今も、日本の若者は世界中を旅しているんだろうなあ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
六月の詩
by カルメンマキ&OZ
私の心の隙間に 六月の風が吹いても
あの夏は やっては来ない
悲しみを 殺したままに
笑いながら 通り過ぎていった
生温い 六月の風
夏を待つ 都会の静けさ
渦を巻く 憂鬱な気分
喘いでる 私の自由を
つかみ取れるのは あなたじゃない
去年の 夏のままに
私は しゃがみ込んでいる
私の夏は続いている
夏を待つ 都会の静けさ
渦を巻く 憂鬱な気分
喘いでる 私の自由を
つかみ取れるのは あなたじゃない
去年の 夏のままに
私は しゃがみ込んでいる
私の夏は続いている
◆
高校生の時だろうか、この歌を聴いたのは。衝撃だったなあ。
クイーンが「ボヘミアンラプソディ」や「愛にすべてを」を引っさげて、ロックであるのに合唱がある構成で楽曲を作り世に送り出した後に、この「カルメンマキ&OZ」を知った。
明らかにニューウェーブではなく、オールドウェーブの彼らであったが、ぐいぐい惹かれた。
「夏を待つ 都会の静けさ
渦を巻く 憂鬱な気分」
なんて的確な表現なのだろうと、敏感に言葉を感じる年代の私はいたく感動した。
当時住んでいたのは東京の多摩地区のはずれでにある武蔵村山市。この都会の静けさは実感としてはよくわからないでいたが、わざわざ原宿、霞ヶ関、大手町の昼下がりを歩いてこれを実感しにいったのを思い出す。
六月になると、あの高校生の時に歩いた都会の静けさをしっかりと思い出すことが出来る。
「私の夏は続いている」
私も続いている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いつか街であったなら 中村雅俊
何気ない毎日が風のように過ぎていく
この街で君と出会い この街で君と過ごす
この街で君と別れたことも 僕はきっと忘れるだろう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑んでおくれ
さりげない優しさが僕の胸を締め付けた
この街で僕を愛し この街で僕を憎み
この街で夢を壊した事も君はきっと忘れるだろう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑み合おう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑み合おう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑み合おう
◆
新緑から深緑へと移り変わる季節に、私はこの街を離れて次の街に行こうとしている。別に誰かに恋をしたわけでもないし、誰かを憎んだわけでもない。だけど、そんな気持ちがしてくる。
京都の木屋町、河原町、東山、祇園と歩いていると井の頭公園で歩いていたあの頃の事がよみがえる気がする。
「出会い、過ごし、別れ、愛し、憎み、夢を壊し」と心を動かしながら、時間は過ぎていく。
そうであっても、緑は美しく街は輝いたままだ。そんな五月の歌ではないか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
本を探して京都市内を歩き回っていた。
木屋町通は高瀬川を包む通りだが、そこにあったあんなに見事だった桜が、すっかり葉桜になってしまっていたのを見た。
その時である、ふと、思い出した歌がある。「ささやかなこの人生 by 風」である。
◆
ささやかなこの人生 by 風
花びらが散った後の桜がとても冷たくされるように
誰にも心の片隅に見せたくはないものがあるよね
だけど人を愛したら誰でも心の扉を閉め忘れては
傷つきそして傷つけて引き返す事の出来ない人生に気がつく
優しかった恋人達よ振り返るのはやめよう
時の流れを背中に感じて夕焼けに涙すればいい
誰かを愛したその日には例えばちっぽけな絵はがきにも心が動き
愛をなくしたその日には街角のうたにもふと足を止めたりする
風よ季節の訪れを告げたら寂しい人の心に吹け
そして巡る季節よその愛を拾って終わりのない物語を作れ
優しかった恋人達よ ささやかなこの人生を
喜びとか悲しみとかの言葉で決めてほしくはない
◆
高校の時だなあ、この歌を必死に歌っていたのは。
高校時代に感じていたのは、「花びらが散った後の桜がとても冷たくされるように」というフレーズに惹かれていたと思う。
(確かに、桜なんて一瞬だよなあ)
と思っていたんだと思う。
しかし、いま改めてこの歌詞を見てみると「優しかった恋人達よ ささやかなこの人生を
喜びとか悲しみとかの言葉で決めてほしくはない」が印象に残るな。
簡単に決めつけることはできないのが人生。
げにげに。
◆
とまあ、街を歩きながら
(そうか、かつての私の名曲を、私が勝手に「この歌はこの月の歌」と決めて、振り返るのも面白いなあ)
と思った。
ま、時間があればこうして少しずつ書こうと思う。
著作権は大丈夫だと思うのだが、ダメだったらなんとかします。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
最近のコメント