2009/11/09

あ、バナナの匂いだ。

11/7-4

関西青年塾であったが、申し訳ないことだが今日は休息日にさせてもらった。体調が戻らないのである。

午前中は寝て過ごそうと思ったら、また「起きて起きて」であった。ま、起きたのでリラックスしようと風呂に入る。

風呂後、しばらく遊びに付き合わせられて、自分はさっさとお母さんと昼寝であった。ふむ。

少し気分が良くなったので、本当にひさしぶりに娘と二人でガーデンに行く。二週間も行かないと花が全然違ってしまうのだが、今日もそうであった。

薔薇の種類は変わり、サルビアが先き、避寒桜の一種の十月桜が満開になっていて、冬の芝生が青々としていて、いやあ、奇麗であった。

芝生の上に久しぶりにごろりと転がる。
芝生の匂いが広がる。
なんだ、この匂いは。
あ、バナナの匂いだ。

冬の芝生の匂いはバナナの匂いがするのであった。

駐車場に向かうとき、
「ふーね、折れたのね」
と何回も言っている。何だと思いながら歩いていたのだが、思い出した。台風で桜の枝が折れたことを話をしたのだが、それを一生懸命言っているのだ。

なんだ、この記憶力は。
私にも欲しい。

買い物をしながら買ってくる。
「明るい。開けて!」
と車の中で娘が言う。
(ドアを開けて運転できないでしょ)
と思ったのだが、分かった。天井のサンルーフを開けろと言っているのだ。

325iのサンルーフは、昼間はほとんど開けない。
夜に開ける。だからムーンルーフなのだ。
これは気持ちが良い。
それを娘はもう理解しているのかf(^^;。

少し、復活かな。

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2009/11/08

研究室に籠り、やるべきことを少しずつ

11/8

ベランダにあるハイビスカスにスイートバジル。思ったよりも頑張っている。まだ 花を咲かせているし、食べることも可能である。

今年の秋はゆったりと動いているようだ。

娘は、誰が教えたのでもないのに「がっこ、せんせいになる」
と言っている。急に言い始めている。二歳二カ月になったばかりである。将来学校の先生になるそうだ。先生にはいろいろな種類があるので
『お花の先生とか、お医者さんの先生とかあるけど?』
と聞くと
「がっこ、せんせい」
とやっぱり答える。さらに、
「ぱぱ がっこ せんせい」
とも言う。おいおい、誰が教えたんだ? 私も奥さんも教えていないのに。大学祭等で学生が話したのを覚えているのかなあ。大したもんだ。

だが父は、少し複雑な思いである。どんな仕事に就いても、私は、 半分嬉しく、半分心配なのであろうが、自分がしている仕事と言うのは、あれこれ見えるので一層複雑な思いなのである。

それにしても、娘の文脈把握能力は大したもんだと思う。

しっかりと話を聴けているのだと思う。文章の中の単語を取替えるだけでなく、語尾やイントネーションだけで文意を理解したり、自分に都合の良いときは、ハイと返事をし、都合が悪くなると急に話を変えたりと、まあすごい。単語の量が少ないのと、発音が甘いので子どもだと思うが、時々よく分からなくなる。

単純に凄いと思う。

体調が優れないと気合いが入らない。
文章を書いて調子を整えようとするのだが、書いた段階でエネルギーが放出されてしまう。

リビングに差し込む日差しに体を預けていたら、やっぱり寝てしまった。一体どんだけ寝ているんだ。

さすがに仕事が終わらないので、夕方から大学に向かう。
研究室に籠り、やるべきことを少しずつやる。

今の仕事は、頭の中にある数字をもういちど原典に当たって確認してという作業をしなければならない仕事である。だいたい問題は無いのだが、大きな勘違いをしているものも見つかったりして、
(ああ、原典を調べ直して良かったあ)
というものもある。危ない危ない。

遅々として進まないが、それでも少し形になると嬉しい。
今週も結構忙しい。体調が復活しないと、週末の東京は大変だぞ。

頑張れ、私。

写真は、先日の教育実習訪問指導の道すがら立ち寄った天瀬ダム。まだ紅葉には早いようだ。
Amagase

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2009/11/07

Cry Translator

11/7-2

かつて「バウリンガル」というガジェットがあった。いや、今でもあるが、その衝撃は私にとってはなかなかのものであった。まさに、漫画の世界を現実化したようなものであったし、国語の授業で説明するところの擬人法をそのまましているようなものであるからである。

で、奥さんが良く言っていたのである。

「犬は良いけど、赤ちゃんの泣き声を解読してほしいものだわ」

と。

ジャーン、でました。これである。

http://www.crytranslator.com/

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/news/20091106/1020205/より、引用開始 ーーーーーーーーーー

『iPhone』用アプリケーション『Cry Translator』は、むずがる赤ん坊の泣き声を聞いて、神経をゆさぶるようなその声の高さ、大きさ、調子、抑揚などを分析してくれる。

10秒後には「翻訳」を表示する。つまり、「おなかがすいている」「眠い」「緊張している」「イライラしている」「退屈している」という5つの状態だ。さらに、赤ちゃんの声の翻訳をもとに、するべきことのアドバイスまで教えてくれる。

新米の親たちの悩みを食い物にしているという点はさておき、この価格30ドルのiPhoneアプリのコンセプトとは、赤ちゃんが出す声の意味を提示するこ とで、ベビーシッターを支援するというものだろう。テレビのスイッチを『American Idol』[アイドルオーディション番組]からアニメ『Family Guy』に切り替えるのではなく、(空腹を感じているとされる)3カ月の赤ちゃんに食事を与える方が適切だ、とベビーシッターはわかってくれるかもしれな い。
Cry Translatorを開発したスペインのBiloop Technologic社によると、臨床試験によってこのアプリが96%の確率で正確であることが明らかになっているという。

さらに同社によると、「子供の年齢に関わりなく、成長後も引き続き、泣き声を翻訳しつづける」ことができるという。これは素晴らしい機能だ。同居する彼女 がこの次にめそめそと泣き始めたら、その原因を判断するのに役立つだろう(以前の経験からすると、だいたいは「イライラしている」あるいは「退屈してい る」になるだろうと察しがつくのだが)。
Cry Translatorは現在セール中で、11月11日(現地時間)までは価格10ドルで購入できる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

残念ながら我が家はこれを試す時期はもう過ぎているが、これからベイビーに出会う可能性のあるお二人には、ちょっと面白いものになるんじゃないかな。

もちろん、これに頼りっきりと言うのもいかがなものかと思うけど、ちょっとした手助けに使う分にはいいかな?


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2009/10/26

「あなたには、必ず大事なところで味方が現れるのね」

10/25

二日続けて大学祭で、子守り。

子守りであるが、学生たちの様子も見られるので嬉しい。
学生たちが頑張った「橘ちびっ子ランド」は、2時まえで、子どもだけで入場者数が300名を遥かに越えていたとのこと。地域に京都橘大学文学部児童教育学科が受け入れられてきている証拠であるならば、嬉しい。

そのちびっ子ランドで、娘を遊ばせる。インフルエンザ対策をしっかりしているので、校舎の入り口では、全員手をアルコール消毒。階段を上って五階まで行く。

大学であるからしてエレベーターも当然あるのだが、今日は妊婦さんとベビーカーのみ。ま、仕事できていれば私も乗れるのだが、娘を特別扱いさせるのは良く無い。ま、娘は覚えていないだろうがf(^^;。一緒に五階まで久しぶりに階段で上る。

それぞれの場所で子どもたちと懸命に関わっている学生たちの姿を見る。どうしても一期生との付き合いが多くなってしまう私であるが、彼らはちょうど実習中。二期生、三期生の一、二回生で、ちびっ子ランドは、やりきるしかないのである。これが良い効果を出していた。

自分たちだけでやらねばならぬという思いがあるとき、人は割とやるものである。児童教育学科全体が育っていることを感じられて、嬉しく思う。

大学でお昼ご飯を食べて、家に帰る。
何気なくマックを見ると、バッテリーの様子がおかしい。確認するとアラートが出ている。

クリックすると、
引用開始 ーーーーーーーーーー

バッテリーを修理に出す:バッテリーは正常に機能していません。バッテリーの動作や充電可能量の変化に気付かない場合があります。アップル正規サービスプロバイダ(AASP)でコンピュータの検査を受けてください。検査を受ける前でも、コンピュータに損傷を与えることなく、引き続きバッテリーを使用できます。

引用終了 ーーーーーーーーーー
とある。

善は急げである。早速、草津のキットカットに出かけて行くことにした。

縁は異なものと言うか、奥さんに言わせると
「あなたには、必ず大事なところで味方が現れるのね」
ということになる。

なんとキットカットに、大学の卒業生が勤めていたのである。昨日の大学祭で
『いよ、久しぶり。今何している?』
と聞いたら、キットカットに勤めていると言うではないか。いやあ、これはありがたい。いろいろと相談できると思っていたらこの症状だったので、早速行ったのだ。

あれこれチェックしてもらって、サードパーティの話やら、マックの裏話等をして、充実した時間を過ごす。これは力強い味方を得た。

さ、明日は研究室で頑張るぞ。


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2009/10/25

楽しい子守りの一日

10/24

本日、大学祭初日。
娘を連れて出かける。

学生たちは、初めて会うか、一年ぶりに会うのがほとんどである。
「かわいい」
「大きくなりましたね」
「先生にそっくり」
学生たちに声をかけられても、娘は恥ずかしがって下を向いてばかりである。

担当してくるクラスの出し物を見て回る。
お昼ご飯は、焼きそばが良いと言っていたので買ったのだが、実際はうどんを食べる娘。ま、そんなものだ。

だいたい見終わったので、帰ろうとしていたらゼミ生に会う。三回生は実習の合間に顔を出している感じ。または実習の前の準備のために大学に来ているというところ。

「やっちゃん、おーいって言うの」

と言って捜そうとしていた娘だが、なかなかそんな元気も無く、帰ろうとしていたら、その、やっちゃんがいた。ゼミ合宿のときき私を迎えにきてくれた二人の学生のうちの一人なのだが、良く覚えている。

最初は恥ずかしがっていたが、私がトイレに行く間面倒を見ておいてくれと言ったら、ちゃっかり抱っこされていた。覚えているのかなあ。

帰宅後、私はインフルエンザの予防接種。いやあ、混んでいる。予約しないとダメということで予約して行ったのだが、それでも30分待ち。摂取そのものは30秒で終わるのだが。

予防接種が終わったら、その証明までくれた。あ、確かに必要な人は必要なんだろうなあ。取り敢えず、これで安心である。

家に帰ったら、娘は喉が痛いと言う。
慌てて、リンゴを擦り下ろして絞って、リンゴジュースを作って飲ませる。そう言えば離乳食の頃は良く作ったな。私も風邪を引くと親に作ってもらったものだ。

何気なく聞いていたアヴァンティでは、取手豪州さんにも娘が誕生したとか。なんだかやっぱり嬉しい。

その後買い物に行っている奥さんを迎えに行くというので、マンションの外で待つことに。熱は無いようなのであったかくして、遊びながら待つ。

楽しい子守りの一日であった。





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2009/10/16

むかし、あるところに、おじーさんが

10/16

「むかし、むかし、あるところに、おじーさんと、おばーさんが、ざsxdcfvgbhjんkm、l。;。おしまい」

と話すようになったと、昨日書いた。娘は日々成長している。

「むかし、あるところに、おじーさんがいませんでした。おしまい」

うーむ。シュールである。しかし、おしまいと言われればおしまいである。

そして、さらに。

「むかし、あるところに、おじーさんがいました。おしまい」

である。さらに、シュールである。まるで、「ゴドーを待ちながら」のようである。

私がこうしてブログを書いていると、膝の上によじ上ってくる娘であった(^^)。

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2009/10/15

むかし、むかし、あるところに

10/15

三時間連続の授業であるのが、木曜日の大変なところ。
だが、学生たちの学ぼうとする姿勢がこのところ深まってきているので、これにきちんと応じなければと思ってもいる。二回生の授業を持っているが、良い感じで積極的になってきている。成長しろよ。

授業の合間に、去年の国教法の学生が研究室に。何だろうかと思ったら、某私立高校の書道の常勤講師に採用が決まったことの報告であった。いやあ、嬉しい。おめでとうだ。

また、放課後帰宅の準備をしていたら、一昨年度の卒業生が、近況報告と今後の進路についての報告に来てくれた。いまはかなりしんどい中学校でTTの補助をしているのだが、そこで目覚めたようでじっくりと教職免許を取るとのことであった。

どちらも目出たい話である。こんな話題が出るのも、人事の秋だからであろう。

 

家に帰って、今日の娘の報告を聞く。

「あのね、今日○○は、本を持ってきて読み出したのよ」
『え、何?』
「むかし、むかし、あるところに、おじーさんと、おばーさんが、って」
『本当?』
「びっくりしたけど、本当なのよ」

寝る前に奥さんが読み聞かせをしているであるが、それを突然いだしたというのである。すごいなあ、と思っていたら、私を引っ張って娘は蒲団のところに行く。

『はいはい、今日はお父さんと一緒に寝てくれるの?』
と聞いていたら、

「むかし、むかし、あるところに、おじーさんと、おばーさんが、ざsxdcfvgbhjんkm、l。;。おしまい」

と言うではないか。本当だ。びっくり。

毎日の成長にびっくりだが、これを楽しみに仕事をしている。

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久しぶりに6時前に起きる

10/15

久しぶりに6時前に起きる。

昨日インストールしたSnowLeopardは快適に動く。さらに、Air Mac Expressも新しくしたのでN規格に対応している私のマシーンはスピードがアップしている。ああ、気持ち良い。

そこで、ベランダに出て熱い紅茶を飲むことにした。なんで、そこでなのか。論理の飛躍があるが、まあ日常生活なんてそんなもんだ。

膝の上にマックを乗せて、メールのチェックをしながら朝日が昇ってくるのを楽しむ。一人の贅沢な時間だ。Asahi

「ぱぱ?」

一人の贅沢な時間だ。

『ん? ぱぱ?』

振り返ると娘が起きている。
え、まだ6時を過ぎたばかりだぞ。

最近の娘は早起きだが、今日はかなり早起きだ。
折角なので、一緒に朝日を楽しむ。

ちなみに、朝風呂も一緒に楽しむ。

今朝のお米は、今年の新米。私がとても気に入っている新潟魚沼産のコシヒカリである。知り合いの農家が自信を持って作っているお米。

炊きあがりを頂く。
いやあ、美味しい。
ほとんどお米だけで朝から二杯も食べてしまった。

こんなすごいお米を作ってくださって、感謝である。
日本人に生まれて良かったと思う瞬間である。

さらに、今朝はゴミ出しの日。
台車に載せてゴミ捨て場に向かう。娘も一緒。

なんというか、こういう物を押すのが好きな時期になっている娘は、部屋の中でもステップや自分の小さな椅子を押して喜んでいる。

で、台車も押す。
「ま〜、お手伝いしているの?」
とマンションの住民のみなさんから、たくさん声をかけてもらう。
『いえ、遊んでいるだけです』
と私は答えるがf(^^;。

帰りは台車の上に乗せて帰ってきたのだが、途中でやっぱり
「自分!」
と言って台車を押す。
やっぱり遊んでいる。

なかなか贅沢な朝だ。

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2009/10/14

「餃子おいしいね!」

10/14

いろいろとあった一日だった。人生初体験のこともあった。

一日の最後は、学科の会議。
3時間ほどあれこれ重要なことを話し続ける。
21時近くになっていた。

大学の駐車場で、餃子の王将に電話をしてから帰る。
そうすると焼きたてを手に入れることが出来るのだ。

家に帰ったら娘が、
「お帰りなさい!」
と迎えにきてくれた。
そしてテイクアウトの餃子を持ってリビングに向かう。
「あたたかいねえ」
と言いながらそれを触る。
『お父さんのテーブルのところに置いてくれる?』
というと、娘はちゃんと私のテーブルのところに餃子を置いてくれる。

すると、
「餃子おいしいね!」
と言う。

え? 一言もこれが餃子だとは言っていないのに、餃子と分かったの?
さすが餃子好きの私、の娘である。

そこまで言われたら、食べさせるしか無いでしょう。
眠たいと言っていた娘は、食べていいことが分かると俄然張り切るf(^^;。
美味しく食べている。
可愛いものだ。

これだけで、一日の疲れが消えて行く。
ありがたいことだ。

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2009/10/12

そこで娘にお約束の質問をする

10/11-2

午前中、娘とガーデンにシャボン玉をしに行く。このところ散歩の必需品である。

シャボン玉を始めると、音楽が聞こえてくる。目をやるとどうやらガーデンで結婚式があるもよう。いつもならガーデンの中のチャペルでやるのだが、今日は天気がいいからなのか外でやっている。琵琶湖に面した広場でやっている。

Imgp7773

そこで娘にお約束の質問をする。

『○○は、お父さんと結婚する?』
「しない」
速攻で答えられて凹む私。
『じゃあ、お母さんと結婚する?』
「しない」
ん?
『じゃあ、○○ちゃんは? ○○ちゃんは?』
「しない」
娘の知っている人間をあれこれ出して、結婚するかどうかを聞いた。ところがしないである。

あ、

『じゃあ、結婚するの?』
「しない」

なんだ。良かった(^^)。

先日娘は台風がくれたプレゼント、まだ緑のドングリをたくさん拾ってきた。今日は、シャボン玉を楽しんだ後、ピラカンサスの赤い実をたくさん拾って喜ぶ。一つ一つ取り外して、お気に入りのコップに仕舞う。

ガーデンは秋の薔薇が咲き始め、手入れをされた芝生はまた緑を戻してきた。ごろんと芝生の上に寝転がる。青い空が広がる。秋の雲が幾層にも重なっているのがなかなか良い。

ああ、娘は相変わらずピラカンサスで楽しんでいる。
うーん、こんなにリラックスしている場合ではないんだけどなあf(^^;。

午後からは大学で仕事。
終わらないんだなあ、いろいろと。
大学はオープンキャンパスで賑わっている。
その中で研究室で、音楽を流しながら仕事。

古内東子がいいねえ。
彼女はラブソング以外は作らない、歌わないと言っていた。
そんな彼女の歌を聴いていたら、一瞬、渋谷と下北沢の街が目に浮かんできた。なんでだろう。特に恋愛とは関係ないのになあ。

人生は後ろ向きのジェとコースターに乗っているようなものだという言い方がある。ああ、と思うことがある。後ろ向きに進んで行くとき、遥か彼方に乗り越えてきたジェットコースターの山が見えたりするんだな。それだ。

なんだか分からないが、過去の一瞬がさっと目の前に現れることがある。だが、一瞬だ。一瞬でまた元に戻る。

ふと、研究室の外を見ると奇麗な夕焼け。
休日出勤のご褒美のようだな。

Yuukei1

Yuukei2

思ったよりも仕事が進んだので、予定を変更してもう少し進める。これで当該のお仕事の半分ぐらいまで進んだかな。

残りも粛々と進めよう。

帰宅後すぐに。お風呂。お風呂後、娘がパジャマに着替えるのを手伝おうとしたら、自分でやりたがっている。ボタンを触ってたが、とうとう自分でボタンをはめることができた。なかなか器用だ。

夕ご飯の配膳が終わり、食事。パプリカの野菜炒め。驚いた。大人用の箸をこれまた器用に使って、取り皿にとっているではないか。そんなに簡単に使えるようになるのか?

私もこのぐらい順調に成長したいなあf(^^;。

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2009/10/05

親ばかの週末

10/5

というわけで、親ばかの週末であった。

馬鹿だなあと思いながらも、感動するのが娘の「間」のとり方と、タイミングの良さである。

風呂に入りながら、
『昨日と今日とたくさん遊んだね。楽しかった? 歌もたくさん歌ったね。歩こ、歩こって歌ったね』
とお話ししていた。

すると、しばらくじっと私のことを、無言で見ている。
そして、
「とうしゃん(^^)」
と微笑むのである。

誰だ。こんな高等なリアクションを教えたのは。

世話焼き女房型の娘は、ビールを注ぐタイミングを外さない。
私がグラスを空にするや否や、ビール瓶を持ち
「どうじょ」
である。

誰だ。こんな高等なタイミングを教えたのは。

刺身を覚えた娘は、マグロが大好きである。
「お魚、たべたいなあ」
と私の側で囁くのである。
「ちいさいの、食べたいな」
と呟くのである。

刺身なので、たくさんは食べさせられない。だから小さく分けて食べさせていたのだが、それを逆手に取って、囁き呟くのである。

誰だ。こんな高等なおねだりの仕方を教えたのは。

困ったものである。

困ったものだが、全然困っていない。むしろ、嬉しい。
何が娘をこんな風に育ててくれているのであろうか。感謝。

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2009/10/04

門前の小僧ならぬ、隣の小娘

10/4

二歳のお誕生日に、何をプレゼントしようかとあれこれ考えた。玩具は一つ与えた。三輪車も考えた。だが、本命は机である。これにした。収納棚もある結構立派なものである。

これにしたのだが、作ったのは奥さんである。私は奥さんが作っている間、邪魔にならないように娘と一緒に、再びガーデンに行ってシャボン玉である。

最近娘は、ガーデンのことを「ガンデン」と言い、理解している。なかなか面白い。

ガーデンではシャボン玉を飛ばしたり、歌を歌ったり、走り回ったり。お気に入りの歌は、トトロの「さんぽ」である。

「あるこ、あるこ、わせdrftgyふいjこlp・・・」

という感じで歌いながら歩くのである。
なんか、ちょっと涙が出てくる。

ポストイットをあちこちに貼るのは、娘の最近のブームのようで、貼り続けている。奇麗に並べて貼る。

子どもはシールを貼るのを好むが、ポストイットならば大丈夫。どれだけ貼ってもすぐにはがせるし、集めれば再利用も可。無駄にならない。

出来上がった作品を指差し
「見て、見て!」
と求める。うっかり本など読んでいる場合ではない。
『はい、はい。見てますよ』
と見る。満足そうな娘だ。

同じく娘のブームなのが、本に鉛筆であれこれと書くことである。もちろん、縦線、横線、ぐるぐる巻きなどを書くのであるが、これが面白い。

私が椅子に座って右手に鉛筆、左手に本を持って読んでいると、同じように私の横の椅子に座って、同じように始めるのである。

「本というものは、テキストの書かれてあるメモ帳である」
とある人は言った。なるほどと思う。私は右手に筆記用具が無いと本は読めない。感想、意見、疑問を書きながら著者と対話しながら読むのが楽しい。

まさか娘がそんなことをしているわけが無いのだが、門前の小僧ならぬ、隣の小娘である。

私はそれを楽しんでいるのだが。

ガーデンから帰って、昼寝をしていたら、机が完成していた。
さすが奥さんである。娘も大喜びである。

反抗期の娘も、こういうときはちょっと鳴りを潜めているf(^^;。

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読書とシャボン玉で一日を過ごす

10/3

読書とシャボン玉で一日を過ごす。

『風姿花伝』を読んでいる人が結構多いと最近感じている。私は、実はお能を少し齧ったこともあるので、若い頃にこの本を読んでいる。そして、年に一回ぐらいは読み返している。天才の書いた本だなあと思いつつ、少しずつ自分の中に入ってくると良いなあと思いながら読んでいる。

古典は未来からの手紙である。これは私の主張である。自分がこの先どのように生きて行くのかを、古典は示してくれている。人は1000年前でも、人を好きになり、嫌いになり、別れを悲しみ、出会いを喜んでいた。今の私が生きていることをそのまま1000年前からしている。だから、古典は未来からの手紙である。

佐藤学先生の『教師花伝書』を読み進めている。途中まで読んでいたのだが、本が突然行方不明になり、三ヶ月ぐらい所在不明だったのだが、今日見つかった。後半を読み進めている。

まさか佐藤学先生も読んでいるとは思わなかった『花伝書』。確か苫米地さんも読み返しているとのことであった。

授業や、学校づくりのアイディアを刺激してくれる本である。意欲を奮い立たせてくれる本である。

で、シャボン玉である。
最近娘がハマっている。近くのガーデンに出かけて行き、ふーふーと飛ばしている。今日は私がお供で出かける。

まさか中年の男が一人でシャボン玉を飛ばすこともできまい。でも、娘とならば心置きなくできる。私もやった。ありがたやありがたや。娘に遊んでもらっているようなものだ。

芝生の上に、青空の方に飛んで行くシャボン玉。気持ちのよいものだ。そして、娘はそのシャボン玉を追いかける。私はシャボン玉を追いかけている娘をレンズで追いかける。

三年前には、こんな日がくるとは思いもよらなかった。

で、中秋名月である。
ガーデンから帰る際にススキを手に入れる。道路際の目立つところは刈り取られているのだが、ちょっと奥に入ると奇麗なススキがたくさんあった。雑草と言えば雑草だが、今日は最優秀助演賞である。

きぬかつぎ、枝豆、蛸のぶつ切り、マグロ、月見団子、日本酒を用意してお月見を楽しむ。良いものだ。

Fmm

良いと言えば、マグロである。スーパーに買い出しに行ったとき、生鉢マグロのぶつ切りがまあまあ値段であった。かごに入れて歩いていたら、私のアンテナにヒットしたものがあった。

どうみても、手に入れたマグロと同じグレードのマグロの「アラ」が極めて安い値段で出ていた。躊躇うこと無く、私はこちらを手にする。アラと書いてあるが、要はマグロの「ハラミ」の部分である。筋は多いが、きちんと処理すれば、ネギトロの部分となる。これをゲット。

家で処理してみると確かに、これは生鉢マグロのトロであった。こういうの、とても嬉しい。ちょっとした専門知識があるかないかで、食生活は全然変わってくる。美味しく頂く。

で、それを見ていたのが娘。
最近、刺身を覚えたのだ。
スプーンの上にご飯を載せて、その上にお刺身をちょうだいと待っている。ニコニコしながら待っている。
載せてあげると嬉しそうに食べる。
「うまい!」
と体をねじって喜ぶ。
良かったねえ。

月見をしながら思った。耳鳴りがちょっと夏から秋に変わったと。

私の右耳は突発性難聴の後遺症で耳鳴りがしている。ま、蝉が鳴いていると思えば良い。だから、夏は左耳からも聞こえるのでバランスが良いf(^^;。だが、今日月見をしながら外にいたら、秋の虫の音が左耳に入ってきた。そしたら、右耳の蝉も秋の虫の音のように感じたのだ。

季節に体も影響されるんだねえ。

Fm 写真は、部屋に活けたススキ。満月のように見えるのは、もちろん部屋の照明です。

明日は、満月です。

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2009/10/01

神無月は始まるのであった

10/1

神無月に入った。今年も残り1/4である。確か10/3は中秋の名月だったか。今朝方はまるで雪でも降っているかのような景色の琵琶湖であったが、家を出る頃にはどんどん晴れて来て、秋の空が広がった。

後期は木曜日がキツい。
2、3、4限と連続で授業。昼休みにゆっくりと食べることは、まずできない。確かに中学校の頃は1校時から6校時まで連続で授業なんてこともあったが、50分を6本と、90分を3本というのは、また違う大変さがある。もちろん、内容も質も違うしね。

ではあるが、授業はいい。
こっちがヒーヒー言うのではなく、言わせる側に回って頑張ろう(^^)。

今日の授業の導入では、季節のことを話し続けた。

『今日は衣替えの日である。私が中学生の頃は明確に衣装が変わった。それがいつの間にか、前後二週間はどちらでもいいとかなっていき、いまでは衣替えなんてことも無くなってしまったかのようである。

君たちはどう思っているか分からないが、日本という国は極めて珍しい国なのである。四つの季節を持ち、さらにその季節は、初旬、中旬、下旬と三つある。つまり、12の季節を持っているわけである。

世界には、夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏雨雨夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏夏。とか、冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬春夏秋冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬冬。とかの季節の国は珍しくない。その中で私たちの住む国は春夏秋冬なのである。

これがあるから、私たちは季節の食べ物を味わえるし、おしゃれも楽しめる。そして、日本の文学に彩りを与えたりもするのである』

なんてことを話しながら、中秋の名月、重陽の節句などの話を続けた。教師は、日本の文化を伝える役割も担う。そして、日本の文化はこの四季を基礎としているものが多いのだ。季節を味わおうではないか。そのために、教師は日本の季節にもっと敏感であらねばならないだろう。

本来はこれは家庭や地域が担うことであろう。しかし、それが厳しいのであれば、少しで良いから教師が朝の学活とか授業の導入等で話をして行くのが良いのではないかと私は考えている。

家に帰ってきたら、食卓には牡蠣のソテーが並んでいた。
いやあ、奥さんやるね。
10/1は牡蠣の解禁日である。
美味しく頂く。

娘は、ビールの注ぎ方が非常に上手くなる。ぎりぎりのところでぴたりと止める。そして、
「しゅわしゅわ きれいね」
と言っている。

生牡蠣に変えて、日本酒にする。すると一升瓶を持つ娘。一升瓶から日本酒を注ごうとする。さすがに、これは厳しい。
そこで
『パパと一緒ね』
というと
「いっしょ、いっしょ」
である。

『一升瓶を一緒に、一生(は無理かな)』

なんてことを言いながら、神無月は始まるのであった。

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2009/09/29

という感じを、私にプレゼントしてくれる娘

9/29

午後から打ち合わせがあったので、昼前に大学に向かう。昨日の夜、久しぶりに遅くまで頑張ってしまったので、食事の後もう一度寝る。

嘗ては、こういうのはなんか罪悪感があったが、いまはそうして健康状態を保つことの方が大事という考えになりつつある。今いる環境を十分に生かすことが大事という考え方である。

もう少し遅く家を出て良いのだが、後期の始まりでもあり、やることがたくさんあるので、早めに家を出る。

マンションの中庭を歩いていると、
「ばいばーい!」
と声が聞こえる。振り返ると家の前の廊下から娘が手を振っている。
嬉しくなって応える。すると、さらに
「ばいばーい!」
である。
いつまでしてくれるかなあと思いながら大学に向かう。

大学に着いたら奥さんからメール。
「もっとパパにバイバイしたかった」
と家で話していたそうだ。
うう。なんて可愛いんだ。

GPに関する打ち合わせを終え、学生のリクエストに応え、授業。

今日は一回目なので、授業の受け方、ルール等を丁寧に話す。ただ、さすがに大学に移って四年目。私がどんな授業をするのかは先輩から伝え聞いている学生が多くなっているようで、特段厳しい言い方をしなくても、いや、するまえにもう学ぶ姿勢になっていることが多い。よし、である。

さて、来週は何人残っているかな(^^)。

家に帰ると、泣いていたらしい娘が笑顔で
「ぱぱ〜、おかえり!!」
と走りながら叫びながら迎えてくれる。

今日も一日終わったという感じを、私にプレゼントしてくれる娘である。

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2009/09/27

秋の空にシャボン玉

9/27

まあまあぐっすりと寝て5時には起きる。最近良く寝ているなあ。昨日はお酒を飲むことも無く寝た。休肝日である。

年を取ると睡眠が浅くなると言われている。アルコールが睡眠障害になることもあるらしいが、昨日は飲まなかったのにも関わらず何回か目覚めた。ということは、もう一つの理由、「加齢」かもしれない。メラトニンが不足してくるという奴だ。ま、自然の摂理である。

マックをベランダに持ち出して、朝日が昇ってくるのを見ながらメールのチェック。ベランダでは、今年は美味く育っているハイビスカスが、今朝また一つ咲いた。まだ三つ、四つと蕾が育っている。

涼しい朝の風を感じつつ、風呂が沸くのを待つ。琵琶湖にはブラックバスを狙う釣り船が少しずつ集まる。

風呂では読書。これもいつも通りだ。

いつも通りではないのが、今日の日程。
今日は大学の入試関係の仕事で出勤である。

気持ちをきりっとさせて、出勤である。

で、粛々と仕事を終わらせていつもより早く帰宅。
久しぶりに三人でガーデンに行く。
秋の花が咲き始めている。
10月に満開になる秋薔薇も少しずつ咲き始めている。

ガーデンの外ではシャボン玉を楽しむ。
唇をつぼめて息を吐くことができなかった娘だが、
このところは、奇麗なシャボン玉を飛ばすことができるようになった。

秋の空にシャボン玉。
いいねえ。

明日から本格的に後期の授業も始まる。

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2009/09/24

世話焼き女房型

9/22-4

私が大学に行っている間の、娘と奥さんの会話。

「お父さんはね、お仕事。△△ちゃんもお仕事」
と奥さんが娘に言う。
すると、娘が
「いいなぁ、○○も、お仕事したいなぁ」
とのこと。

そういう娘はよく働く。
洗濯物を干す、畳む。さらに料理の手伝いは結構なもの。

お箸、箸置き、ご飯茶碗のみならず、お味噌汁の入ったお椀をテーブルまで運ぶ。

今晩はお風呂に入るときに、自分でお茶とタオルを持って準備をしていた。長風呂の娘は、入浴中に外にいるお母さんにお茶を所望する。顔を拭くタオルも。

ところが、今日は自分でお茶とタオルを持参して、風呂場にセットしてから服を脱ぎ始めた。ちなみに、私のタオルもセットしてくれた。

お風呂の中では、自分の飲んだお茶を、私にも飲めと勧める。風呂から出ると、ビールを注ぎ枝豆を食べさせてくれる。世話焼き女房型である。うれしい。

でれでれの父である。

写真は、娘がお気に入りのパンダ。本人が撮影。

Pnd

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2009/09/23

「まんざい!」

9/22-2

朝風呂に入る。すると、娘も
「お風呂!」
と言って付いてくる。
一緒に入ることに。

脱衣所で、
『○○、お洋服脱ぐよ。万歳だね』
「まんざい!」

確かに漫才だ。

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2009/09/19

ある意味天才だと思う

9/19

朝の会話。
昨日、自分が銀行で風船を貰ったことを私に一生懸命話す娘。それを聞いた私。

『お、○○。天才じゃないか?』
「二歳!」

ある意味天才だと思う。

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2009/09/16

歴史的な一日を

9/16

このところ娘が急に成長しているように感じる。会話も文脈を理解した上で、あれこれ変化球を投げてくる。

朝、食事をしながら娘に語りかける。
『○○、生まれてきてくれてありがとうね』
と。
すると、娘は突然私のところに体を寄せて、
「ぱぱ〜。ぎゅーっ」
と私の体を抱きしめてくれた。

娘の父としてこれ以上の幸せがあるだろうか。

午前中は大学へ。会議の予定で会議場所に向かうが、誰も来ない。あれ、やってしまったかな?

確認をすると、今日の会議は延期になっていたとのこと。確かにメールは貰っていたが、それは新たに会議を設定したと読んでいた。つまり、今日はアリだと読んでいたのね、私。国語科教育法を指導しています。

いやあ、これが会議があるのに忘れて欠席でなくて良かった。これはまずい。でも、無いのに行くのは、ま、大丈夫。

で、まあ、その御陰で2時間弱時間が出来たので、事務仕事をあれこれ。本当は空いた時間に読書でもしたいのだが、そうはいかないのが仕事って奴ね。

13:10京都発のサンダーバードに飛び乗り、保育実習指導のために金沢に向かう。金沢は10年ぶりぐらいかな。魚がとっても美味しかったのを覚えている。奥さんが子どもの頃に住んでいた町だ。

電車の中で読書の予定であったが、ここで疲れが出たのか寝てしまった。姿勢が悪かったのか、腰に痛みが。やっぱりいろいろと出てくるねえ。

無事、実習指導が終わりホテルに戻る。金沢のホテルは、ピンからキリまであるが、ビジネスホテルが安くていい。私が泊まったホテルは駅から3分ぐらいだが、安くて奇麗。最上階には露天風呂まである。

早速風呂に入って寛ぐ。金沢だと大学の規定では日帰りなのだが、自腹で宿泊を決めた。体を大事に動かしていかないと、新学期に影響が出そうな気がしてのこと。

軽く露天風呂に浸かって、夕食の準備である。

保育実習指導の帰りのタクシーの運転手さんに、美味しい寿司屋を聞いた。もちろんネットでも調べておいたのであるが、もう一度聞いたのだ。

そしたら、意外な答えが返ってきた。回転寿しが良いというのである。ホテルに戻って調べてみると、いわゆる一流どころの寿司屋の半値以下の値段で食べられる。

で、あれこれ調べてホテルから近い店に行って見たのだが、これが大正解。東京の寿司屋の感覚で言うと、10000円ぐらいすると思うのだが、1/3ぐらいで食べられる。そして、回転寿しと言いながら全然回転していなくて、注文でどんどん食べられるし、レベルも高い。

京滋にもって帰りたいなあ。金沢の回転寿し。

で、今日は政権交代の日でもあった。私の見方が変わったのかもしれないが、鳩山さんの顔がぐっと締まったように見えた。締まったのか、締まったように見えたのか。

教育関係でも大きく法改正をしようとしている。教職免許の更新制度、文部科学省の存在、学習指導要領の取り扱いなど変わる可能性がある。良い方向に動いて行くことを、ここまで来たら願うしか無い。

ただ、私が別の観点で興味を持っていることがある。権力を持った人間たちの顔がどのように変わって行くのかということである。ここを見続けたいなあと思う。

歴史的な一日を、娘のぎゅーっと学生の指導と美味しい魚で過ごす私でありました。

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2009/09/06

今日は、娘の二歳の誕生日

9/6

今日は、娘の二歳の誕生日。

毎日を朗らかに、健やかに、ときどき大泣きしながら、少しずつ、または急激に成長している娘。

ありがとう。
他の言葉はない。

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2009/09/02

娘の頭を撫でる

9/1

世の中の小中学校は、本日から本格的に動き出すところが多い。私は九月に入ってやっと一息つけるというところである。

Imgp5054 曇りがちであった空から朝日が顔を出し、八時過ぎには青空が広がった。が、風はやはり九月の風である。


遅めの朝ご飯をとって、読書。八月は本からのインプットが少なかった。本を読んでいる時間がとれなかった。細切れで読んでいたもののまとまって読むと言う時間が取れなかった。

授業のないときは楽しみの読書をするのであるが、これもなかなかできなかった。

九月の風を感じながら、ベランダに椅子を持ち出して読書である。

娘は、気持ちの良い寝息を立てて昼寝をしている。
昼ご飯の用意をはじめると、すくっと立ち上がって起きてくる。食べるタイミングを逃さないのは、私の血筋か。

選挙の結果を受けて、内閣の構想や予算の使い方などがニュースで流れている。いま、私の目の前に流れている風景は大きく変わったことはない。静かに青い空と湖が広がるだけである。Imgp5077_2

ただ、変わったことと言えば
「おさむ。おさむ」
と最近娘は私のことを名前で呼ぶ。
『はーい、はーい』
と私は答える。
まさか、二歳にもなっていない自分の娘に名前で呼ばれるとは思いもしなかった。

二台の自転車に乗って出かける。娘は奥さんの自転車。子どもを乗せる専用の自転車である。何気ない何気ないことだが、こんなことが嬉しくもある。

帰宅後、娘と一緒にお風呂に入る。
「きしゃま!」
と頭高のイントネーションで言う。
なんだろうと娘が見つめるその先をみると、風呂の窓を通して月が出ている。
(ああ、お月様の「きさま」ね)
と思っていたら、
「こんばんは」
と言うではないか。
もちろん、私も一緒に
『こんばんは』
である。

娘の頭を撫でる。

Imgp5091 夕ご飯は、頂いた餃子。
水餃子と焼き餃子と。美味しそうなものに手を出そうとする娘が、可愛い。

疲れをとってエネルギーを蓄えよう。

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2009/08/31

八月は「それで居て」終わるのであった

8/31

いやあ、忙しかった八月が終わる。多分、私の人生の中で宿題に終われた夏休み、浪人生の夏休みすらも越えるぐらいの忙しさであった八月が終わる。

ブログに書いていることだけではなく、書けないこと書かないことなどそれ以外にもあれこれあったわけで、実に忙しい夏であった。ただ忙しいだけではなく、充実していた夏でもある。

午前中は、野球の応援とゼミ合宿でできないでいたあれこれをやる。あれこれは終わりきらないが、それでも少しできただけでホッとする。

昼ご飯は久しぶりにパスタ。
ペペロンチーノを200g食べる。いやあ、食べ過ぎだなあ。
ペペロンチーノの上にはスイートバジルを十数枚ちりばめる。
これはなかなか美味。去り行く夏の味わいであった。

娘の昼寝の後に、今年最後の市民プールに出かける。
さすがに、今日は人が少ない。
娘は、
「おっきいプール!!!」
と叫び大興奮。防水カメラでガンガン撮影する。
水中から娘を撮るとこのようになる。

Sany0047_2

ところが、今日は結構涼しい。
雲の切れ間から日差しが出ると良いが、隠れると寒い。
30分ぐらい遊ばせていたら、娘の唇の色が少し変わってきた。

『出る?』
と聞くと
「嫌」
と即答。仕方なしにもう少し遊ばせるが、歯がガチガチ言い出す始末。さすがにこれはダメ。泣く娘を抱っこして、バスタオルでくるんで太陽に温められたコンクリートの部分に寝かせる。娘が笑顔になったので、一安心であった。

が、プールから出たところの坂道でこけて、膝を擦りむく。大泣き。こうなると梃でも動かない。お父さんは白旗を揚げる。奥さんに電話でヘルプであった。

ということで、今年の夏は終わっていく。
あ、思い出した。

引用開始 ーーーーーーーーーー

このごろは あなたにほれて居てほれてゐて
どうにもならぬほど ほれて居て
それで居て
あたしもさりげない顔をして
とうとう夏も終わるか

1924.8.31作

川上澄生

引用終了 ーーーーーーーーーー

八月は「それで居て」終わるのであった。

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2009/08/24

夏が終わって行くなあ

8/23

突然である。
壊れてしまった。
私ではない。
炊飯器である。

昨日の夜、ちょっと調子が悪いのかなと思っていたのだが、今朝も反応しない。肉よりも魚、パンよりも米の私としては困る。

でも、考えてみたらもう20年も使っているかもしれない。よく頑張ってくれたと言うべきだろう。集中講義の最中に壊れていたら、朝、米を食べて出かけることができなかったわけである。

そこまではなんとか頑張ってやろうと思ってくれたのかもしれない。お疲れさんだ。

で、炊飯器ではなくて鍋で米を炊く。
なんのことはない、あっという間に炊きあがる。しかも、香ばしい香りまである。

奥さんが面白いことを言った。
「昔は逆だったのね」
と。
(ん?)
「ほら、昔は炊飯器でお米が炊けるのかしらと思っていたと思うの。でも、いまは鍋でお米が炊けるのかな?と思うじゃない」
本当にそうだ。

ドラえもんの漫画を思い出した。のびたが宇宙を旅していて、ロケットのコンピュータが壊れてしまい、乗員のジャイアンの子孫等が困っていた場面が描かれていた。

のびたが、どうしたのと訊くと、なんと四桁のかけ算をしなければならないと言う。のびたが不思議がって紙で計算したら、子孫たちは
「え〜、のびたはコンピュータも使わないでそんなに難しい計算ができるの!」
と驚いていた。コンピュータと言っても電卓であるが。その時はふざけているなあと思ったが、いやいやあり得る話かもしれないと年ごとに思う。

上賀茂神社に出かける。
禊ぞ夏のしるしなりけるの上賀茂神社である。ならの小川には、多くの子どもたちと親が水遊びをしていた。

Imgp3524

今日は上賀茂神社で手作り市が行われていた。気になっていたものがあり、それを購入。娘の椅子である。

可愛い椅子が多くあれこれ悩む。結局娘に選ばせる。
『良かったね。自分の椅子だね』
と言うと、本当に喜んで自分で持って運ぶ。

作ってきたおにぎりを食べて、水遊びをして、他のお店を見た後、一面の芝生である上賀茂神社境内で椅子と娘の撮影会となる。

Isu_2

その後、私は家で子守り。このところずっと奥さんが一人でいる時間を作れていなかったので、久しぶりに。

プールに入れたり、夕ご飯を食べさせたり。夕方に向かう空が奇麗だったなあ。

Sora 8時ぐらいまではなんとかうまくいっていたのだが、その後、お母さんがいないということで娘がぐずりだす。あれこれやるのだが、なかなか。

で、思いついたのが今日の写真を見せるということ。松岡直也の「午後の水平線」をBGMにiPhotoのスライドショーで見せる。すると、泣き止んで落ち着く。お母さんが帰ってきた頃には、もうすっかりと落ち着いていた。

映像って凄いや。

夏が終わって行くなあ。

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2009/08/20

午後から市民プールに向かう

8/16

午後から晴れるというので、午前中は久しぶりに娘とガーデンに向かう。曇りの割には結構な日差し。もう散ってしまっているかと思った薔薇は、まだ咲いていた。

我が家のミニ薔薇も東京に行く前に切り戻しをしておいたら、再び多くの花を咲かせていたのだが、結構長持ちするものだと喜ぶ。

さすがに芝生は、初夏のころの一番いい時期は終わっているが、それでも寝転がると気持ちがいい。

午後から市民プールに向かう。
「あなたはいくつも夢があるのね」
と奥さんに言われるが、そうである。娘とプールに行くのは私の大事な夢の一つであった。やっと行ける。

子ども用のプールが三カ所ある。Xactiの防水仕様のビデオカメラを持参する。

大きなプールに戸惑っていた娘は最初だけ。あとは、いつも通り歓声を上げてプールの中を歩き回っていた。滑り台にも果敢に挑戦。
「じぶんの!」
と自分一人で滑ることを主張。
ところが、プールの中に足先から入り顔まで水につかる経験をしたところ、次からは
「ぱぱの!」
と主張。

まだ、じぶんで、ぱぱと、のように助詞の使い分けができていないのがおもしろいが、言いたいことは分かる。抱っこして滑り台に何回か私も挑んだ。

それにしてもXactiの防水仕様のビデオカメラは、いい。いろいろなことを心配することなく、良い表情がばっちりであった。

家に帰ってきたら、鍵を寄越せと言う仕草。与えるとマンションのオートロックの鍵を開ける。びっくり。いくつもの鍵の繋がっている束の中からマンションの鍵を選び、リモコンの感応部に鍵を当ててドアを開けるのね。

そういえば、家の中の扉もどんどん開けているしねえ。

本当は、大文字を見に行く予定だったのだが、すっかりと忘れてしまった夕方。ビールを飲んでしまった。

そこでネットとテレビで鑑賞することに。
京都のお盆は、終わりました。

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2009/08/19

夏の夕暮れに、古内東子の切なさが心地よい

8/15

早めに寝たのだが、娘のキック攻撃でなかなか寝られない。

ところが寝言で
「ぱぱ〜」
という娘。

感激である。
帰ってきたよ。

一日ホゲーッと過ごす。
終戦記念日だというのに。

気がつくと夕方。

夏の夕暮れに、古内東子の切なさが心地よい。アレンジ、声、歌詞、メロディ。もう一度評価されていい彼女だなあ。

ちなみに、やっと携帯電話は復活。
旅先で電池から充電をし続けていたのだが、うんともすんとも言わなくなってしまっていた。

家に帰って、ACから接続してみたら復活。
旅先で携帯電話が使えなくなるというのは結構辛いものがあったが、良かった良かった。

ご迷惑をおかけしたみなさん、池田は携帯電話が鬼門のようなので、勘弁してください。

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「いま、じゅんばん、あとで」が分かる

8/14

さ、久しぶりに長いこの東京ツアーが終わる。

宿が吉祥寺駅前だったので、久しぶりに井の頭公園に行ってみることにする。私の高校時代、大学時代のいくつかの思い出が詰まっている場所だ。

相変わらず池の鯉は巨大であった。この池の水が、神田川の源流になるというのは、知っている人は知っているが、実は以外と知られていない。

野外ステージには新しい囲いが出来ていたが、嘗てここでギターを抱えて歌っていたなあなんてことも思い出す。

午後の新幹線で京都へ。
以前から気になっていた東京駅の地下一階に行く。ここで弁当を購入。結構広くていろいろな店がある。お決まりの駅弁ではなく、この旅の疲れをいやすべく、ちょっと豪華なものを購入。

ところが、新幹線の中では爆睡。
熱海で寝始めて、気がついたら米原を通過していた。
実に贅沢な昼寝であった。

地元の駅には、迎えにきてくれた娘。
幸せである。

スカイプでは会っているのに、実物では照れていて、なんか違う様子。まだ実感がないのであろう。だが、抱っこしているうちに元に戻る。

家に帰って早速、プール遊び。一週間の出張の後にこれはなかなか辛いものがあるが、遊びたがっているので、喜んで姫にお付き合いする。

それにしても随分と言葉を覚えている。「いま、じゅんばん、あとで」が分かる。時間の概念が分かるんだなあと、ちょっと感心。

また滋賀での新しい生活が始まったのだと思った。

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2009/08/04

「ぱぱ〜、どーんて!」

8/3

朝6時前に起きて、ベランダの朝顔に水をやる。随分大きくなった。種を蒔く時期を遅らせてしまったので大丈夫かと思ったが、一安心である。ハイビスカスはどんどん咲き続けているし、ブルーベリーも実を結んでいるし、なかなか夏らしいベランダである。

昨日の晩に奥さんが片付けたゴミの袋が廊下においてある。おっと、今日は月曜日であった。ゴミ出しの日である。すでに曜日の感覚が消えている。しかし、この曜日の感覚が消えるパターンがいつもと違う。
夏休みに入ると、授業がなくなったり連続して休暇を取ったりすることで、曜日の感覚が無くなるのである。が、今回は授業が無くなったのに加えて、土日も関係なく働き続けていて、移動もあちこちしているということから曜日の感覚が抜けているのである。いかんなあ。のんびりと娘と一緒に市民プールに行くこともできていない。せめて、ゴミ出しは娘と一緒に行くことにしよう。

引用開始 ーーーーーーーーーー

旅上

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめてはあたらしき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。

萩原朔太郎

純情小曲集

引用終了 ーーーーーーーーーー

季節は違うが、まあ、そんな気分でもある。

本日は、教科教育法国語の課題の提出日。締め切りである。午前中は、事務仕事をしたり、相談に来たりする学生たちの相手をしながら過ごしたが、午後は時間ぴったりに動くのであった。締め切り時間厳守である。13:00pmきっかりに回収する。その後、仕上がりの確認をし続ける。

ふと、研究室の前の教室を見ると三回生の学生たちがあれこれやっている。学生たちが自主的に作った子どもと体験を通して学ぼうとするサークルが、準備をしているのであった。なんと「たほいや」をやるという。

うーん、頑張れよ。たほいやは面白いが、あのルールをきちんと理解させるには、相当の力量が必要である。初対面の小学校五六年生に理解させて楽しませるってのは、かなり指導の力量が必要である。これに挑戦するというのだ。十分に準備を重ねよ。

作品を確認をしながら、私もスケジュールの確認である。躓くと将棋倒しになってしまうからなあ。授業のあるときは学生たちに『あれはどうだっけ?』と確認することもできるが、授業ではないものまでは確認できないしねえf(^^;。

さらに風邪を引かないように、倒れないように、丁寧に毎日を過ごさないとなあ。昨日あたり、ちょっと喉と頭が痛かったので今朝方心配したのだが、まあ、大丈夫であった。お酒の量を控えて、食事の量も控えて、いつも通りであり続けよう。

一通り作品を点検し終えたので、次は集中講義の準備。8/18から四日間である。一日に4コマ、3コマをやり続けるのは結構大変である。中学校の教師だった頃は一日に6時間フルに授業ということもあったが、それは毎日ではない。毎日フルに授業をして、四日間というのは大変である。しかし、大学に来た一年目、二年目はよく分からないまま組まれた時間割だったこともあったのだが、集中講義が夏に三つもあったんだから、今から思うと卒倒しそうである。

しかし、この集中講義の準備もなかなか終わらない。
15×90分の内容を一気に行うわけで、準備がおかしかったり不十分だと、授業を私がコントロールできなくなる。これは絶対に避けなければならない。だから、指示や課題の流れを丁寧に確認して、印刷にまわすものは印刷に回し、教務に連絡する教室変更予約を行い、外部講師への依頼状の確認をし・・・とまあ大変である。

一週間に一度の授業であれば、その間になんとかコントロールすることができるのだがこれを前もって一気にやっておかなければならないからなあ。結構気を張る仕事なのである。本来ならば作品の点検のあとにするような仕事ではないのだが、スケジュールの関係上ここでするしかない。

気がついたらもう20時を回っている。
慌てて家に帰る。ちょうど浜大津の花火が上がっているタイミング。
部屋に入ると
「ぱぱ〜、どーんて!」
と娘が花火を知らせながら迎えてくれる。
はあ、嬉しい。

その後、風呂。食事をとってすぐに寝る。アルコールは控える。
喉に詰まった感じが残るのが嫌だなあ。
押さえて押さえて、仕事を進めよう。

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2009/08/02

良かった良かった。元気で

8/2

10時間も寝てしまった。途中目が覚めることは覚めるのだが10時間であった。一度昼寝を覚えてしまった体は、昼寝抜きになると疲れがたまりやすくなると父親は力説していたが、本当なのだろうか。

私のMacで娘とスカイプをした後、Macを見ていた父はスクリーンセーバーをいたく気に入った様子。なんのことはない、自分で撮った写真が次から次へと出てくるように設定してあるだけなのだが。

両親はちょうどデジタルフォトフレームを買おうかどうか悩んでいたようで、
『あ、だったら、XPでも問題ないと思うけどなあ。設定しようか?』
とプロパティから設定してあげた。
「を、こりゃあいいなあ」
と父親。次から次へと孫の写真が出てくる。

ふと思いつく。
『あ、面白いソフトがあるんだけど』
とフォトストーリー3をダウンロードして使い方を教える。父は感動しながら早速作り、自分の作品を母に見せようとする。

「お母さん、お母さん!」
「なに? 使い方は自分で覚えてね。私に覚えさせないでね」
なるほど、いつもこういう会話をしているのね。もちろん父は自分があっという間に作った作品を自慢したくて呼んでいるのだがf(^^;。

「こりゃあ、良いソフトを教わった。しばらく十分に体を動かせないから、これで楽しもう」
と。
良かった良かった。元気で。

雨の東京を後にして、新幹線で京都に到着。
ipodからは小田和正の歌うHEROが流れていた。

京都駅のホームに降り立って、なんか
(ああ、帰ってきたな)
と思った。
もう、というのか、まだというかよく分からないが関西に居を移してから4年目である。帰ってきたのは東京なのか京都なのか分からなくなってきている。

しかし、どちらに帰っても、帰ってきたという思いを抱けるのは嬉しいものだ。

駅まで娘と奥さんが迎えに来てくれていた。
私は近くのスーパーまで来ているのだと勘違いしていて、通り過ぎようとしてしまった。いかん。

娘はワンピースに麦わら帽子であった。
ああ、帽子も嫌がらずにかぶれるようになってきたんだな。

家では、「風がね」と言いながら、風が吹いたので物が飛んだことを話し、バランスを崩すと「おっとっと」と言いながら倒れないようにしていたり、まあ、随分と成長している。因果関係を理解した言葉を二歳になる前に話すことができるなんて、私は驚きである。

寝る前に久しぶりにコーヒーを飲んでいたら、琵琶湖が明るくなった。花火である。今日は浜大津のお祭りがあったので、その花火である。いやあ、間に合って良かった。

Imgp0268

さ、これにも元気を貰い、明日、明後日と事務仕事をして、さらにまた移動の日々である。

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MINIで失踪、いや疾走していた

7/31

8時過ぎに家を出て、東近江市に向かう。最近娘は、ワイシャツに腕を通し始めると、私に
「バイバイ」
と言う。出かけるのが分かるのだ。嬉しいような寂しいような。いろいろなことを覚えてきていて、
『抱っこして』
とお願いすると、
「ぎゅーって」
と言いながら私を抱きしめてくれる。切なく愛しい。

東近江市では、先生方の研修会ということで講演をお願いされた。私は講演よりも授業の方がやりやすのだが、100人近くでホールでの実施となると、なんとしても講演になってしまう。2時間で教師の仕事についてあれこれと語った。

講演はまあ恙無く終わったと思う。終わってから教育研究所の所長先生とあれこれ話す。ブログには書かない方が良い話をあれこれ話すf(^^;。どんな立場にいらっしゃってもあれこれ考えることはあるようで、私なんぞにもアドヴァイスを求めて来られる。

ただ、私はこのような講演が終わってからの話は嫌いではない。いろいろな情報を頂くことも多いし、トップの方が何を考えられているのかを知るというのは、実に刺激的である。

名神高速道路を取って返して自宅に戻る。
いやあ、娘が凄いテンションで私に甘えてくる。
思わず新幹線を一本遅らせてしまった。この甘えぶりを振り切って出かけられるほど、私はまだ人間は出来ていない。

このあと、東京に二泊三日ででかける。講座と父の見舞いだ。その準備を鞄に詰め込もうとすると、娘が
「ぱぱ、ぱぱ」
と手渡してくれる。そして
「ばいば〜い」
である。
分かっているのかなあ。

例によってのぞみはN700系で。
いま、近江富士(三上山)を右手に見ながら新幹線は疾走している。ついさっきまで近くにいて、近江富士の横をMINIで失踪、いや疾走していたのが嘘のようである。

で、新幹線の中では、ブログを書き続ける。この二三日、とても充実した時間だったのだが、書く時間がなかったので、ここで一気に書いてしまった。

五反田のホテルに荷を解き、シャワーを浴びてから明日の講座の打ち合わせ。美味しい日本酒とお魚を食べながら。講座責任者からあれこれ大事にしてほしいポイントの説明を受ける。

おし、了解である。

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2009/07/25

夕方から山科へ

7/24

爽やかに5時台に起きる。テラスに置いてある椅子に座り、膝の上にMacintoshを乗っけてメールの返事を書いたりする。今日中に、夏休みの講座の資料を作り終えてしまおうと決意する。

が、敢えなく断念。途中まで。
午前中は、娘の洋服の買い物。ついでに私たちの服も久しぶりに買う。私は半袖のシャツを買ったつもりが長袖でちょっと落ち込む。うーむ。

娘の水着や夏物のワンピースは、なかなかいいものが手に入った。シンプルなワンピースの似合う娘に育ってほしいなあ。

夕方から山科へ。
昨年度の国語科教育法の受講学生たちと教育実習打ち上げ、採用試験頑張れの飲み会である。

いやあ、凄かった。
実習報告会ではなかなか話せなかったことが、次から次へと出てきた。やっぱり会議と報告会は、フォーマルのものとインフォーマルのものと両方やってこそ意味があるなあ。参加した後輩の三回生も、参加して良かったと言っていた。

今年の教育実習は、生徒を指導する際に困ったことがあったというものは、皆無であった。学生たちは立派に指導をしきっていたと思われる。

しかし、それ以外の、通常は教育実習生が関係のない部分でのあれこれが多すぎた。ま、それも教員と言う社会を知る実習なのだと言えばそれまでであるが、ちょっとなあと思うことばかりであった。

良く乗り切ったぞ。
確実に成長したな。

で、もう一つ気になったことがある。学生たちが恋人のことをあれこれ話すのだが、「今の彼が〜」「今の職場を〜」と、「今」という言葉をやたら付けて話すのが気になったのである。

彼氏なら、今なんて付けなくても今のはずだが、今をつけるのである。これってなんだろうなあと思うのである。過去にたくさん付き合っていたから、それを分けるために今という言葉を使っているのか、これからどうなるか分からないから、今という言葉を使っているのか。

本人はそんなことを意識して使っている言葉ではないと思うが、聞く側は、余計なことを考えてしまう。ま、本当に余計なことである。

楽しい時間はあっという間に過ぎた。
実習に関して新しい企画も生まれたようだ。これも、楽しみ楽しみ。

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2009/07/18

ああ、私の祖先はどこかで

娘が帰ってきたら、とたんに蒸し暑い我が家である。
娘のせいではなく、天気のせいであるが少し悲しい。
少し温かい風呂の水を浴びて汗を流す。

娘は東京の美容院で髪の毛を切ってきたのだが、
私はこの髪型が今ひとつ気に食わない。
思い切り、昭和の娘である。
それは、それで良いと言えば良いのだが、なんといっても前髪が気に入らない。揃っているのである。

まるで、クレラップの宣伝で
「偽者注意〜♪」
と歌っている女の子に似ているのである。

また、私が「偽者注意~♪」と歌うと、娘は嬉しそうにニコッと笑うのである。
これが悲しい。

昼ご飯は、パスタ。
ベランダで育てているスイートバジルを使って、お手製のジェノベーゼパスタを作る。
冷やしたトマトを添えて、さっぱりした味わいで頂く。
うまひ。

ああ、私の祖先はどこかでイタリア人につながっているのではないかと思うぐらいである。
だらしなく、いい加減で、惚れっぽくて、情熱的で、怠け者で、楽天的で・・・。いや、それもそうかもしれないが、食事に関してはばっちり好みが合っている。

Pasta

土曜日の午後。
天気も少し安定しているので、久しぶりに娘とガーデンに行こうかな。

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2009/07/17

「ぱぱぁ、ぱぱぁ」 と叫ぶ

なんというか、それなりに激務だったからだろうか、遊びすぎたからであろうか。体重が4キロ減っている。このままのペースでいけば、結構良い感じになりそうだ。

私の周りの同世代の先生方は、次々とダイエットに成功している。私は最初から諦めているのだが、こうして少しやせるとちょっと嬉しい(^^)。

京都駅まで娘と奥さんを迎えに行く。
ホームまで行こうと思ったのだが、タッチの差で間に合わず改札口で。娘は私を見つけて喜び、そして照れる。

二週間ぶりで、ちょっと成長したなあと思う。
奥さんによれば、この二週間は外に出れば抱っこ抱っこだったそうだが、そんなこともなくとても嬉しそうに私の周りを回り、見つめているとのことであった。

父は嬉しい。

伊勢丹であれこれ買い物。お酒のコーナーに行く。
すると、プレミアムモルツビールのコーナーに行った娘はこれを指差して、
「ぱぱぁ、ぱぱぁ」
と叫ぶ。いやあ、いつも飲んでいるのを覚えているのね。大したもんだ。

折角片付けた部屋は、あっという間に娘によっていつも通りになる。
また、娘のいる生活が始まったんだなあと思う。

外は、雨。
ちょっと蒸し暑い。
ジンライムを作って軽く、お帰りと挨拶だ。

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2009/06/22

娘からの父の日のプレゼント

6/21

一週間の疲れが出たのだと思う。
今日は体と心が辛かった。
ゆっくり寝ていようと思ったら、娘が起こしにきて起きた。だが、食事をしてからまた寝てしまった。昼過ぎまで寝る。

昼ご飯は、お気に入りのタイ料理屋さんに行く。料理は良かったのだが、なぜか素人に近いタイ人の歌うたいが歌っていて、ちょっとげんなり。ギターの2弦のチューニングはずれているし。ギターで2弦のチューニングがずれているのは致命的であるからなあ。

Ukimidou その後、浮御堂に行く。
ここは風が心地よい。体をゆったりとしながら、疲れを取る。ああ、今日は父の日である。

琵琶湖の向こう側には、入道雲が出ていて風は北から南へと吹き抜けて行く。冷たいビール、または、熱い紅茶が欲しくなる。Imgp8955

浮御堂の周りには小砂利が敷かれた場所がある。
「あっち」
と娘が指差すので、そこに向かう。

松の木の根元に腰掛けて、読書をしていたら、
「て!」
と娘がいう。
なんだか分からないが掌を娘に向けて差し出すと、その小砂利を拾って私の掌にどんどん入れて行く。五回もやると、私の掌に一杯の小砂利となる。

全部を地面に捨ててまた掌を向けていると、さらにそこに小砂利を貯め始める。
(おしまいにしないと、この敷地中の小砂利を私の掌に乗せないと終わらないなあ)
と、苦笑。

だが、ふと気がつく。
(ああ、これが娘からの父の日のプレゼントなんだな)
と。

(向田邦子さんの名著『父の詫び状』では、「此の度は格別の御働き・・・」という朱筆で棒線の引かれたこの言葉が、父の詫び状だが、私は小砂利が娘のプレゼントか)
と、私は嬉しくなる。

小一時間も浮御堂にいて、その後、浮御堂の近くを散歩する。松尾芭蕉や一休さんにゆかりのお寺や神社がたくさんある。そして、これが見事に手入れされているのだ。

穴場発見である。
ちょっと元気になる。

帰りにスーパーに寄る。
今日はちょっと奮発したお酒の肴を購入。岩ガキがもう店先に並んでいたので、手に入れる。Kaki

しかし、安い。東京の値段の1/4〜1/5である。4つも買ってしまった。これと桃ビールと日本酒で、もう少し元気なろう。


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2009/05/18

こういう褒め方は嬉しいなあ

昨日までの雨と低い気温が嘘のように晴れて暑い日である。
なんとなくキャンパスの中にはマスクをした人の姿が多いような気がする。

今日の専門ゼミは、子どもを相手にした教育というよりは、教育を取り巻く社会の動きということで「教員の自己申告(自己評価)」の話題を取り上げた。

滅多に見せるものではないが、私が現場にいた時の東京都の書式のものを見せたりもした。

当然学生たちはこんなものを書くことになることを知らない。ま、私は教員の世界にはさほど必要性は感じないし、こんなことをこんなに書かせる時間があったら、子どもたちに関わる時間や授業を準備する時間に費やす方がましだと思っていたが、せざるを得ないのであればちゃちゃっと終わらせた方が良いと思っていた。

だが、実際にはこの書類を書くのにものすごい時間のかかる先生もいた。自分の計画なのだが、書けないのである。これにはちょっとしたコツがあるのだが、それは一子相伝なのでゼミと飲み会の席でしか伝えられないものなのである(^^)。

ゼミの学生たちは毎回スーツを着てくるようになったが、どうもネクタイがダメである。なもんで、ゼミ後にネクタイ講座をしたのである。まるで中学生の生徒指導のようである。あれこれ教える。

    1)    プレーンノット
    2)    セミウインザーノット
    3)    ウインザーノット

通常はこの三種類を覚えておけば良い。私はいつもはプレーンノットである。であるが、かしこまった席ではウインザーノットである。今日はウインザーノットを教えた。

ネクタイを締めると苦しいと言うが、それは締め方が悪いのだということに気がつく。ネクタイはきちんとしまっていても、ネクタイを締めるのであって首を絞めるのとは違う。そこがわかっていないと、ネクタイをだらりと締めてしまうわけである。

今なら「ネクタの締め方」で検索すればそれこそ動画も含めて説明がたくさん出てくる。でも、こういうのは見ないのだろうなあ。

ネクタイ一つとったところで、きちんとするのがわらかないのに、スーツをきちんと着るってのは大変なのだということがわかっているのかなあと思う。

ま、高校時代にネクタイであっても、だらしなく締めていても注意されないとか、もう結び目が出来ているものをひもでくくり付けるネクタイとかであって、きちんと締めると言う指導は受けていないからなあ。

きちんとネクタイを締めて過ごし、一日の終わりに少し緩めてビールを傾けるってのは、結構良いもんだが、それはきちんと締めているから出来ること。まさに緩急なんだけどね。

夕方は、三井寺千団子祭りに向かう。

子どもの成長を願うお祭りである。そこで娘を連れて行ったのだが、娘は三井寺の階段を見て意欲満々。階段を見ると上りきらないのと満足しないのである。私もお付き合いして最上段まで行く。途中、フランス人観光客が目を細めて見ていた。

このお祭りでは植木市も開催される。児童教育学科の記念樹はここの植木市で購入している。私も個人的なものをいくつか購入している。階段を降りてきて植木市で物色していたら、おばあさんに声をかけられた。
「まあ、可愛い。お顔が優しいわね。お父さんとお母さんが優しく育てていると、こういうお顔になるのよね」
と言ってくれた。こういう褒め方は嬉しいなあ。育ててきた苦労が報われる感じがする。

今日は明るいうちに帰宅することができた。
暮れなずむ琵琶湖を久しぶりに見たなあ。

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2009/05/11

ふと外を見ると、十六夜の月

5/10

本日、母の日である。
それぞれの実家には奥さんが感謝の気持ちを贈ってくれた。うちでは奥さんにティファールのセットをプレゼントをした。収納も洗うのも、実に便利である。

午前中は、いつものようにガーデンへ娘と一緒に。
しかし、年間で何日通っているのだろうかと思うなあ。完璧に我が家の庭だ。

ガーデンに着いたら私の母親から携帯電話に電話。
(しまった。こちらから電話しなければなのに)
と思って
『いやあ、母の日おめでとうございます。そのうち、お菓子が届くと思うので』
と言ったら、
「何言ってんのよ。そのお礼の電話よ」
とのこと。
だんだん、頓珍漢な私の父親のようになってきてしまった。親子は似てほしくないところが似るものである。

そんなことは関係なしに、娘と芝生で鬼ごっこ。芝生に来るとすぐに靴を脱いで靴下を脱いで
「うわ〜〜〜〜〜〜」
と言いながら走り出す。本当に「うわ~~~~~~」っというので、まるでジブリのアニメのようである。

ガーデンはモッコウ薔薇が終わりとなり、いよいよその他の薔薇が咲き始める。これから二週間ぐらいが見頃になるでしょう。ものすごい数の薔薇が咲き乱れます。

Imgp7064

二時間ほど子守りのあと、昼ご飯は久しぶりのラーメン。
娘も食べるので、私の分は大盛り。その大盛りの分をあげるのだが、足りなさそうな顔。
ずいぶん食べるようになりました。

午後は大学の仕事をする。
ある程度進んだところで、テラスで休憩。
ああ、風が心地よい。
比叡山から吹き下ろしてくる風が玄関に入り、廊下を通って琵琶湖に吹き抜ける。
これが気持ちいいんだなあ。

その後、娘の昼寝に付き合って寝たら、ずいぶん寝てしまった。
昨日とさっきのガーデンの疲れが襲ってきたのね。
撃沈。

その後、三人で自転車に乗って買い物に出かける。
娘もやっとヘルメットを嫌がらなくなってきたようである。

夕ご飯は、餃子。
ティファールで焼いてみる。
いやあ、見事に奇麗に焼ける。
焦げ付きもない。
便利便利。

ふと外を見ると、十六夜の月も奇麗に琵琶湖を照らしている。
いいねえ。

Imgp7072

ケーキを食べてから、もう一踏ん張り。
日付が変わっても大学の仕事であった。

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2009/05/07

『♪し・し・しのびあし』

5/6

雨模様になるという予報だったので、午前中の晴れている間にガーデンに行く。今日は久しぶりに家族三人で出かける。

アヤメ、菖蒲、ボタン、シャクヤク、藤と咲き誇る中、モッコウ薔薇を先頭にして薔薇が咲き始めている。五月の末には、ガーデン中が薔薇に満たされる。楽しみだ。

芝生に足を入れると、娘は靴を脱ぎ靴下も脱ぐ。そして、私も一緒に靴を脱いで靴下も脱げ、と催促をする。ま、最初は私が教えたのだが、これがもう娘のお気に入りになっている。

裸足で芝生の上を走り回り、寝転がる。くるくる回って目が回って転んだとしても、何も痛くない。むしろ、芝の葉から溢れるその香りを受けとめるとき、何とも言えないいい気持ちになる。これを楽しむのだ。

1時間ぐらいで帰宅。
気持ちのいい汗をかいた。

午後は大学で5/9の関西青年塾の講座の準備をしようと思ったが、やめる。折角の連休だから、たとえ進度が遅れてしまったとしても家でやることにした。

膝の上によじ上ってくる娘の相手をしながら、あれこれお話をしてあげながら、ゆっくりと準備だ。

時々娘が
「あっち!」
というので、椅子を降りてリビングの広いところに行く。
「し、し、しのびあし」の曲が最近のお気に入りで、私が歌って踊ってあげると、喜ぶ。

昨日は
『♪し・し・しのびあし』
と歌うと、その後にある、合いの手を娘は入れる。
「ん、ん!」
と。

これが異様に可愛い。
ああ、こうしてお父さんは娘に何も言えなくなって行くんだなあと思う。
でも可愛いんだから、仕方がない。

芝生の上で走り回ったのが効いたか、夜は久しぶりの手作りのおいしいシュウマイを食べた後、リビングで撃沈であった。

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2009/05/06

醒井(さめがい)養鱒場

5/5

こどもの日。

滋賀県では子どもと保護者が無料になる施設が5つある。今回は、醒井(さめがい)養鱒場に行くことにした。

名神高速道路を行き、北陸自動車道路の米原で降りてすぐのところにあった。

台所から食卓まで料理を運ぶお手伝いが出来るようになった娘である。お手伝いができるのであれば、もうこどもの日を盛大に祝ってあげていいだろう。

魚の餌(50円)を購入し、まずはニジマスにやる。ものすごい勢いで食べる。娘は驚くかと思いきや喜んでやっている。水に落ちないようにスカートの裾を握ってコントロールする。

続いて釣りである。
ニジマスを釣る。1キロ1400円ぐらいで釣った魚は買い取る方式である。入れ食いのように釣れるものでもないが、楽しく釣っていたらびっくりするぐらいの値段になってしまうだろう。私は3匹に留めた。

最後の一匹は針に掛けて、娘にもその引きを体験させた。釣り上げたニジマスを触らせたが、ニジマスが動いていても大丈夫。まだ分からないのかな。

◆ 

釣った魚はその場で捌いてもらえる。そして、氷詰めにもしてくれる。
『すみません。このニジマスは、刺身で食べられますか?』
確認してみた。
「うーん、どうかなあ。この大きさだとぎりぎりかな」
問題はそこですか。

Imgp6952 釣りの後、場中を歩いて回る。結構広い。
至る所に魚影を認めることができる。勉強にもなる。

今回私が感動したのは、以下の三種類の魚である。

    1)    チョウザメ
    2)    イトウ
    3)    コバルトブルー色のニジマス

この場内には、魚と戯れる池がある。まだ暑くないので中で遊んでいる子どもはいなかったが、ニジマスやカラフトマスなどの他に、なんとチョウザメも泳いでいるのである。たまたま池の渕にいたチョウザメに近づき、私は触ってみた。いやあ、チョウザメに触れるなんて感動である。

さらに、園の奥の方に向かって歩いて行ったら、とても大きな魚が泳いでいた。
もしや?と思って看板を見たらやっぱり「イトウ」であった。『釣りキチ三平』でも取り上げられている幻の魚である。

サケ亜目は、サケ科、アユ科、キュウリウオ科の三つに分かれる。その中のサケ科は、さらに、サケ属、ニジマス属、イトウ属、イワナ属に分かれている。そのイトウ属のイトウである。

サケ属は、8種類ほどいるが、イトウ属はイトウしかいない。顔つきはイワナとサケを足したようなものだ。体長は1メートルを越えるものもある。実際に見たのは初めてで、興奮してしまった。これが北海道の湿原でヒットしたら凄いことになるだろうなあと思った。

Rimg0086_2 そして、コバルトブルー色のニジマスである。
金色に輝くニジマスは、アルビノ種であることは知っていた。自然界では目立ちすぎて他の動物の食料になってしまい、なかなか見られないが、養殖では珍しいには珍しいが、いる。で、コバルト色のニジマスである。これは何だろうかと思っていたら、脳下垂体に欠損があり、この色になるのだそうだ。そして、生殖機能がないので遺伝としては発生しないとのことであった。非常に珍しいのだが、ここでは数匹見ることができた。

魚好きとしては満足である。

場内は、青紅葉だらけであり、秋も楽しめそうだと思うのであった。

Imgp6951_2

帰ってきてからは調理。
二匹のニジマスは、塩焼き。
普通に焼いては勿体ないので、炭火を起こして強火の遠火で焼く。
「餅は貧乏人に焼かせろ、魚は大名に焼かせろ」
のことわざの通り、じっくりと焼く。

もう一匹の半身はそのまま刺身で。
もう半身は、塩をして軽く水分を取り除きルイベにする。

結局この夜は、塩焼きと刺身を食す。
ニジマスってこんなに美味しかったかなあと思う。
身が柔らかくて甘い。娘もどんどん食べてしまう。
付け合わせは、醒井で買ってきた新タマネギ。
これをスライスして水にさらしただけのもの。
辛みはなく、ただ歯ごたえと甘みが広がる。

ビールは、「梅花藻」というヴァイツェン。
醒井の地ビールである。

うまい。

ああ、こどもの日は、良き日かな。

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2009/05/03

今晩は「スローバラード」を聞きたいが

5/2

朝一人であれこれしようと思ったら、娘が起きてしまった。
まあ、これもいいか。

明日の教室本の三巻の校正原稿、前半を終了する。速達で編集者に送る。

いやあ、凄い。野口先生、西川先生が第一章「授業」を執筆してくださっている。このお二人の原稿に赤を入れるということ自体、恐れ多いことだが、これは役割。心してやった。
そして、読者に先んじて学ばせていただけることに大きなる喜びを禁じ得ない。

もちろん、他の先生方の原稿もいい。
ご期待ください。

久しぶりにガーデンに娘と行く。
娘は自分の手提げ鞄に犬のぬいぐるみを二つとボールを入れて。
私はカメラと本と携帯電話を。ま、使うのはカメラだけであとは使っている暇はないのだが。

藤の花が満開になっていた。
ブドウの匂いのするこの花、例年ならミツバチが忙しそうにしているのだが、今年は本当に見かけない。今年の果物は大丈夫だろうか。

木陰で芝生に座り、靴を脱ぎ裸足になる。
ごろんと転がる。
木漏れ日が奇麗だ。
芝の香りが心地よい。娘も一緒にごろんである。

隠れるところなどないのに、かくれんぼ。
私が目をつぶって座ると、そこにそーっとやってきて顔を見る。
『ばあ』
というだけで喜んで踊る。

はいはい。
抱っこしますよ、抱っこもしますって。

寝る前に何気なくニュースを確認していたら、忌野清志郎さんが亡くなったという記事を発見した。58歳。
切ないなあ。

今晩は「スローバラード」を聞きたいが、聞けないなあ。
合掌。

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2009/05/02

駆け足に変わったんだなあ

5/1

早起きした娘に一緒に起こされる。
そういう寝覚めもいいものだ。

今日から五月。
どうやら檜科の花粉も大丈夫のようで、我が家もやっとリビングの扉を開けられるようになった。

そこで、テラスに「体にフィットするソファ」を運び出して寝転がる。
前からやってみようと思っていたのだが、今日が初めて。
いやあ、極楽であった。

空の青と湖の青を感じながら、ゆったりしていたら寝てしまった。
ま、ゴールデンウイークである。

「あら、○○ちゃんのところにいるの?」

所用があって私の母親に電話したら、こんなことを言われた。○○には私の娘の名前が入る。娘の声が電話から聞こえてきたときのことだ。

って、お母上、ここは私の家です。源氏物語の世界ではありません。

我が家の対岸に新しいお店が出来たのでランチを取りに行く。前からあった「アンチョビ」という店が、琵琶湖ホールの横に出店したのだ。

なかなか美味しかったので、今日のランチにと思って出かけた。
日差しは気持ち良く、風も心地よい。

で、料理そのものはまあ、良かったのだが。
私のオーダーを通し忘れていたり、出す順番がぼろぼろだったりで、もう少し落ち着かないとダメかもしれないと思った。オープンして一週間も経っているので大丈夫だと思ったんだけどなあ。落ち着いたらまた行ってみるか。

食後芝生で遊ぶ。

奥さんは娘のためにクローバーの花で冠を編んでいた。
頭に何かを載せるのを嫌がる娘は、瞬間しか冠らなかったが、それなりに可愛い写真も撮れたし、父は満足。

連写でガンガン撮影したのだが、モニターでよく見てみると、しっかりと走っているのがわかる。
空中に浮かんでいるシーンがあるのだ。
早歩きから、駆け足に変わったんだなあ。

自宅に帰るころには、娘はぐっすり。
車から部屋まで抱きかかえる。肩に涎が。
相当疲れたようだ。あれだけ走り回ればねえ。
でも、それが良い。

早めに風呂に入って、原稿の校正や何やらをする。
ゴールデンウイークのスタートである。

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2009/04/28

「点いた、点いた!」

娘はどんどん大きくなる。
他人の子どもの成長は早いと言うが、自分の子どもの成長も早いと思う。

昨日は、ベランダで使うサンダルを買いに行った。
奥さんは奥さんで、私は私で同じ店で下見をしていたのだが、昨日一緒に買いに行った。
そしたら、同じものが良いということになっていた。
迷わず購入。

なんというか、シンプルなものがなかなか売っていないのだ。
別にキャラクターは要らないのだが、そういうのがついているものが多すぎる。
子どもにはシンプルなものを与えたい。

早速ベランダで履かせてみる。嬉しそうに歩いている。
すると、ベランダに置いてあるライターに手を伸ばし
「点いた、点いた」
という。

つまり、このライターを使ってキャンドルに火を点けろというのだ。
覚えているんだなあ。

早速姫のご指示に従って、キャンドルに火を点けると、やっぱり
「点いた、点いた!」
である。

嬉しそうな娘の顔がいい。

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2009/04/24

永源寺ダムの桜

オフである。
一週間に一日はオフにすると決めている。
なかなかできないが、今日はオフである。

今日は一日娘と一緒にいたためか(いや、そうであってほしいと思うが)、娘はすこぶる機嫌がいい。絶好調である。そんなわけで、ちょっと遠出をした。

京滋の桜ももうほとんど終わりなのだが、山桜は満開である。
そんな山桜を見に行った。鈴鹿国定公園の中にある、永源寺ダムの桜である。
ほとんど誰もいない。

私の大好きな川上澄生さんの詩を思い出す。

引用開始 ーーーーーーーーーー

あえぎつつ 登る山路
夏近き 街より来れば
山桜今 花盛り
から松の 葉も稚くて
山の上の 沖曇る
湖の 風は冷たし

引用終了 ーーーーーーーーーー

Imgp6637

お弁当を広げ食す。
その後、青紅葉の木陰の芝生の上で、昼寝。

「パパ〜〜〜〜〜〜!」
という娘の叫び声で目が覚める。
頭を持ち上げると何やら黄色いものを持って血相を変えて走ってくる。
公園に咲いていたタンポポと蛇イチゴの花を持って私にくれようとしていたのだ。

掌を娘に向けると、その上に置いてくれる。
何回もやっていくつもくれるので、寝ている体の側に並べてみた。
嬉しいのは嬉しいのであるが、一種生前葬のようでもあった。
ま、娘がやってくれるのであれば、なんでもありだが。

今日の娘は、ずっと機嫌が良い。
洋服も似合っているのだろうが、なんといっても今日の太陽光線の加減が良い。
なもんで、写真は良い感じの作品がどんどん出来上がる。

父も母も嬉しい。

小一時間昼寝をして、帰路につく。
大津西武で娘のおもちゃを買い、久しぶりの子羊のラムチョプステーキ肉を買い、シメイトラピストビールのブルーを買い、帰宅。

ああ、火照った肌に子羊のラムチョプステーキ肉とシメイトラピストビールのブルーはたまらなく合う。

幸せな一日である。


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2009/04/19

これでミッションはコンプリート

4/18

5時台に起きて、原稿の校正作業を開始する。
琵琶湖から昇ってくる太陽が美しい。
うしゃあうしゃあと、校正を進める。

ではあるが、全体の1/4程度しか終わっていない。
それでいて、ちょっと疲れる。
うーむ。

こういうときは、別の仕事に切り替える。
集中力を保ちつつ、気分転換をするにはこの方法が良い。

ちなみに、レース系のコンピュータゲームも集中力を保ちつつ気分転換をするには良い。集中力が下がってしまうと勝てないので、集中力を保つことができるのである。

Imgp6387 ご飯を食べてからガーデンに散歩。
今この時期、ガーデンは姫リンゴが満開。
実に奇麗である。

芝に寝転がり、本を読もうとするも、
娘は
「あっち、あっち」
と別のところに行こうと誘う。
はいはい、行きましょう。

何気なく、
『位置に着いて。よーい、どん!』
と言って走ってみた。そしたら、ちゃんと合図に合わせて走るではないか。
いやあ、おもしろい。
どんどん出来るようになるんだなあ。

チューリップも満開である。

Imgp6408

昼過ぎから立命館草津キャンパスに出かける。
いやあ、広い。
なんだあというぐらい、広い。

迷子になっていたら事務方から電話。救出してもらう。

お昼ご飯を食べてから、90分の授業を行う。
導入に説教。教室の空気が固まって行くのが分かる。

開始15分ぐらいで固まりが少しずつほぐれてきたので、
というかほぐしたので、学生たちの反応は良くなってきた。
すると、言う予定になかった例までも持ち出すので、時間がなくなる。
説教と予定外の具体例を入ってしまったので、予定していた時間より3分オーバー。
いかん。きちんと終わりたかったなあ。

一発勝負の授業の場合、種も仕掛けもある授業の構成について
解説をする時間はない。だから、学生諸君は
何が起きているのか分からないまま授業が終わることもあるだろう。

だが、衣笠のアンケートには、「最初頭に来て聞いていたのに、最後は納得で
鳥肌が立ちまくっていた」と書いてくれた学生もいた。
では、それはなぜなのかを考えてくれると良いなあと思う。

授業が終わって礼をしたら、今回も拍手が起きた。
資料の片付けをしていたのだが、慌ててもう一度お辞儀。
まるで、カーテンコールのようであった。
ちょっと嬉しい。

これでミッションはコンプリートである。

終わってからAEON MALLに立ち寄る。
本屋でどーんと本を買い込む。
忙しいというのに、買い込む。
いや、忙しいから買い込んでしまうのだろう。

ううう。
なんとか時間を遣繰りして読もう。

家に帰ったら娘が玄関まで走ってお迎えに。
嬉しいねえ。

私の持っている本の袋を持ってリビングに向かって歩き出す。
そして、リビングで袋から取り出し、本のカバーを全部ひんむく。
なんだか知らないが、裸にしたがるのである。

もう、元に戻すのも諦めた。
裸の本だらけのこのごろである。

先ほどの本屋で『賭博破戒録カイジ』の最終巻をやっと手に入れたので、何はともあれ読む。
はあ、やっと結末が分かってほっとした。
これで、次の『賭博堕天録カイジ』に入って行ける。また全13巻だ。
時間が足りないf(^^;。

って、『賭博堕天録カイジ』を読み終えてしまったではないか。
私は麻雀のことが分からないので、麻雀のルールに関するとこは読み飛ばしながら、ストーリーの柱をだーっと読んで行ったら、読み終えてしまった。

次は、『無頼伝 涯』全5巻だな。

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2009/04/12

輪郭のきりっとした一日

北白川の桜吹雪を通り抜けて、立命館大学に向かう。
今日は立命館大学での授業があるのだ。
立命館大学の教職課程の最初の授業で、外部講師として授業をお願いされたのだ。

去年からお願いされていたのだが、去年は日程が合わなかった。今年もお願いされて、そこまで言われるのであればとお引き受けしたのである。

桜吹雪の中をくぐり抜けて行くのは、実に切ない。
人生の儚さをしみじみと感じる。

いかん。
授業に向けてテンションをあげなければならないのに、しみじみしてしまっている。昨日の名残もあるんだろうなあ。

Rimg0391

 

さて、400人を相手にする授業というのは、なかなか大変である。京都橘大学では考えられない。だが、やることは同じだ。声の大きさとか目の動かし方は変わるが、やることは同じ。

教職の導入であれば、彼らの意識の改革や、真剣に学ばなければならないと思う姿勢を作ることが肝要になる。これを90分でというのが、ミッションであろう。

最初の10分ぐらいは、いつもと違う授業の進め方に戸惑っているようであった。いきなり、
『帽子を脱ぐように。飲み物は机上からしまうように』
と始めたことだし。だが、その後はいつもの私の授業のペースで進めることができた。

最後は、拍手を貰ってしまった。
ちょっと嬉しい。

終わってから急いで駐車場に向かった。
子守りが待っているのだ。

奥さんの友人が東京からやってきて、午前中は娘と一緒に回るのだが、夕方から娘の面倒を私が見るのだ。

なもんで、タッタカと衣笠キャンパスを歩いていたのだが、後ろから声をかけられた。産業社会学部の先生方である。竹内常一先生のお知り合いの先生であったり、本学の先生方のお知り合いの先生たちであったりであった。

立命館大学とはあれこれ交流のある京都橘大学であるが、嬉しいことであった。

寺町まで車を走らせる。
娘は奥さんに抱っこされて登場。もう、寝ていた。
気温と疲れで参ったのだろう。
車に乗せて、家に帰る。

娘は、自宅の駐車場に着いたとたん目が開く。
お母さんがいないことは不思議に思っていないようで、一安心。

エントランスの向こうに広がる中庭に行きたがっていたので、歩かせた。中庭に続く扉は結構重たいのでなかなか開かない。すると娘は何を思ったのか、私の持っている鍵の束を渡せとせがむ。

渡すと、鍵を握りしめて扉の鍵穴に入れてまわそうとする。もちろん、ここの鍵は管理人しか持っていないので、私の鍵では入らない。

だが、びっくりしたのは鍵と鍵穴の因果関係を理解しているということだ。脳みそのどこいら辺りをどのように使って考えているのだろうか。その時、言葉は使っているのだろうか。面白いなあ。

その後、遊んで、風呂に入れて、ご飯を食べさせて、歯を磨いて、お休みである。寝かせつけるときに寝違えてしまったのはご愛嬌。

輪郭のきりっとした一日であった。

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2009/04/10

長等の山に花見に行った

長等の山に花見に行った。
オフである。

右手に琵琶湖博物館が見え、真ん中に琵琶湖、左手に我が家とオーパルの当たりが見える。この二日間の新入生キャンプが目の前のエリアに収まる訳だ。なんとも感慨深い。

折角なので、我が家からハンモックを持ち出して公園に置いてみた。下から見上げる桜の花の美しいこと。ゆらゆら揺られながら、味わう。娘もそこに乗ってっ来る。

水筒から紅茶を取り出して、飲む。
授業開始前の、ちょっと贅沢なオフだ。

隣接した場所に公園があった。とても長い滑り台があった。
見ていると三歳ぐらいの男の子がおそるおそる滑っていた。娘は大興奮。

いや〜流石に無理だろうと思っていたら、もう既に階段を上り始めている。膝をつきながら十段以上の滑り台の階段を上っている。斜面の設置されているので20m近く滑る長さはある。

先ほどの三歳の男の子は、
「僕が一緒に滑ってあげようか? 僕だってやっとすべるんだから」
とお兄さんらしいところを示してくれる。
『ありがとう。でも、まだ赤ちゃんだから、おじさんが一緒に滑るね』
と久しぶりに滑り台に乗る。
娘大喜びで、滑る。

その後、娘はまた階段を上り滑り台に挑戦。
私はもう諦めて下で滑って来るのを受け止める事にした。
すると件の三歳児の男の子が、ここが出番とばかり滑り台に走ってサポートしようとする。だって、僕だってやっとすべるのである。

ところが、その途中で石に蹴つまずいて倒れ、
「おかーさーん」
であった。
娘は、頂上で一人挑戦に燃えた目を輝かせながら今行くか、今行くかという姿勢。

『よーし、おいで』
と行ったところ、本当に一人で滑ってきてしまった。件の男の子泣くのを止めて吃驚して見ていた。

娘は四、五回これを繰り返す。
頼もしいというか、恐るべしというか、何だか分かっていないというか。
しかし、父はとても嬉しかったのであった。

大津の桜はもう少し見頃が続きます。

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2009/04/05

かといって、ぱぱでもない

本当は、夜に三井寺で桜のライトアップされた中でのコンサートを楽しみにしていたのであったが、朝から雨。ラジオの収録もあるのでコンサートそのものは行われるだろうが、娘を連れて行くのは無理。ということで、一日のスケジュールを大幅に変更である。

午前中は、読書をしながら講座の構想を練る。
(確かノートにアイディアを書いてあったはずだ)
とノートを探すが、研究室においてきてしまったことが分かる。
うーむ。
大学にいかねばならぬ。

ではあるが、娘の昼寝に付き合って添い寝をしていたら、私が熟睡してしまった。ま、頭はすっきりではあるが。しかし、昼寝の夢にしては恐ろしい夢を見た。ヒグマが出てくる夢である。

なぜか、奥さんと娘はミニクーパーに乗っていて、私が買い物にいっているときにヒグマが出現するのである。遠くに見えたヒグマは全力疾走でこちらの方に向かってくるように見えた。

私は嘗て尾瀬で全力疾走で湿原を駆け抜けるツキノワグマを目撃したことがある。ものすごく速く駆けるのを知っているので、夢の中でも遠くにいたヒグマも、危ないと思って車の中に駆け込もうとするのだが、奥さんは何事も無いように車の中でのんびり。

私はあわててロックを解除して飛び乗り、ドアをロック。すると、その直後にヒグマが車のところまでやってきて近くにいた人間に襲いかかるという場面を目撃。

そこで夢から覚めたのであった。カラーの夢であった。
これはなんだったのだろうか。

夕方に大学まで出かける。
オリター諸君は頑張っている。新入生もあれこれやっている。

私はノートを手に入れ、ちょっとだけ研究室の片付け。子守りもかねているので、娘も一緒に大学に行ったのだが、オリター諸君が研究室に顔を見せると、大泣き。まだ、ダメなのね。その後、研究室でも抱っこをしてほしい仕草を見せ続ける。当然抱っこである。片付けはままならぬ。かといって、ぱぱでもない。

そんな娘だが、「可愛い」と「奇麗」の区別をしながら話が出来るようになっている。赤ちゃん等を見ると、「可愛い」であり、桜や桃に菜の花などの花や、美しい景色を見ると「奇麗」と言う。

なかなかやるなあ。ちなみに、今日はミニクーパーを見て「かっこいい」と言った。分かるのかねえ、分かるんだろうなあ。

昼寝の分を取り戻さんと、夜、久しぶりに仕事をし続けている。
講座の資料完成まで、あと2時間ぐらいか。

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2009/04/01

なかなかやるじゃん

3/31

移動の疲れもあるので、一日のんびりとしたいところだが、そうもいかない。

午前中は、子守り。ガーデンに出かけて行く。ちょっと見ない間に、チューリップがきれいに咲いている。咲いた咲いたチューリップの花が〜♪と歌いながらガーデンを歩く。

ガーデンには、結婚式場があり鐘を鳴らす場所がある。娘は私に抱っこされてこれを鳴らすのが楽しみ。今日も鳴らす。

鳴らし終わったので、地面に下ろす。そして、
『世界のみんなに幸せが来ますように』
と私が言うと、娘は突然両手を合わせて頭を下げていた。
びっくりである。

そういえばこのごろ、
『〜だね?』
『〜なんじゃないのかな?』
などと話しかけると、すぐに
「うん!」
と答える。

話の内容を理解しているというよりは、イントネーションや状況を理解しているのかなあと思う。

仕事を進めるのだが、久しぶりに家にいるお父さんに娘が興奮して、遊ぼうと突入してくる。なかなか進まない。

家のなかで隠れんぼうを延々と続ける。
同じところに行って隠れるだけなのだが、これが大好き。

私がカーテンの裏に隠れる。するとその後ろから付いてくる。私は反対側から出て行く。そしてまた娘の後ろからカーテンの裏に入って行く。これを何回か繰り返していたら、娘は反対側から入ってカーテンの裏で私を見つけるということを覚えた。

なかなかやるじゃん。

アルコールを断酒して、食事。
そして仕事を始める。
ちょっとして、床暖房にごろり。

ああ、極楽である。
アルコールなしでも、床暖房は極楽であった。

さ、明日から新学期だ。

写真は、先週出現した琵琶湖の虹。ベランダから撮影。

Niji

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2009/03/24

ただ、最後は

娘は、私なら何でも許してくれていると思っている部分がある。実際ほとんど許すのだが、ダメなことはダメときちんと教えなければならない。

今晩、テーブルの上にあったお皿を床に落とした。私が食べていた野菜の入っていたお皿である。野菜は食べ尽くしていたし、床の上にはマットが引いてあるので皿も割れずに大きな被害はなかった。

しかし、そのままにしておく娘は注意しなければならない。

『ダメでしょ。ごめんなさいは?』
と聞くと
「いやいや!」
とだだをこねる。何が嫌なのだか分からないが、ごめんなさいをしない。
『じゃ、向こうで一人でいなさい』
と膝の上から下ろす。当然泣く。泣いて私の膝の上に這い上がろうとする。

『ダメです。ごめんなさいは?』
「いやいや」
『じゃ、向こうで一人でいなさい』
とこれを数回繰り返す。

すると、娘は室内の低い位置に干してあったバスタオルの向こう側に隠れて、こちらの様子をうかがうのである。私が怒っているのかどうなのかを、こっそりと見ている。

(うううう。可愛い)
と思うのだが、ここは我慢。
『はい。出ていらっしゃい。拾いなさい』
そーっと顔を出す娘。
『そう。落ちているお皿を拾いなさい』
ともう一度言う。

すると娘は、拾って私に手渡す。
『おー、お前はいい子だなあ。賢いなあ』
と抱き上げて頭をなで回し、頬をくっつけて褒める。褒めまくる。
すると、娘は満面の笑顔。

床に下ろしたら、絵本を持ってきて、布団の上に座って読んでくれとねだる。お気に入りの絵本を三冊読んであげる。

その後、ずーっと私の側にいた。

子育ては、我慢比べ。
譲れないところは、譲らない。
それは、今から始まっているのだと思う。

ただ、最後は娘のリクエストに只単に応えている、情けないお父さんのような気がしないでもなかったがf(^^;。

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2009/03/06

娘と初カラオケ

子どもは何でもまねするが、娘はカメラを撮影するまねがお得意である。おもちゃのカメラだけではなく、もうフィルムの切れた使い切りカメラや、ICレコーダーをカメラに見立てての撮影にも余念がない。

もちろん、本物のカメラにも興味津々。リコーR7に手を出そうとする。
どうしようかと思ったのが、そーっとということを教えてきたので、娘を信じて手渡すことにした。

最初のうちは念写をしていた。電源も入れずに額の上で撮っているまね。
おそるおそる、電源を入れてあげる。そして、シャッターの在処を教える。

を、結構大丈夫じゃないか。
カメラを投げることもせず、モニターに映る私を見て喜んでいる。
シャッターも切れるじゃないか。

一歳六ヶ月が見ている世界を記録できるなんて、結構いいなあ。
写真は、娘が撮影したガーデンの芝生である。娘の影も写っている。

Satuei

同時にまた今日は一歳半の誕生日お祝いに、クレヨンとスケッチブックをあげた。画伯の誕生である。水で拭けば落ちるクレヨンというので、安心して使わせることができる。嬉しそうにスケッチブックに線を引く。

最も本人は、箱から出たクレヨンを元に戻すことに、ご執心のきらいもあったが。

私は来年度の準備に勤しむ。勤しむ。勤しむ。

夜はこれまたダンス大会。今日はお気に入りの「傷だらけの天使」、にスピッツ、ブルーハーツ。これらを流すと踊る踊る。

階下に響かないようにとリビングに敷いてある布団の上に娘は乗って、踊る踊る。踊りは教えたつもりはないのになあ。父は面白く見ているのだが、娘はこっちに来いと叫びながら、身振りをしながら要求する。

まだ晩酌の終わっていない私は、参ったなあと思いながら、いそいそと布団の上に。そして、一緒に踊る。もちろん、私は歌も知っているので歌う。
(あ、これはカラオケだね。娘と初カラオケだなあ)
と思う。

踊り疲れて眠らせようと思っての作戦であったが、寝たくなるのはこちらの方だったかもしれない。
なかなかうまくいかんなあf(^^;。

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2009/03/03

バンブーって言うんだよ

風呂で娘と遊んでいたら、観葉植物の「ドラゴンバンブー」のフラワーベースをひっくり返してしまった。

『これは竹ですよ。バンブーって言うんだよ。お水を入れて育てているんだね』

と娘に説明していて、ふと思い出した。

原宿のバンブーである。

表参道から一本裏に入ったところの角にこの店はある。

高校生のころ、ドキドキしながら入ったものだ。いまから思うと日本最初のオープンカフェなのだろう。自分の好きなものをトッピングして、好きなサンドイッチを作る。

そして、テラスで食すのである。高校生にしてはちょっと奮発した食事であった。夜なんかとても手が出ない値段であった。

あの頃の自分を思うと、なんとも未来を明るく描けたものだと思う。なんとかなるという思いを簡単に抱けた時代だった。

(東京のどこかで仕事をして、ときどきはまたこんな店に来て、いまよりはちょっと贅沢なメニューを頼んで)

なんてことを思っていたのだから。
それだけでも幸せな青春時代だったのかとも思う。

まだこの店があるのかと思ってHPを探してみたら、あるではありませんか。それもちょっと贅沢な仕様になって。

当時の若者がおじさんおばさんになって、ゆったりと食事を楽しむようになったことに合わせての改装とのこと。

確かに、東京にいたら娘を連れて食事に行きたくなるなあ。
『ここはね、父さんが高校生の頃に憧れていた店なんだなあ』
なんて話をしながら食事をしたいもんなあ。

さて、それはいつになるのか。
風呂から出てあれこれ考えた。

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2009/02/25

ほろっとしてしまった

いろいろと用事もあったのだが、お断りして、オフ。

この一ヶ月ほど、私のインフルエンザやNHKの収録、採点などがあって休むことは出来なかった。が、もっと休めなかったのが奥さん。娘と付きっきりだ。これは、大変。

私が娘の面倒を見るので、どこか行っておいで、ということでオフなのである。

奥さんは一人で京都市内へ。

私は娘の午前中の昼寝、お昼ご飯とお付き合いし、午後からは近くの公の室内子ども遊び場に連れて行った。

滑り台に乗っては落ちてくるのを楽しむ娘を見て楽しむ。
所構わず何回も、「おとーたん!」と叫ぶので、『は〜い』と所構わずその度に手を挙げて返事をする私。娘は満足そう。

駐車券を車の中に置いてきてしまったので、施設の人にちょっと見ていてくださいと行って5分ほどその場を離れる。戻ってみると、玄関のところで施設の人に抱えられて大泣きであった。はい、箱入り娘なのである。

ほろっとすることがあった。

施設の中に木の小さなボールで満たしたプールのようなところがある。そのプールには滑り台があって、滑り台の上のところには、そのボールを入れる塔のようなものがある。この塔にボールを入れると、空洞の中に仕掛けられた木片にぶつかり、いろいろな音がするのだ。

娘は、最初その滑り台の上のところに最初からあった木片を入れて遊んでいた。そのうちに、木片が無くなったので私が下から拾ってあげていたのだが、ちょっと止めたら自分で滑り台を下りて、一つ二つと握ってまた昇って入れていた。

(そうだよな、自分でできることは、自分でさせたほうがいいよなあ)
と見ていた。

実はそのときには3歳ぐらいの女の子が、お父さんに下に落ちたたくさん木片を拾って貰ってガラガラ遊んでいたのだが、娘は律儀に自分で一つ二つと拾ってやっていた。

そのうち、娘はそのお姉さんの木片の固まりから貰っていれることを覚えた。だが、お姉さんはちょっと嫌な顔をしている。あたり前だ。

『ほら、勝手に人のを取って遊んではダメでしょ。ごめんなさいは?』

と娘を注意したところ、娘はぴたっと動きを止めて、泣きそうな顔になる。大きな声で言った訳ではないのだが、そんな顔になって私に抱っこを求めてくる。

『はいはい。ごめんなさいをしようね』

と一緒に謝る。女の子はちょっと笑顔になる。

この先の行動に私は驚いたのだ。

娘はまた滑り台を下りて、一つ二つと木片を拾う。そして、滑り台を下からよじ上る。

(また、自分でやるのを思い出したかな)

と見ていたところ、娘は塔の中にそれを入れることはせずに、お姉さんが持っている木片の籠の中に、一つ、二つと木片を返したのだ。びくりしてみていた、また滑り台を下りて、一つ二つと木片を拾う。そして、滑り台を下からよじ上り、籠に返す。これを3回ぐらいやっていた。

ほろっとしてしまった。
優しい子に、愛される子どもに育ってほしいなあと思う。

遊んだものを片付けて、おしまいとなる。
娘は、なぜか片付けが大好き。これは私に似ていない。
施設の扉がちょっとでも開いていると、きちんと締めて回る。

家に帰って、手を洗って風呂のスイッチを入れて、午後のお昼寝。これも一緒につきあう。

娘より少し早く起きて、家の中のあれこれをやろうとしたら一緒に起きてしまった。うーむ、片付けが出来ない。仕方がない、一緒に風呂に入るか。

ということで奥さんが帰宅。
こりゃあ、大変だ。
どこで家事をしているのかと思う。

久しぶりに娘と1日で私は楽しく、娘も満足。奥さんも満足かな。

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2009/02/23

このタイミングの見極め

『子どもの行動には、理由がある』

と大学の授業では話す。
子どもが何かをしたとき、その行動、その事実には理由がある。だが、多くの場合理由を考える前に、その行動、その事実の評価をしてしまう。

忘れ物一つにしても、忘れ物をしたという事実だけを取り上げて、その子どもが忘れ物をした理由、またはせざるを得なかったかもしれない理由を考えることなどをしないで指導することがある。

『だから、その理由を考えることが大事なのだ』

と、話すのではあるが、これは実際のところなかなか難しい。二つの点で難しい。

1)理由が分からない。
2)理由が分かった場合、その部分をどのように加味して指導するのかが曖昧になりがちである。

ということだ。ま、実際のところは育てたい子どもの姿と、目の前の子どもの様子と、先生の指導の力量で変わって行くものだと思うが、難しい。

娘だってそうだ。

大学に向かうとき、忘れないようにと携帯電話をデイパックのサイドネットに入れた。こうすれば、すぐに取り出せるし持ち歩いているかそうでないかがすぐに分かるからである。

で、行こうと思ったら娘がその携帯電話を取り出した。
(あちゃあ、遊び始めるかな? 電源を切っていないから電磁波が危ないぞ)
と思って、取り上げなきゃなとしていたら、娘はひょこひょこ歩いてきて、私に手渡してくれた。

『を〜〜〜〜、ありがとう。賢いなあ』

頭を撫でると、娘は嬉しそうに誇らしげに笑顔になった。娘の行動は、
(お父さんが携帯電話をここに忘れているから、渡してあげなければならない)
という思いからなのだろう。

『ダメだよ』

というタイミングがあと1秒早かったら、褒めてあげられなかったなあ。

育てるためには、このタイミングの見極めが大事だ。
だが、これが難しいんだなあ。

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シャワーの理由

2/23

娘の鼻がモゴモゴ言っている。鼻水が乾燥して固まっているのだ。夜、寝かせていると息苦しそうにいびきをかく。

綿棒でこちょこちょやったり、鼻水吸い取り器でやったりしているのだが、乾燥している鼻水には利き目がない。

一緒にお風呂に入るときに、頭からシャワーを掛けると鼻に水が入ってしまうことがあり、その結果鼻水が柔らかくなって取りやすくなることがあった。

そこで、娘が遊んでいるバケツを取り上げて、頭から掛けて鼻水を柔らかくしてしまおうと思った。

『はーい、ここにかけてごらん』
「あーい」
と持ち上げさせておいて、バケツに入っているお湯を娘の頭からかけた。

すると、娘は何があったのか分からない様子でこちらを見る。
見るというよりは、睨む。

(あー、しまった)
と思った。
信頼していたお父さんが、訳の分からないことをしたので睨んでいるのである。

慌てて謝って話しかけた。

『あのね、こうしてお湯を掛けるとね、詰まっているお鼻が柔らかくなって、取りやすくなるんだよ。そうするとね、夜寝るときに辛くなくなるのね。お鼻にお湯が入ってちょっと辛いかもしれないけど、我慢してね』

と言ってから、シャワーでもう一度お湯を掛けた。
すると、娘は泣くこともなく協力的であった。

危ないところであった。
ちゃんと理由を添えて話せば、分かる娘であるのに、ま、このぐらい良いかということで無視して進めるところであった。

私の娘は、まだ表現言語はほとんど持っていないが、理解言語は十分に持っていると考えて良い。

シャワーでちょっと苦しい思いをさせる、シャワーの理由をきちんと話せば、理解するのであった。

きちんと話せば、理解するのであった。

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2009/02/21

これは理解できないね

午後から研究室にこもる。依頼されいている10pの原稿に取り組む。締め切りを延ばしてもらっているので、必死に取り組む。

が、どうも執筆依頼が頭に入らない。執筆フォーマットと私が書くべき内容を見比べるのだが、何を書いていいのかが分からない。というか、もやもやが残る。仕方がない。出版社に電話をかけて直接聞いてみよう。

電話をして確認をすると、私の頭の方が正しいことが分かった。執筆依頼の方がいくつかの点でずれていたのだ。アーよかった。

中学生の時である。何回読んでも分からない文章に出会ったことがあった。高校入試問題の過去問題にあったやつだ。落ち着いて何回も読むのだが、頭に入ってこない。多少国語に自信のあった私はショックを受けたものだ。

(ああ、世の中には難しい文章があるものだ。ちくしょう、理解できないなんて)

と思って、授業で解説を受けると

「まー、変な文章だね。これは理解できないね」

と講師の先生が言うではないか。びっくりであった。

世の中の入試問題に使われるような文章で、理解できないくらいの悪文が使われているということに驚いたのだ。理解できないのは、私が悪いのではなく、理解できない文章を書いている方が悪いということが存在することに驚いたのだ。

別に権威志向ということではないが、入試問題に使われるような文章が悪文であるということ自体を考えること等、中学生の私には出来なかった。が、このときにそういう経験をしているので、

(分からないなあ。ひょっとしたら、これ文章がわるいんじゃない?)

と思える回路を一つ手に入れることができるようになったのは、大きな経験であったと言える。

ああ、そんなことを思い出している暇があったら、早く原稿に取りかからなければならないのに。

でもって、ゴールのイメージが見えてきた私は、4時間続けてひたすら原稿を書いた。アウトラインは見えて、あと10時間以内には仕上がるだろうという目処も立った。ああ良かった。

それに気を良くして、もう一つの本の原稿のチェックも。「明日の教室本」だ。ぶれのない原稿ばかりなので、確認する私も非常に気持ちがよい。間違いなく良い本になる。凄い原稿ばかりだ。

BGMでつけたラジオからは、ミナミさんが妊娠したことを告げていた。

(を〜、そうですか、離婚もしないでご懐妊ですか。いや〜、娘と二つ違いになりますねえ)

なんてことを思い、にやにやする私でありました。

明日も原稿書きだあ。

写真は、私の家からは対岸の守山から見た、菜の花畑、琵琶湖、比良山です。いよいよ春ですねえ。

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2009/02/16

「貧困、格差、貧乏はどう違うのか?」

2/15

滋賀県の民教連の集会に近江八幡まで出かける。「貧困・格差・競争をのりこえ、共同と学びを開く」 というテーマである。現場からの三報告があり、その後に、竹内常一先生の講演があるという構成であった。

実は、この構成を知らなく、先生の講演だけだと思っていたので、終了後、長浜の盆梅展に行くはずだったのだが、この構成ではちょっと無理。奥さんと娘だけ長浜に向かわせて、私は先生の講演で学ぶことにする。

「貧困、格差、貧乏はどう違うのか?」

先生は、言葉の定義からいま社会で何が動いているのかを解き明かして行く。その社会の動きは新自由主義を基調にグローバルスタンダードとして、創造的な破壊を繰り返して行く姿である。

社会の枠組みは、いろいろな力学が働きリストラクチャされていく。その、リストラクチャされるときに、政策が市民の方向を向いていることは、歴史上いまだかつてないだろう。

だから、市民がこちらに向かせる必要があり、その文脈の中で教師は、子どもの教育を受ける権利の中で、どのような実践を構築して行く道があるのかを模索されていた。

枠組みを見つめ、枠組みを問い直し、新たな実践を構築する。私が竹内先生から学んだことの一つはこれである。子どもの事実を押さえることはとても大事だ。しかし、子どもの事実は子どもが社会の中で生きている限り、社会の事実やさまざまな政策を並立的に理解する中で見て行くことが必要になる。

竹内常一先生の授業を受けていると、これは教育の授業なのか政治経済の授業なのかが分からなくなることがあった。「所得倍増計画」「期待される人間像」「経済同友会」「合校論」なんて話をされていたが、今日も「中央教育審議会議事録」「ホンダのF1撤退の意味」などの話が飛び交っていた。

竹内ゼミの卒業生は、国語教育の実践家として全国にいるが、文学と政治と教育を同時に考えながら実践をする基礎体力を身につけている。これって凄いことだと、改めて思う。

複眼思考で、並列思考をして行くことが、物事の本質を見極めることには必須なのだと改めて思う。物事の本質は、そこにあるのではなく、複眼思考で並列思考をしていくときに、そこに浮かんでくるようなものなのだろう。

大学時代に先生の授業を受けていたことが、いま私の中でそれが形となって出てくることを実感できることがある。教員になってから出会ったディベートやその指導方法の研究がここに重なって、あれこれ私を育ててくれていたんだなあと、思う。

「なんでいまごろ、こんな簡単なことに気がついたのかなあ。もっと早く気がついても良かったのになあ」

と先生は自分の研究を振り返りながら、講座後話されていた。最近先生の話が分かりやすくなったのは、俺も力がついてきたからかと自惚れていたが、そうではなく先生が核心を掴んで話されていたからなのだと、思い直した。

いろいろと勉強になるのである。

講座後、主催者が駅まで送りましょうと話していたら、

「ん、教え子が来てくれているから、駅まで送ってもらうから」

と言って私をありがたくも指名。もちろん、ミニクーパーでお送りする。本当は、長浜から奥さんと娘が帰ってくるはずだったが、タッチの差で会えず。ま、FOMAのテレビ電話で見てもらったからいいか。

先生を駅でお見送りして、しばらくすると奥さんと娘が乗った電車が近江八幡に到着。
改札口を出たところで待っていたら、ベビーカーから下りて歩いてこちらに向かってくる娘を発見。

手を振っていたら、娘は私を発見。
満面の笑顔になって、改札口に突入して行く。あわてて奥さんが切符を入れて扉が閉まらないようにナイスサポート。

御陰で娘はそのまま私の胸の中に飛び込んできた。
そのまま高い高いである。

良い休日であった。

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2009/01/31

イチゴミルク

寝息がイチゴミルクの匂いがする。

娘に午前中のお昼寝をさせるために、一緒に寝転がる。
私の腕を触りながらだんだん眠たくなって行く。
その娘の寝息からイチゴミルクの匂いがする。

朝ご飯の補助ミルクとデザートのイチゴが
その匂いの元だろう。

(うーん、なんとも言えないいい匂いだ)

で終わらないのが、親というものなんだろう。

(歯は大丈夫か? 虫歯にならないか?)

と思うのだなあ。もちろん、お茶を飲ませて、大丈夫にしてあるのだが、そんなことを思うのだなあ。

昼寝から起きてきた娘。
勝手にベッドから下りてきて、リビングにいる私に向かってくる。
抱っこする。

ああ、まだイチゴミルクの息をしている。

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2009/01/20

ヒューガルデンにレフ@四種類

日頃の行いが良いとは思えないが、ちょっと仕事を頑張ったからであろうか、お気に入りのビールが半額以下で手に入った。

近くのスーパーで買い物をして帰ろうと思ったら、ヒューガルデンにレフ@四種類が200円で売っていたのだ。信じられない。賞味期限切れかと思って確認したら、全然大丈夫。

慌ててあるだけ買ってきた。

家についてリビングに袋ごと下ろして、手を洗ってうがいをしていたら、何やらビール瓶のカチャカチャ言う音。振り返ると、娘がご丁寧にテーブルの上に並べていた。

このところ娘は、同じ種類で多数あるものがたいそうのお気に入りである。鉢植えの栄養剤、和蠟燭、缶ビールなどなど。たくさんあるものを一つ一つ別の場所に移動しては並べ、また元に戻してご満悦である。何が楽しいのだか分からないが、楽しそうにしている娘を見て、私も楽しい。

遊ぶのに足りなくなったらまた買ってこよう。
ヒューガルデンにレフ@四種類。

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2009/01/17

センター試験初日

センター試験初日。センター試験は二回目の試験監督である。しかも、初日。この日はリスニングがある。神経を使うところだ。

朝、8:30に集合。
娘が起きていないので、顔だけ見て行こうと思ったら、ちょうど目が覚めたところであった。

奥さんと私で
『おはよう』
と言うと、娘は元気に起きる。
そして、何でか知らないが、右手で布団を三回叩いて笑顔で喜ぶ。
奥さんと二人で爆笑する。

(ああ、朝がこうして嬉しく始まる人生が、彼女に多くあると良いなあ)
と思う。一度抱っこしてから大学に向かう。

到着と同時にお腹を壊す。
集合時間ぎりぎりに控え室に駆け込む。私が神経質になってどうするのだ。

試験は、延々と続く。

(あと、8時間ね。今成田を出ればハワイに着くね)
(あと、3時間ね。今成田を出ればグアムに着くね)
(あと、1時間半ね。今成田を出れば上海に着くね)

と思ったりもしながら試験監督をする。
幸いなことに本試験会場では何も問題はなく、定刻にお開きとなる。

生徒諸君は明日も試験。
みなさんにいい結果が出ますように。
本学でつつがなく試験が進行しますように。

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2009/01/16

律儀な娘である

「しまった!」
という芸を娘に覚えさせた。

しまった!と私が言いながら、両手で頭を抱える仕草を見せて覚えさせたのである。
「しまった!」というと、娘は両手で頭を抱えるのである。
これが実に可愛い。

ところが、こちらがしまったであった。

奥さんが、料理を作っている最中に
「しまった! あれ買い忘れちゃった」
と言ったその時である。
両手で食事をしていた娘は、その両手を頭に載せて、お得意のポーズを笑顔で取っていた。
あーあ、髪の毛が料理で大変。

娘が積み木の入った袋から、積み木を出しては閉まっている。
「あ〜ら、出したり閉まったりしているの?」
と奥さんが声をかけた。
すると、娘は両手で頭を抱える仕草をする。
一瞬なんだか分からない私たち二人。
「あ〜、出したり【しまった】りなのね」
ちゃんと聞けていることに喜ぶやら、驚くやら。

律儀な娘である。
(次の芸を教えなければ)
と思う父であった。

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2009/01/13

筑田さんの「「教室ディベート」に魅せられて」

家に帰る。
娘が妙にハイだ。

私の「いないいないばあ」に喜ぶどころか、自分でもやる。さらに、私がビールを飲んでいると、ビールの缶を持って私のグラスに注ごうとする。

もちろん、飲み終わった缶を渡し、プルトップで手を切らないように工夫している缶であるが、娘は私がビールを注いでいるのを見て自分でもやってみようとするのである。

私は娘の求めるままに、空いたグラスを傾ける。すると、嬉しそうに注ぐ。出てくるのは空気である。であるが美味しい空気を頂く。何杯も頂く。娘は、何回も注ぐのである。

世話焼き女房型の、娘である。
しばらくは父さんの世話を焼いてもらおう。

「授業づくりネットワーク」の2月号が自宅にも届いた。
第二特集は「体験学習にこだわる!」である。

これを読みながら思った。
この15年ぐらい、学習ゲーム、ディベート、PA、読書へのアニマシオンなどさまざまな実践が行われてきた。私もしてきた。そして、その様々な切り口から、その核心にたどり着いてきたのだと思う。

それは、子どもをウオッチャーからプレーヤーに変えることである。学びの主体者にするという言い方のほうが適しているかもしれない。

筑田さんの「「教室ディベート」に魅せられて」は、その原稿の同時代を一緒に過ごしてきただけに、あの時のあの場面がいろいろと思い出されて仕方がなかった。

私は過去のことは割と忘れてしまう方である。だけど、筑田さんは覚えている。その筑田さんの記憶にガイドされて、私もあれこれ思い出すことができる。

今日が、雪だったからかもしれない。

教室ディベート連盟関東支部ができた頃のことだ。初代の支部長であった学習院大学の佐藤喜久雄先生のことが思い出されて仕方がなかった。

先生の研究室にお邪魔すると、何も言わないのに冷蔵庫からビールが出てきて、

「いやあ、遠くからありがとう。ご苦労さん。まずは、のどを潤して」

とビールを注いでくださる。
会議が終わり大学を出て行きつけのお寿司屋さんに連れて行って頂く。

「僕の家は職場から3分で帰れるのに、なぜか3時間もかかってしまうんだよね」

と。学習院の先生たちは敷地内に官舎があるので、歩けば本当に3分で帰れるのだそうだ。だけどいつも校門をでてしまい、あちらこちらで飲んでから帰るのでこうなってしまうのだそうだ。笑いながら話されていた先生。

「池田さん。もう僕は死んでしまうんだよ。挨拶のハガキは書いたから。あとは日付を入れれば良いんだよ。あとはよろしくね」

と、これまた笑いながら話された。当然冗談だと思っていたら、先生は私たちを残して去ってしまった。

あまりのことに、私は江古田の葬祭場に通夜と告別式と二日間伺った。雪の降る日だった。先生の学習院女子校時代の教え子たちがたくさん来て先生を偲ばれていた。

式場には雪の降る中、先生の愛されたピアノの曲が流れていた。

そんなことをも思い出させる筑田さんの文章であった。

思えば20年近くディベートを指導しているんだねえ、筑田さん。

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2009/01/12

ところが、奥さんの姿が見えなくなると

授業づくりネットワークの三月号の原稿を書き終えた。
これでインターネットの活用術のような内容の、三ヶ月連載の三ヶ月目を終えた。

今回の一連の原稿は、教育に限ったものではなく日常生活のことをエッセイ風にまとめてほしいということなので、そのような話題にした。著者近影は、今までとはちょっと違うものになっている。

良かったら見てください。

しかし、思うのだが私なんぞ、インターネットにしてもコンピュータにしても、特に優れた何かを持っている訳ではない。それなのにこのような原稿の依頼が来るというのは、ありがたいことだ。

私がコンピュータの原稿を書ける理由は、なんであろうかとちょっと考えてみた。

1)ちょっと早く始めたこと。

浪人時代に、折角浪人したのだからとタイプライターを独学で学んだ。思考のスピードで文章が打てることに憧れたのである。19歳のときには英語でこれがまあ、できるようになったのだが。

その時はワープロ等ない。ただタッチタイプができるようになっていたのは良かった。その後ワープロが出てきたときに何事も問題なく始めることができたからである。

ちょっと早く始めるたことが良かったのだろう。

2)わがままであること。

こちらの方が意味があるかもしれない。コンピュータを始めたときよく聞かれたのが
「これで何ができるのですか?」
という質問である。私はこの意味がよくわからなかった。
【私は、○○がしたいのでコンピュータを使っている】のであって、何かをしたいからコンピュータを使っている訳ではないのだ。

コンピュータの使いっ走りになるのか、コンピュータを使うのか(本当は使いこなしたいが)の違いは大きいと思う。

本当は午前中から出かけるつもりであったが、昼ご飯を作って食べてのんびりしていたら、対岸で一斉放水が行われていた。

Photo

そう言えば先ほど空砲が打ち上げられていた。今日は琵琶湖の出初め式なのだろう。

中日新聞から引用開始 ーーーーーーーーーー

琵琶湖へ一斉放水 大津で出初め式、盛大に

2009年1月12日

 大津市消防出初め式が十一日、同市島の関の琵琶湖岸一帯であり、消防団員ら約千四百人が参加、千人以上の市民が見物に詰め掛けた。

 市民会館での式典では、自主防災会や消防団員の長年の活動がたたえられ、十二団体、四百二十一人に表彰状や感謝状が贈られた。

 続いて湖岸や湖上で放水訓練があり、消防車四十三台、消防艇一艇、防災ヘリ一機が登場。琵琶湖に向かって一斉に放水した。

 泉恒彦消防団長が「多様化する災害に立ち向かうため、防災機関が英知を結集し、三十三万大津市民の安全確保に全力を傾注する」と力強く宣言し、訓練を締めくくった。 (妹尾聡太)

引用終了 ーーーーーーーーーー

休日をゆっくりしていて良かった。

午後からAEON MALL草津に出かける。最近できたこの商業施設にまだ一度も行っていなかったので、行くことに。

私は人ごみは嫌いなのでこういうところに行く時は、平日としているのだが、まあ、そんなことを言っているとなかなか行けないので行くことに。そしたらやっぱり、すごい人だった。

できたてなので建物は奇麗だった。食べ物を食べるスペースからは琵琶湖を臨み、その向こう側には比叡山や比良山が見える。もちろん我が家も見える。なかなかの景色である。

Hirahiei

三階までが商業施設で、その上が駐車場という作り。とにかく広い。なんとなく空港の出発ロビーにあるお店のような感じもある。なぜか知らないが、ワイシャツとネクタイを扱う店が多いような気がする。

ヴィレッジヴァンガードも入っていた。その前を通り過ぎようとしたら、娘が踊りだした。

http://jp.youtube.com/watch?v=o9ZRtGb3bs0

の音楽が流れていたのだ。娘はこの音楽が特にお気に入り。我が家でもこの曲を流すと踊りだす。

あまりも面白いので、カートから降ろしてみた。そしたら、そのまま体を動かして踊り続けている。人見知りの真っ最中なのに、人ごみの中で踊っている。一歳四ヶ月にしてストリートダンサーとしてデビューである。

知恵が付いてきたのか付いていないのか。
実に面白い。

必要なものを買い込んで家に帰る。

娘の食事を最初に用意し、私たちも食事。娘はちょっと食事が足りない顔をしていたのでリンゴを奥さんが剥いてあげた。これが面白かった。

薄く切ったリンゴをソバ猪口に入れてテーブルの上に置いておいた。娘はそこに手を伸ばし、リンゴを手づかみで食べていた。二三枚手にすると安心してそれを食べ、その辺りをうろうろする。そして、またソバ猪口に手を伸ばしリンゴを取るということをしていた。

ところが、奥さんの姿が見えなくなると、そのソバ猪口をテーブルから床に下ろし、食べるようになった。

(へーっ)
と見ていたのであるが、奥さんの姿が見えたら、さっとそのソバ猪口をテーブルの上に起き直し、何事もなかったようにそこからリンゴを取って食べるのである。これを二回ほど繰り返した。

私は爆笑であった。
良い休日であった。

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2009/01/09

親ばか日記

親ばか日記である。
このところ娘の成長に、改めて親ばかな私は喜んでいる。

1)ネクタイ
今朝のことである。私が大学に行くためにワイシャツを着て、ネクタイを締め、ブレザーを着てコートを着てとしていたら、娘が使わなかったネクタイの山と格闘していた。

何をしているのかと思ってみていたら、その中から一本を取り出して肩からぶら下げているのである。
(ん?)
そのままにしておくと危ないので、取り上げようと思ったら、明らかに私のネクタイと同じことをしようとしていることに気がついた。その様子がなんとも愛でたいものであった。

2)仲裁
帰省中に奥さんとちょっとした口喧嘩のようになったことがあった。娘を車から降ろす時のことである。私が車外にいて、娘と奥さんはまだ車の中。

そしたら、娘は突然車のボディの陰に隠れて、そこから笑顔で
「ば〜〜〜〜〜〜」
と顔を出すのである。これを数回繰り返していた。

娘に仲裁されてしまった。感情の変化を読み取って、娘なりに気を使ってのことなんだろうと思うと、嬉しいやら情けないやらである。娘はこのときまだ一歳三ヶ月である。

さらに言えば、いないないバーである。
私がするだけではなく、自分もできるようになってきた。
このごろでは、「いないいない」と自分で言いながら隠れるようになってきた。

もっと言えば、しまった〜!である。
私が「しまった〜!」と言うと、両手を頭に載せて笑う。

仕事にならないくらいに可愛い。

3)デジカメ
私のR7がお気に入りである。投げ出されたらたまったもんじゃないので、渡さないようにしているのだが、見つけるとすぐに持って行く。

よく見ていると、投げ出すことはせずに自分の顔の前に持ってきて何やらしている。よく見ると、どうやら写真を撮るまねをしているようである。

考えてみれば、娘の様子をこのカメラはずっと撮影している。娘からすれば、ずっとこのカメラに見られている訳だ。ボタンがあって、自分の画像が出てきて、お父さんのまねができて、これは楽しいはずだ。

どこかで中古の安いデジカメでも買ってきて与えてあげようかなと思う。

4)足
そんな娘が愛しているのが私の足である。
朝起きて、すぐに私の足を見つけて触りにくる。朝風呂に入った後なので大丈夫なのだが、恋人を見つめるような視線で足を見ている娘を見ると、父さんはいろいろな面で心配である。

5)拾って
胡椒のミルをおもちゃ代わりに遊んでいた娘。
『こら、ダメだよ』
と言うと、慌てたのであろう床に落としてしまった。
『あ〜。拾ってちょうだい』
と言ったところ、娘は椅子から降りて拾ってテーブルの上に置いた。
びっくりである。一歳四ヶ月になったばかりだというのに。

私は慌てて席を立って娘のところに行き
『いーこ、いーこ』
と頭を撫でた。
満足そうな顔の娘であった。

このところの成長はいままでと質が違うように思える。

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2008/12/26

子どもの事実の中に私たちは

午前中は講座であった。
カーナビで確認し、講座開始に1時間余裕を持って家を出たのであったが
事故渋滞、道間違い、場所間違いとあって定時に遅れてしまった。
こんなの初めてだ。
申し訳ありませんでした。

今日の講座は『こんな時どう言い返す』の講座。生活指導主任が受講者ということで、あまり必要ないのではないかと思っていたが、帰り際にざっと感想文を拝見すると、特に若い先生方にはとても好評であった。

「うちの学校に来て校内研修をしてください」
「続きをまた受けたいです」
「他の講座もお願いします」

など全体の9割以上はこのような意見であった。
良かった良かった。

講座をしながらあれこれ考えていた。子どもを前にして「子どもは、こうでなければいけない」というスタイルから入る方と、子どもの事実を捉えて「子どもの事実からどう指導しようか」と考える方の二種類があるのだなあと。

言ってしまうと、前者は原理主義のように感じる。「正しい」原理原則があり、それ以外はダメというものである。確かに教育にはそのような一面がある。それを教えて行く必要はある。

しかし、「この正しさ」に従わない者は間違っている、というようにバサッと切ってしまえば問題が解決するかと言えば、しないのが教育であろう。

原理原則、さらには理論。これはとても大事。だが、子どもたちは原理原則の中だけに生きている訳ではない。むしろ、子どもの事実の中に私たちは、指導の糸口を見つけて行くことの方が多いのではないかと思う。

だから、うちの児童教育学科の演習では実践記録を子どもの事実に基づいて読んで行くレッスンしている。

また、大学院生のときにある先生が話していたことを思い出した。それは学びのストラテジーのある学生とない学生の差は、結構決定的であるということである。

簡単に言うと、素直に学ぶということ、目的を持って学ぶということなのだが、これができる人とできない人がいる。私の仲間には、両方ともできる人がいる。すごいなあと感嘆する。私は、前者は場合によってはオッケーで場合によってはダメ。後者はまあオッケーである。

ところが、どちらもダメと言う人もいる。自分だけが正しいとなってしまい、自分以外の何ものからか学ぼうということにならない人がいる。

教育実践書を読む時も、「ここがダメだな」というスタンスで読んで行く人と、「ここに学ぶべき点があるな」と言うスタンスで読んで行く人に分かれるのと同じだ。

後者のスタンスがある人は、きちんと批判をする。しかし、前者の人は、非難になることが多い。そして、非難だけして実践が弱い場合が多い。私が担当している学生は、そんな教師に育てたくはないと思う。

そんなことも考えながら、講座をしていた。

帰りに道ヨドバシカメラに立ち寄り、とうとう一眼レフを購入。
あれこれ悩んで考えて、一台を購入。

帰宅後早速娘を撮りまくる。
今までのカメラでは撮れなかった、表情や被写界深度を使った構図などが撮れる。
いやあ、可愛い。

年末年始のお楽しみが増えた。

写真は夜に上がった琵琶湖の花火。
手前のヨットにピントを合わせてみた。
これも今までは撮れなかったショットだ。

Photo

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2008/12/23

お父さんの運転するポルシェに

(いよーし、原稿を仕上げるぞ)
と6時過ぎに起きる。まだ外は朝というよりは夜である。

寝て、すきっとした頭で、昨日書いた原稿に目を通す。
ぶつぶつつぶやいて、音の響きを確認する。
読者にそれほど必要のない情報はないかを探し、削る。

ところが、こういうときに限って、娘は早起きである。
リビングに向かう廊下を歩いてくる音がする。
ドドドドドという音に、かしゃかしゃというボタンが擦れる音が混じったものだ。

当然仕事は、中断。姫のお相手をいたす。
最近娘は、髪を梳ることをお好みである。大きな櫛で梳かしてあげると、とても気持ち良さそうな顔をする。そのうち、自分でもやり始めた。そして、私の髪もやってくれるようになった。

高年齢育児の親としては、梳る髪があって良かったと、心から思う訳であるf(^^;。

ではあるものの、午前中になんとか仕上げる。
この原稿は結構時間がかかったなあ。

本当はまだ推敲が足らないと感じているのであるが、ゲラを出してくれるということなので、その段階でもう一回推敲ができるので、印刷所にまわすのは早い方が良いであろうと思い、メールで送信をした。

原稿を送信する時のクリックは、なんとも言えない。

午後からは京都市内に、娘のクリスマスプレゼントを探しに行く。山中越えは順調であったが、高島屋の駐車場に向かうと、駐車場に入る車で大渋滞。諦める。これだと大丸もダメだろうということで、結局京都駅の伊勢丹に向かう。

こちらはまあ大丈夫であった。が、肝心の娘のプレゼントがない。年末の食材とか来年のカレンダーとかを購入して戻ってくる。結局プレゼントは地元で手に入れた。

私は見ていなかったのだが、伊勢丹の屋上で娘を遊ばせていたら、外国人観光客らしき親子が娘のところにやってきて、何やら日本語ではない話をし、写真を撮らせてほしいと伝えてきたそうだ。そして、奥さんによると片言の日本語で「かわいい」と言ったらしい。

娘は、どこぞの国の誰かのカメラに納まったそうだ
ま、国は違っても、愛されるってのは嬉しいものだ。

ちなみに、プレゼントの一つはポルシェ911カレラS。娘は早速気に入って遊んでいる。もちろん、ミニカーである。

いつか、お父さんの運転するポルシェに乗せてあげたいねえf(^^;。



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2008/12/22

本日は冬至

12/21

学生たちのボランティアグループが子ども劇と人形劇をやるというので、昼前に娘を連れて大学に向かう。
時間があれば見に行くようにしている。内容はまだまだだが、以前に比べて運営が良くなってきたと感じられる。
さらに続けて行くと良くなると思う。

娘は、外に出ると静かになる。
公演の後、学生たちがやってくるが、逃げてしまい私にべったりである。

その反動か、家に帰ってきたらとても元気になる。
私は、寒くなったので家に入れたハンモックに寝転がっていたのだが、
その周りをぐるぐる回りながら嬉しそうに何か話している。

昼はまた頂いたうどん。
讃岐うどん系なので噛み応えがある。
かきあげ天ぷらを載せて、むはむふと食べる。

娘もほしがるので、あげる。
ほとんど噛まないで飲み込む。
満足そうな顔。
見ていて飽きない。

今日は「ごちそうさま」のポーズができるようになった。

本日は冬至。
カボチャとゆず湯を味わう。
健康で年末年始を過ごせますようにと。

クリスマスまであと四日だ。

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2008/12/15

仕事の一日

12/15

昨晩の忘年会は、終電の一本前で帰ってきたのであるが、気持ち良く酔ってしまった。
今朝はさすがに6時台には起きることはなかった。

が、寝ていたら娘が体の上にあれこれものを載っける。ビール瓶、日本酒の四合瓶などあれこれ。確かに飲んだ呉れて寝たが、この有様はないよなあと思いながら起きる。

ちなみに娘は、いまマグカップで乾杯をするのがマイブームである。

研究日の今日は、一日パソコンに向かって仕事。
原稿書きと来年度の授業のシラバス書き。
なんとかシラバスの方は終わった。

来年度から専門ゼミが始まる。
これは楽しみにしている。
シラバスを書きながら、あれこれ構想を練るのは、大変だが楽しいものだ。

夜、近くのイルミネーションを見に出かける。
寒い中、娘はせっせと庭にある小石を拾っては道の反対側に移動している。
君は何を目指しているのかね。

今日は琵琶湖で蜃気楼が出たというニュースがNHKで流れていた。
豊かな自然に囲まれて、仕事の一日であった。

写真は、数日前の朝焼け。クリックで拡大して見て頂くと、より雰囲気が伝わると思います。
Rimg0238

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2008/12/14

なんのことはない幸せな休日

12/13

のんびり寝ていようと思ったら、娘がワシワシと起きてリビングに歩いて行こうとしているので、一緒に起きる。娘の体内時計は正確である。

午前中は懸案であったチャイルドシートの取り付けである。今まで後ろ向きにしていたのを、前向きに変えるのである。今年の一文字の「変」である。

一回車から取り外し、きちんと説明書を読む。
『ふむふむ』
改めて読んでみると、いままでちょっと間違った付け方をしていたのに気がついた。ちゃんとつけていないチャイルドシートが多いと知っていたが、まさか自分がそうだったとは。事故にならなくて良かった。今回はしっかりと間違いなく取り付けることができた。

奥さんを駅まで送って、私たちは家で昼ご飯。奥さんは息抜きと年末年始の準備のために錦市場へ向かった。私は家で娘の昼ご飯を食べさせ、読書。その後、昼風呂に一緒に入り、出かけることにした。

カーナビをつけると、街中真っ赤っかである。そうだよな、ボーナスがでた最初の土曜日だもんな。街も混むわ。ではあるが、大津のパルコと西武に出かけた。娘の手袋を買ってあげたいなあと思った訳である。

パルコの無印良品とユニクロを見るが、これと言ったものはなし。そこで隣の西武に向かう。一階の食料品店の並ぶコーナーをうろつく。なんとなく魚の顔を見ないと落ち着かないのである。

気がつくと、娘は珍味の袋を整頓していた。なんというか、右から左に移動するのが今の彼女のブームなのであるが、それをお店でやっていた。売り物であるし、食べ物であるので止めさせようと思ったら、これが奇麗に並べるので、それが終わるまで待つ。

できたところで抱っこしたら大泣き。しかし、ダメです。そのまま肉のコーナーへ。たしか西武の肉のコーナーにはあの肉があったはずなのだ。それはラムチョップステーキ肉である。

私はこれがことの外好きである。ところが、家の近くのジャスコ、大学から帰ってくるところにあるスーパーと、置いてあった店が置かなくなってしまったのだ。か、悲しい。確かに、半額になるまで買わなかった私も悪いが、半額でも買うんだから置いてくれないかなあ。

で、どうしても食べたい時は三条の明治屋まで買いに行っていた。だが、大津の西武にもあることが分かった。泣き叫んでいた娘にこの肉のパッケージを持たせたら、泣き止んだ。ははは。現金だ。

肉の他に何かあるかなとうろうろしていたら、あった。「ビスコ」である。東京にはビスコと言う名のゲームソフト屋があるが、このビスコはお菓子のビスコである。

子どもの頃は好きだったなあと思い、早速購入。そして、娘に持たせた。もう、娘はビスコも食べられるぐらいに成長しているのだと思うと、ちょっと感動。

5階に子供服売り場があるので、エスカレーターで上る。勝手に歩いていたのに、このエスカレーターの前に来ると、さっと手を出して握ってくれとやる。うーん、賢いなあ。と思ったのは最初だけ。

これが気に入ってしまって、結局五階では降りられず六階へ。そこにあったペットショップで子犬子猫を鑑賞し、結局また一階までエスカレーターで降りてきておしまい。

そこで奥さんに電話。すると、今山科駅に到着とのこと。慌てて駅まで迎えに行くことに。娘は新しいチャイルドシートでぐっすり。

なんのことはない幸せな休日であったことよ。

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2008/12/08

一歳児、恐るべしである

月曜日は仕事の日である。抱えている原稿や、授業の準備をいっきに片付けるのであるが、これがなかなか進まない。

水曜日締め切りの原稿を一つ仕上げたのは良いが、もう一本水曜日締め切りの原稿の、原稿依頼を大学においてきてあり、これは明日以降頑張るしかない。

そこで授業の用意をしようと思ったら、あれ、参考図書がこれまた研究室である。何をしているのだ。

えーい、天気がいいからベランダに寝転んでしまえ。
ふて寝をしばし。

それにしても空が青い。
比叡颪はマンションが防いでくれるので、我が家の南側はほとんど風がない。十月上旬ぐらいの天候と思われる。日差しだけだったら暑いくらい。

太陽は湖面に反射し、我が家の天井に反射している。天然の水盤である。贅沢だなあ。

昼ご飯の後、気分転換にマンションの中を娘と散歩。
お出かけのためにちょっと服を着替えさせると、もう、出かけるのが分かるのかニコニコ。私もちょっと着替える。そしたら、お母さんにバイバイする。着替えていないお母さんは、出かけないものと判断しているのか。

玄関で靴を履くのも覚えた。娘専用の小さな椅子にちょこんと腰掛ける。家に入る時は逆にここに腰掛けて靴を脱ごうとする。一歳児、恐るべしである。

一階のロビーで嬉しそうに歩く娘。私は本を読もうとしているのだが、まあ、飾りのようなものだ。娘を見ている方が楽しい。

それを知ってか知らぬか娘は、私の本を取り上げて別のテーブルに持って行く。
ではあるが、そんなところに
『お〜い、それを持ってきて』
と言うと、娘は持ってきてくれる。

中庭に出ると何やら石を拾っている。楽しんだのを見届けて
『はい、それはポイしようね』
と言うと、元に有った場所まで持って行って置いている。
『かしこいなあ〜』
と頭を撫でる私。
娘も満足そうである。
一歳児、恐るべしである。

そうこうしていると、おとといの明日の教室の仲里先生から、私が出したお礼へのお礼のメールが届く。教育へのほとばしる思いが、メールから溢れている。活字であろうが手書きであろうが、手紙であろうがメールであろうが、伝えることのできる人はいるのである。

改めて思う。

さ、今晩は飲まないで仕事の続きである。

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餅つき大会

12/7

午後から今日も大学へ。
児童教育学科のエクステンション企画で、地域の子どもたちと親御さんと一緒に、餅つき大会をするのである。今回は、一参加者として出席。娘を連れて行った。

学生たちは、昨日から米を水に浸したりあれこれ準備をしている。餅つきを最初から最後まで取り仕切れる大学生ってどのぐらいいるのだろうか。これはこれでいまの大学生にしては、結構凄いことではないかと思う。

娘は、大学についたところでぐっすりと寝てしまった。しばらくMINIの中で抱っこしてお休みである。私は娘を抱えたまま読書。

30分ぐらいで目が覚めたので、受付に向かう。
一年ぶりに娘を見た学生たちは
「うぁ〜〜〜、可愛い!」
と叫ぶ。
うむ、よくわかっている。

「うぁ〜〜〜、先生に似ている」
うむ、これも大儀である。

「うぁ~~~、先生に似ているのに、可愛い!!」
ん? 後で研究室に来なさいである。

大勢の人の中にまだ娘は入れない。私にぴったりである。学生たちが次から次へと抱っこしようと挑戦しにくるが、娘は私の足に抱きついて動かない。無理にやろとすると泣き出しそうな気配。

幼児教育コースの名に掛けて、何回も挑戦する学生がいたが、ことごとく撃沈であった。

他の参加者がたくさんいるなかで、娘だけ特別に可愛がられているように思われるのも良くないと思い、ちょっと離れたところにお散歩にいく。

大学は坂道が多いので、手をつなぐ。
このところ、やっと手をつなぐことができるようになった。ま、私の指を握るということであるが。

まだ娘がちっちゃいので、私はつなぐ手の側を少し傾けて歩かなければならない。だが、娘は娘で一生懸命手を伸ばしているのだ。そのぐらいは我慢である。

大学の中庭には大きな階段がある。娘はこれを見て、目が輝く。なぜか階段は征服しなければならないとこのごろ思っているようなのである。「えっし、えっし」と言いながら上る。

最後はメディアセンターのエントランスの段差まできちんと上りきって満足なご様子。やりきった感ってのは、成長に大事だと思うんだなあ。

その姿を見て、私も満足。

餅つき大会は成功のうちに終わり、大量に蒸した餅を調理実習室であんころ餅にしたり、雑煮にしたりしながら片付けを進める。

こういう行事や生活の中に学びがたくさんあるのだが、これを体験することなく大人になる子どもの多いことよ。雑用しかまかされなかった子ども時代。そのうちに、ある部分を責任を持ってまかされるようになり、やがて全体を仕切るようになって行く。

こうして社会的に大人になって行くのだが、その道筋を日本人は手放して近代化を推し進めてきた。勉強だけしていれば大人になれるのではない。だからこそ、児童教育学科ではこんな取り組みをしているのでもある。

買い物をしながら帰宅。
ちょっと奥さんが体調を崩しているので、私が夕食のあれこれを。

私も早めに寝るのであった。

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2008/12/04

蟹座の運勢はフルマークだったのに

12/4

午前中授業を二つ。
昼休みは、明日の模擬授業の最終事前指導を行う。
昼食をとって研究室に戻り、ディベートの試合の書き取りの再テスト。その間にお客人がやってくる。

昼休みに慌てて食事をすることになった。よせば良いのに、カレーうどんを食してしまった。ワイシャツに跳ねないように食べたのであるが、一カ所跳ねてしまった。うーん、お客さんが来るのにこれはまずい。

慌ててつまみ洗いをしようとしたら、水が掛かりすぎてひどいことに。うひゃあ。しかし、慌てない。中学校の進路指導主任になった頃から、私は職場に予備のワイシャツとネクタイを置くようにしているのである。何かで服が汚れたときにお客さんが来たとしても、大丈夫なようにである。今も研究室においてある。落ち着いて着替えれば良い。

シャツを脱いで鏡を見たら、ヒゲが少し伸びているのも気になった。大丈夫。まさかのためにひげ剃りセットも置いてある。剃ることにした。むふふ、完璧である。

ところが、顔を十分に蒸していなかったため、喉が血だらけになってしまった。替えのシャツは白いワイシャツ。血が乾かないうちに着替えれば、ワイシャツは血だらけになってしまう。

うーん、早く血よ止まれ!とティッシュで圧迫していたら、そこに電話。予定よりも15分早くお客さんが到着とのこと。

参った。今日の蟹座の運勢はフルマークだったのになあ。
どたばたしながら、なんとか血を止めてワイシャツを着替えてお迎えであった。

今日のお客さんは、とある教育委員会からの方で、今後の学校での授業指導のあり方に付いて、相談を受ける。センター長の先生を筆頭に三名いらっしゃる。

私で良いのかと思いつつ、二時間弱あれこれ話す。言語力やディベートについての理解を求めたいとのことだったので、そこを中心に。

研究室に来て頂ければ、話の途中で出てくる書籍は本棚にあるので、さっとお見せすることができて便利である。

これで教育委員会に絡んだお仕事は、四つの目の自治体となった。私何ぞでいいのかと思いつつ、求めて頂いているのであるから、可能な限り対応したいと思う。

その後、研究室で授業の後始末を行う。テストの採点、出欠席のチェックなどなど。

帰ろうと思ったところに、明日の模擬授業の学生たちがさらに相談に来る。リハーサルをこれからやると言う。ああ、帰れなくなってしまった。リハーサルは学生たちだけでやるのだが、まあ、何かあったら相談に乗れるようにしておいてあげる方がいいでしょ。甘やかしすぎかなあf(^^;。

今日は久しぶりの手作り餃子@池田家スタイルだと、朝から聞いていたので早くかえって食べたいのだが、20時までは残っていてあげよう。待っている間に、12/25の東大阪市教育委員会の講座のテキストを作ってしまおう。

ああ、お腹がすいた。
ああ、今週も終わって行く。

家に帰って、服を脱いでいたら
「おとーたん!」
と叫ぶ声。

んん?!!

確かに娘が私のところに来て、私を見て叫んだ。
いやあ、これがフルマークの意味か。
今日は娘が私のことをはっきりと呼んだ記念日だ。

うれしいうれしい。

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『手をつなごうか?』

12/1

大学の事務や授業の準備をして一日過ごす。
ずっと机にかじりつき、椅子に座っているので背中と腰が痛くなる。きちんと体を動かさないとダメだなあと思う。が、なかなかねえ。

スケジュールを確認したら、あと2週間で仕上げなければならない原稿が6本あることを確認。うーん、これはしっかりせねば。腰を守りつつ、頑張ろう。

久しぶりに外食。
歩いて店に行く。
『手をつなごうか?』
と手を出すと、娘は指を掴む。
いやあ、これは珍しい。
お母さんも、手を出すと掴む。
まるで掴まった宇宙人状態だが、いままで手をつなぐことを嫌っていた娘は、夜でこわいのかもしれないが、こうして繋いでいる。父さんは、嬉しい。

うどんを娘に食べさせると、これがまあ食べる食べる。
見ていて面白い。食べ終わると歩き出したくて仕方がない。お客さんのいないところへ誘導しながら歩かせる。この時は手をつながない。やっぱりなあ。

食事後、浜大津のイルミネーションを見に出かける。
琵琶湖に浮かぶ灯りのモニュメントである。
奥さんが見てみたいと言っていたので、出かける。

周りには人がいない。
いやあ、いない。
月曜日だからかなあ。
いいムードだったけどねえ。

帰宅後、疲れて娘はすぐに熟睡。
奥さんは、娘の手足の爪を丁寧に切ってあげている。ありがたいことだ。
私も、疲れがたまり、お酒も飲まずに寝る。後一時間で明日の授業の準備が終わるところまで来ていたので、断酒してやろうと思ったが、ダウン。

準備は明日の朝だあ。

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2008/12/01

オフの日曜日

オフの日曜日。
近くのガーデンが今日で年内の営業を止めて休園になるので、午前中向かう。園内には娘のことを知ってくれている受付の方が揃っていて、声をかけてくれる。

「お人形さんが歩いているようやなあ」
とガーデンにいたお客さんにも声をかけてもらう。嬉しいなあ。

芝生に寝転んで空を見つめる。
琵琶湖上空は琵琶湖を目印に飛んでくる旅客機が多い。青空を白い機体が西へ東へと飛んで行く。しばらくはここでの、広い空間、ゆったりとした時間ともお別れである。

ガーデン内を整理して、お持ち帰り用の花をプレゼントしてくれるのがこの日のスペシャルサービス。ハーブ類をたくさんいただき、寄せ植え用の花も貰う。料理に、ベダンダでの楽しみにと活用する予定である。

あまりに気も気持ちが良かったので、一日に三回も風呂に入ってしまった。そのうち二回は娘と一緒。昼風呂は気持ちがよい。朝帰りを懺悔しつつ、気持ちのよい風呂に浸って、一日を過ごすのであった。

そして、娘の写真を整理。
マックに入っているデータを全てiphotoで整理し直すことにした。
もちろん、いくつかの場所にバックアップを取っているが、一番簡単にデータにアクセスできて使いやすい、iphotoでやりなおすことに。

データを読み込む時に、読み込んでいるデータが高速表示されるのであるが、これを見ていると、馬鹿だと思いながらジーンとしてしまった。たった一年であるが、こんなに成長したか、ああこんな表情もしていたなあと思うのである。

そして、娘と奥さんにありがとうという気持ちになるのである。
もっと遊んであげなきゃなあと思うのである。

ま、ちょっとは仕事もしたけどねf(^^;。

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寒いのに、タクシーはなかなか来ない

午前中は授業の準備。来週の学級担任論の授業の準備である。怒濤の11月なので、少しの時間を使って準備をしなければならない。まだ他にやらなければならないこともあるが、まずは授業の準備である。

娘が、頭を下げるようになった。
『これ、お母さんのところに持って行ってね』
というと持って行くようになってきた娘である。
『おー、いい子だねえ。ありがとう』
というと、嬉しそうに頭を下げるのである。
びっくりした。

そういえば、
『お風呂に入ろう!』
と声をかけると、すぐに風呂場に向かい湯船のお湯をかき混ぜて、入れてくれえというような動きを見せるようにもなっている。服を脱がそうとすると、自分でも脱ぐのに協力する。

成長しているなあ。

ちょっと寛ごうとして、ベランダでハンモックに乗ると、はじめの頃は怖がっていたのに、自分も乗りたいと主張するようになった。いつまで一緒にハンモックに乗ってくれるかどうか分からないが、乗りたいだけ乗せて挙げよう。

お昼前に家を出る。今日は堺市教育センターで講義である。「堺・教師ゆめ塾」で2時間30分の講義である。140人の前で話すのは久しぶりであったが、まだマイクなしで大丈夫であった。

休憩時間は5分しか取れなかったので、受講生には申し訳なかったが折角の機会なので、伝えることを丁寧に伝えたいと思ってやっていたらこうなってしまった。

1)授業をつくる
2)生徒指導を考える
3)生徒指導を踏まえた授業の運営

という三本柱と、「教職を目指す諸君へ」で教師の仕事について話し、「もう一度、教職を目指す諸君へ」で、いますべきことと、期待することを話し、参考図書を提示して、おしまい。質疑の時間が取れなかったのが申し訳なかったが、勘弁してね。

その後、教育委員会の担当の先生と四方山話。これが勉強になる。なるほど、なるほど。立場が違うから視点が違う話もあれば、立場が違っても同じ話もある。これが勉強になるんだなあ。

南海電車に乗って、なんば経由で大阪。さらには高槻へ。「All関西教育フェスタ」の同窓会である。

ここに来て、企画をしているメンバーは、かなり意識の高い諸君である。なんていったんて、自分たちで企画を立てて運営しているメンバーである。

ではあるが、まだまだのところもある。連絡が不十分であったり、一般的なご招待の仕方がちがっていたりとかである。一回のミスなら知らなかったのね、で済む学生さんたちであるが、もう三回目である。ちょっとこれはまずいだろう。

きちんと教えなければならない。でないと、折角良いことをやっているのに、評価されないし、力もつけない。

途中で、参加していた土作先生と一緒に大人の打ち合わせということで会場を出て、土作先生ご推薦のとある立ち飲みやに向かう。ここがなかなか良かった。店を切り盛りしているお姉さんも良いし、お客さんたちも良かった。

一人、びっくりしたのだが、あの私が通い詰めていた時代の下北沢のことを知っている方がいた。本田劇場に関わって勤めていたそうだ。陣太鼓、トラブルピーチ、クリアダンサーのいたころの第三舞台のザ・スズなりの話を、まさか高槻の立ち飲み屋でできるとは思わなかった。

嘗て、八ヶ岳スキー場のお土産売り場で、ほとんど誰も知らない大好きな「濱田金吾」さんの曲が流れていたことがある。"Sun rise Sun set"であったが、その曲を聴いた瞬間に、
『え〜なんで、この曲が流れているの!』
とびっくりしてレジのところに言ったら、
『え~なんで、この曲を知っているの!』
とレジのお兄ちゃんにびっくりされ喜ばれたことがあるが、その時のことを思い出した。

そのぐらいびっくりしながら、良い時間を過ごす。

その後、二次会に合流。
やっと肴が食べられる、純米酒が飲めると思ったら、なかった。うーん、がっかり。だけど、久しぶりに稲田塾の前田先生とお話ができたので良かった。今度の明日の教室にも来て頂けるとのこと。良かった。

学生や新人教員のみなさんとあれこれ話していたら、終電の時間になってしまった。慌てて帰る。

気がついたら、堅田駅であった。
ひえ〜。乗り過ごした。初めての経験である。

寒いのに、タクシーはなかなか来ない。
なんとか帰宅したのは、2時近くであった。

充実した一日であったf(^^;。

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2008/11/25

『あと2時間ぐらいで完成』

朝起きた時は、奇麗な朝焼けであった。
(あれ、今日の天気予報は雨ではなかったっけ? ラッキー)
と思って風呂に入っていたら、だんだん曇り空になり、雨が降ってきた。
今日の紅葉探索ツアーは、中止である。

雨なので、家の中で娘と遊ぶ。
奥さんが家事をするので、その間私が遊ぶ。
柔らかいボールを投げて蹴っ飛ばして遊んだり、ベッドの上で遊んだり。

昼ご飯は、菜の花のアンチョビソースパスタを作る。まだ花は付いてないが、それなりに美味しい。昼からビールを飲みたいところではあったが、ぐっと堪えて午後の仕事に備える。

午後を仕事にしようと思ったのであるが、昼寝が長引いたのと娘が遊び足りない(っていうか、遊び足りるのっていつごろだ?)ので、また遊ぶ。

やることあるのになあと思いながら、たっぷり遊んであげようと思ってします。娘が寝てから仕事はやればいい。起きている時間は遊んであげるのが良い。ただ、押し詰まってきたぞf(^^;。

娘が遊び疲れて寝たので、私は後期の授業の最終調整を行い、それぞれの授業のゴールを確認して、今後の授業の進め方のイメージを確認する。ここがずれるとゴールにたどり着けないからなあ。あと、後期の授業は7回ぐらいである。

さらに、マックが壊れていたので取り組むことができなかった、週末の堺市教育センターでの講座の資料づくりも行う。あと2時間ぐらいで完成のところまで来た。

そう、『あと2時間ぐらいで完成』と奥さんに話したら、
「よく、あと2時間で完成って分かるわね」と言われた。

うーん、あまり考えたことはなかったが、確かに言われてみると不思議なのかもしれない。だが、この残り時間が分かると言うのは大事なことかもしれないし、ある程度熟練してこないと分からないことかもしれない。

自分の力量と完成させようとしている仕事の内容の双方を把握できていないと、これは言えないからだ。もちろん、相手が絡む仕事の場合はこのように単純にはいかないが、少なくとも自分がやる仕事に関しては、だいたいでいいから仕事が全部でどのぐらいかかるのか、残り時間がどのぐらいなのかを考えられるようになることは、大事なのだろうなあ。

さ、明日は付属高校と大阪大学へ出かけるぞ。

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2008/11/12

面白いなあ、成長と言うのは

Rimg0222

午前中は、授業の準備。
琵琶湖は実に奇麗な秋晴れ。空の青が琵琶湖に映えて見事。
しばし、ベランダでボーッとする。日差しは痛いぐらいである。

一段落して散歩に出かける。
近くの皇子山公園へ。
いま、紅葉が見事である。

娘は私の存在等無視して歩き回る。
しかし、未知のものに出会うと私に助けを求める。
階段でひなたぼっこをしている猫に遭遇して、身じろぐ。

『ほれ、いけ!』
と行っても結局見つめているだけ。まだまだなのね。

坂道を歩いていたら、排水溝の上に乗っている鉄格子の前で立ち止まる。様子を見ていたら、覗き込んでいる。そして、そのままその鉄格子の周りを歩いてコンクリートの部分を確認してわたってくる。

Rimg0163

(をー、賢い!)
と思う。一つ一つを判断しているんだなあ。言葉も使ってないのにどうやって判断しているのかなあと思う。その後、私が見本を見せて
『大丈夫だよ、渡れるよ』
と話すと、恐る恐る渡って笑顔となる。
うーん、賢い。面白いなあ、成長と言うのは。

Rimg0104

そして、会議の水曜日に突入。
延々と会議であるのであった。

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2008/11/09

どうしよう

気がつけば秋も深まったなあ。
床暖房をいれるようになってきた。

昨日の余韻を味わいながら、朝風呂。そして、ハンモックで寛ぐ。
娘はやっとハンモックが面白くなってきたようで、私の上に乗って騒ぐ。自分でハンモックを漕いでいる。

昨日奥さんが買ってきた娘の新しい洋服を着せてみせてくれた。
いや〜〜〜〜〜〜あ、可愛い。
どうしよう。
やっぱり一眼レフカメラを買おうかなあ。

            ◆

今日は(も)、親ばかの一日だ。
授業の準備は、え〜い、明日だ。

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2008/11/07

娘の誕生筆

いやあ、うれしい。
やっと出来上がった。
娘の誕生筆である。

筆に使う毛は、いろいろな動物の毛である。イタチ、羊、馬、なかにはウサギなども使うことがある。ではあるが、一つだけ共通していることがある。それは、ハサミを一回も入れてない毛であると言うことである。

正確に言うと、始めて刈り取った毛を使っているということである。ハサミを入れてしまった毛は、筆先には使えないのである。人間も同じである。

子どもが生まれたら、作ってあげたかったのがこの誕生筆。胎内毛から作る。娘は生まれた時から髪の毛があったので、一歳になる前にカットして毛を手に入れることができた。

本当はもう少し伸ばしてもいいかな、そうすればもっと筆が作れるかなと思ったのではあるが、夏の暑い時期に長い髪の毛で汗をかいている娘を見ると、さすがに可哀想になり、誕生日の一ヶ月前にバッサリと切ったのである。

そのバッサリと切ったときには、女の子であった娘が男の子ではないかと思われるようになり、一部では悲しい思いをしている奥さんもいた。私の父親は、その姿を見て絶句していた。

後で聞いたら、
「いや〜、あまりにも赤ちゃんのときの修に似ていてびっくりした」
とのことであった。なんだ髪の毛を切ったことにショックを受けたのじゃなかったのね。

ちょうどその時、あごに出来ていた腫れ物も膨らむことがあって、可哀想な状態になってしまったのは、事実。でも、今は髪の毛も伸びて、あごも治って、そして、筆が手に入ったのである。

一生に一回しか作れない筆。
まあ、書道をやらない人にはどうでもいいのかもしれないが、私は作ってあげたかった。

大筆と小筆のセットで桐の箱に入れたのを一つ。
小筆を桐の箱に入れたのを一つ。

セットのものは嫁入り道具に持たせよう。
もう一本の小筆は、私が大事に持っていようと思う。

Fude

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2008/10/27

今日は久しぶりのオフ

今日は久しぶりのオフ。怒濤の11月を迎える前に、ゆったりとする。

11月は東京に行くことからスタートし、いくつかの研究授業の講師、いくつかの講座の講師、東北出張、高校での模擬授業に、教育委員会での講師などなど。通常の授業をしながら。いったい誰がやるんだろうと思うが、私である。あまり考えないようにしよう。

考えなくてもいいのだが、準備はしなければならない。研究授業の打ち合わせはメールでやったりもしている。小出しに質問してくれるのであれば、メールの方がやりやすいとも思う。切羽詰まってからどーんと大きな質問を貰うとなると、たまらないが。

今日は奥さんのオフでもある。
ずっと娘を見てもらっているので、オフ。正倉院展へ出かけていった。彼女の専門はこの辺りであるからして、毎年一回のこれは見せてあげたいと思う。本当は一週間に一回ぐらい子育てからオフにしてあげたいのであるが、なかなかそうならなくて、すまんと思う。

私は読書と風呂と散歩。
あれ、あまりいつもと変わらない?
ただ、娘のご飯に昼寝に散歩にと、ずっと娘と一緒であった。

ハンモックに寝転がって、娘を抱っこするのだが、娘はまだハンモックの揺れが落ち着かないようですぐに降りたがる。一緒に昼寝をするのはいつのことやら。

ガーデンではコスモスとバラが青空の下、奇麗に咲いていた。芝生も緑が戻ってきた。私は寝転がって空を見、娘の歩き回る姿を見、秋を感じていた。

お母さんがいないので、娘は(仕方なく)私にべったり。リビングのソファに腰掛けていたら、その膝の当たりに背中をくっつけてきて、体を反らして私の方を向く。うーん、可愛い。なんだこりゃ。

昼寝をさせてから私は家の中のあれこれをする。そろそろ夕ご飯を食べさせようと思っていたら、外線電話が怪しい動き。
(を、これは)
と思って寝室に行くと、何やら怪しい音。
ドアを開けると、恐ろしい光景。

暗い寝室で電話の子機を持って、ボタンを押す娘。子機からの明かりが娘の顔を下からライトアップして、おぞましい形相に仕上げていた。爆笑であった。

体調が戻ってきたのだと思う。この三週間、体調を戻すためにニンニク料理を食べようと思いつつも体が受け付けなかった。が、今日久しぶりに白身魚のガーリックオイルがけを作って食べた。

これだけ体調が悪いにも関わらず体重が減らないのはいかがなものかと思っていたのだが、致し方がない。

このまま食欲の秋に突入と言うことになりそうである。

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2008/10/22

一歳というのは凄いなあと思う

一歳というのは凄いなあと思う。こんなこともできるんだというのが実感。

             ◆

お母さんが洗濯物を干していると、そのそばに行って洗濯籠から洗濯物を取り出して広げようとする。本人はお手伝いをしているつもりか。

ポンプ式のボトルを見つけると、それを押して手を頭の後ろにまわして洗おうとする。お母さんがお風呂で洗っているのを見て学習したか。

私が咳き込むと、それをまねして咳き込む。私が楽しんで面白い会話をしていると思ってのことか。

缶ビールをリビングまで持ってこようとすると、一緒に別の一本を持って歩いてきて手渡してくれる。お父さんと同じことをしたいということか。

一人でスプーンでご飯を黙々と食べられるようになっている。食欲は旺盛なんだなあ。体重は増えないけど。

             ◆

半年前は、座ったままジャンプするのを楽しんでいたぐらいだというのに、この変わりようはすごい。話も相当理解しているように思える。

半年間で、私はどれだけ成長したのかなあ。

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2008/10/18

スピーチの評価

授業の準備をしながら過ごす午前中である。
今日の京都は26度まで気温が上がるとか。
今年の紅葉はいつ頃ピークになるのであろうか。

休憩がてら、久しぶりにガーデンに散歩。娘を抱っこして見たがちょっと重たくなったなあ。

ガーデンの中は当たり前だが車はいない。だから、歩かせても大丈夫。農薬も使っていないので転がっても大丈夫。なんか最近娘はよく寝転がって遊ぶのだ。

コスモスが咲き、秋のバラが咲いているガーデンは、人もいなくて貸し切り状態であった。思ったより強い日差しに帽子をかぶらせようとすると嫌がる。そこで、木陰のベンチを選び、のんびり。

時々歩かせると、私が思っている方向とは全く別のところに行ってしまう。自分の興味のあるところに向かってどんどん歩いて行ってしまう。親が見えなくなると泣き出すってことはないのかね、君は。

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昼過ぎから大学へ。授業の準備を進める。
今日の国語科教育法は、スピーチである。正確に言うと、スピーチを評価する練習である。

スピーチそのものは生徒の時代にもやってきているであろうが、教師になればそのスピーチを評価しなければならない。音声言語の指導の中で難しいのはこの評価の部分である。

今日のスピーチは、『うめ版』を模した作品を作って、その紹介のスピーチとする。
評価をする諸君は、評価規準を設定し、3段階の評価基準で評価する。大体からして評価規準の設定が難しくて分からない。これは予測済み。でも、いままでに受けてきた授業を元に、取りあえずそれを行う。

スピーチに関しては、私も一緒に聞いて評価を下す。というか、悪いところの指摘をする。自分の話している声を録音して聞くと言う経験をしている大学生はどのぐらいいるのであろうか。私は歌を歌っていて、音痴を直したので高校時代にかなり自分の声を自分で聞いたが、それは稀なケースであろう。自分でも気づかない癖、気づいていても直せていない癖などを指摘する。

私が気になるのは、歩くときの音である。踵を引きずって歩く音が教室に響くのである。教室を歩くときの音があんなんでは、子どもたちの思考の邪魔となる。

歩き方にはその人の、日頃の生活が出るということを昔聞いたことがあるが、本当である。京都にはなんちゃって舞妓になれるところがたくさんある。舞妓さんの化粧をして着物を着て京都の待ちを歩けるのである。一見本物のように見えるが、もう、歩き方で偽物がバレバレなのである。あんながに股で踵を引きずって歩かないって。

その他にも、口癖や話し方の癖などを指摘する。20年間かけて身につけてきた話し方である。そう簡単に治るものではない。しかし、教師、社会人になっていこうとする三回生の諸君は、これを直さないとねえ。パブリックなところでの話し方が出来るようにならないとねえ。

来週は、「京都のお薦めのお店」というテーマでスピーチとスピーチの評価の本番のテストとなる。評価規準は、学習指導要領の資料等を渡して各自考えておくことになる。

さ、今日は関西青年塾である。

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2008/10/15

これを日本語では試行錯誤と言う

夕方になって鼻水が出てきた。授業の後始末と明日の準備が終わったので、草々に帰ろうとした。ところがそこに、

「トントン」
ノックの音である。
『はい、どうぞ』

ドアの向こうには他学科の三回生の学生である。授業の欠席届けを持ってきたのである。ちょっと顔を見ると気のせいか追いつめられているような表情。なんとなく話をしていたら、進路についてあれこれ相談を受けてしまった。

『人生には一般解がない。だから、一歩を踏み出すときはとても不安である。この選択は失敗かもしれないと思う。しかし、それは仕方のないこと。それが生きていると言うことの証である。親御さんがあたたかく大事に失敗のないようにと見守ってくれた今までの人生から、自分の足で踏み出そうとしている時期なのだろう。

いま悩んでいるようだが、悩んでも仕方がない。考えて答えを出して行動するべきである。そうすれば、何らかの結果が出る。その結果に基づいてまた考えて、行動する。これを日本語では試行錯誤と言う。三ヶ月もやれば一つの何らかの結果出るだろう』

などと話す。あれこれ1時間弱相談に乗ったかなあ。何かの役に立てば幸いである。鼻をかみ直して帰る。

             ◆

家に帰ると、東京で仕入れておいた日本酒が届いていた。クール宅急便でどーんと送ってもらった。だが、今日はぐっと堪えて飲まない。せっかくのいいお酒である。体調を整えて味わわないと、お酒にも体にも申し訳ない。治ったら楽しむことにする。

甘鯛の塩焼きに漬け物とみそ汁。そして白いご飯。
ああ、体がシンプルな食事を求めている。

             ◆

それにつけても、娘が可愛い。

歩いていると後をついてくる。気がつくとくるくる回っている。手を叩いてジョーズジョーズとやる。自分の食べたい物を指差して、それが理解されると思い切り笑顔になる。その上、スプーンで自分でご飯を食べる。、持ち方はいつの間にか第二段階になっている。

歩き始めてまだ一ヶ月と二週間ぐらいなのになあ。

             ◆

お酒の代わりに、デザートのゼリーを食す。
ああ、喉に気持ちがいい。

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2008/10/14

いい週末だった

10/10

大学に移って二年半。やっと4時とかに起きる習慣が無くなってきた。それでも今日も6時前に目が覚める。もう少し寝ていようと言う思いもあるが、なんだかんだで起きてしまう。

昼寝をしようと思うのだが、いったん動き出すと休憩の取れない職場に長くいたものだから、これもなかなかできないでいる。昼の15分でも寝られるとずいぶん快適なのだと思うが。

週末は、東京に戻る。大学院時代にお世話になった大熊徹先生が還暦を迎えられて、門下生でお祝いをするのである。私は二年間の予定で大学院に行ったが、先生のご指導のお陰で一年間で大学院を修了することができた。浪人留年しているのに、なぜか大学院だけは飛び級なのである。

そのたった一年であるが、先生からは研究とは何か。人を育てるとはどういうことなのかということをさまざまな角度から学ばせて頂いた。大学院は正統的周辺参加的な学びが残るところで、直接あれこれしなさいと言うことはほとんどない。先生はいつも提案の形で、私に指示を下さった。

後から考えてみれば、大学人としての生き方も指導してくださっていたのかもしれないと思うことがある。その頃の私は、大学教員の「大」の字もなかったのではあるが、こうして大学のゼミ、大学の授業は進めて行くのだと言うことをそれとなく示してくれていたのだと思う。実にありがたいことである。

恩師は、離れてみてそのありがたさが、さらに分かる。

多くの門下生が集まることであるから、少ししかお話をする時間はないと思うが、久しぶりに先生のお顔を拝することができるのを楽しみにしたい。

 

          ■□■

10/11

ということで、東京にいる。
新幹線はN700系であった。実に揺れないので快適に座っていたらそのまま寝てしまった。やっぱり疲れているんだなあ。

本を読んだり、寝転がったりしながら奥さんの実家で過ごす。
ほぼ一週間ぶりに会う娘は、ちょっと照れながらもお父さんと会えたのを嬉しそうにしてくれる。これで元気を貰って治るかな。コホコホ。
家族と離れて風邪と闘いながらの授業は、ちょっと大変だったなあ。

コホコホとしていると、娘はまねをする。そして、喜んでいる。洗濯物を干していると干そうとしているものを籠の中から出して広げている。本人はお手伝いをしているつもりだろうが、却って手間がかかる。しかし、そうやって大きくなって行くのだろうなあと思う。

昼過ぎから私の実家へ。ちょっと娘の風邪が抜けきれていないので、土日救急指定病院が近くにある奥さんの実家に泊まることにして、今日は昼ご飯を一緒に食べて、あれこれしながら過ごすことにする。

娘は、最初のうちは恥ずかしがって動かずにじっとしているが、慣れればもう大丈夫。卵ボーロをおじいちゃんから貰って喜んでいる。餌付けされている状態である。

私は自分の実家でも寝ている状態。明日に備えなければ。

          ■□■

10/12

寒い。
朝6時過ぎに目が覚めたのであるが、寒い。いきなり秋が深まった感じである。たしかに今日は十月の半ばである。あと二ヶ月半で今年も終わりなのである。

午後から新宿に向かう。ヨドバシカメラであれこれ買い物をして、住友ビルに向かう。この最上階が大熊先生の還暦の会の会場である。17:30からのスタートであるが下働きでもしようと思い17:00ちょっと前に到着する。しかし、現役院生などが準備をしているので、私は邪魔にならないように会場で座って待つ。

久しぶりに会う当時の研究室仲間とあれこれ話す。5年前というのがちょっと信じられないくらいである。私にとってのこの5年は、それこそジェットコースターに乗っているような感じがするような5年であった。しかも、後ろ向きのジェットコースターに乗っているような感じである。

その5年があったことで私も少しは人間的に成長できたと思うのであるが、そのきっかけを下さったのが大熊先生なのである。

お祝いの会は、元ゼミ生、元学生などからのお祝いのことば。私は元ゼミ生のところでスピーチを突然頼まれた。他の人たちは、事前に頼まれていた。元ゼミの方でどなたか参加の予定の方が急遽来られなくなったのかもしれない。

私は、全体の一人目なので、端的にまとめなおかつ、お祝いらしい雰囲気を作らなければならない。最初がだらだらと長い話になると、後の人たちも(を、長くていいのね)と思ってしまうので、トップバッターになるときは短くすることを心がけている。

何をお伝えしようかと考えたが、やっぱり先生が提案の形で研究の方向を示してくださることについてを話すことにした。参加されたみなさんも多いにうなずいてくれていた。

二次会では途中で先生が私の隣に座ってきてくださった。そして、またあれこれと話す。ありがたいことである。

大学の授業のこと、研究のこと、これからのことなどをあれこれお話ししてくださる。大学人として行きていくということはどういうことなのかを、改めて考えた。

奥様とも話すことができた。年賀状での和装がすてきで、大熊先生を支えている奥様だなあと、いつかお話が出来ればと思っていた。

風邪が治らないままで出かけて行ったが、本当に良かった。また、先生からご指導を受けたいなあと思う。
          

          ■□■

10/13

昨日の名残で、午前中はゆったり。
娘を抱えて近くを散歩。
すぐに外に出られるので、一戸建ては便利だなあと思う。

通り過ぎる人、車に丁寧にバイバイをする娘。
律儀である。
手を振りかえしてくれる人もいる。ありがとうございます。

午後から滋賀に戻ることにする。
三連休の最終日と言うことで、少しは思っていたがやはり混雑。
新宿駅で新幹線の予約を取ろうとすると、二時間空席がないとのこと。

待つかどうか考えたが、東京駅から乗るならば一日本待てば自由席も座れるだろうと思い、そちらにする。東京駅では30分後の新幹線がやっと座れるかどうかのあたりに並ぶ。

この場合、2号車に並ぶのが正しいと私は考えている。1号車は運転席のある関係上、座席が少ない。3号車はN700系であれば、禁煙車両であるが喫煙室があるので匂いが流れてくることがある。2号車であれば、座席数はあるし、タバコの匂いもない。結果的に二人掛けの席をゲット。大正解であった。なんとなく名著『大東京貧乏生活マニュアル』を思い出す。

娘は新幹線に揺られて寝るかと思いきやご機嫌なまま、寝ない。叫ぶこともなく私と奥さんの間を行ったり来たりしながら、京都駅まで。いい子でありました。

自宅には7時過ぎに到着。
明日の授業の準備の準備をして、寝た。
いい週末だった。

次は、同窓会の出席のための上京だな。

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2008/10/06

久しぶりに重い風邪だ

久しぶりに重い風邪だ。後期が始まってあれこれあったので体は疲れていたのであろう。そこに、娘からのウイルスのプレゼントがあって、こんな感じだ。娘は治ったようなので良かった。

風邪で寝込むということは、私はほとんどないのであるが、この風邪はきつい。今日は一日中寝ていた。

琵琶湖は、一日中雨模様。
気温も上がらず、寝て過ごすにはいい一日かもしれない。

途中でメールが届いた音がしたので、確認すると昨日の懇親会に参加された先生からお礼のメールであった。

この会を開いていて良かったなあと、素直に思う。
エネルギーを貰ってさらに、寝る。

娘のお昼寝の時間、私の寝ているそばで娘も寝る。
途中で喉が渇いたので、娘を起こさないようにリビングに向かう。

水を飲み、一息ついていると寝室の方から
「ピ、ピ、ピ・・・」
との音。
(あ!)

しばらくすると、その「ピ、ピ、ピ・・・」の音は近づいてくる。
振り返ると、娘が電話の子機を持ってボタンを押しながら嬉しそうにこちらに向かって歩いてきた。私は喉が痛いのに思わず爆笑。

(ああ、起きちゃった。まだ早いだろう)
しかし、そんな思いは関係なしに、「ピ、ピ、ピ・・・」を押しながら嬉しそうにこちらに向かってくる。

「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません・・・」
なんて声も聞こえる。

そのうち、どこかに電話してしまうかもしれないな。
「はい、おしまいね」
と受話器を受け取りながら、思うのであった。

風邪程度では食欲が無くなることなんて無い私だが、今回はダメ。
ひたすら寝て、食事はうどんのあとは梨。
昼間、10時間以上寝ていたなあ。
でもまだ寝られる。
これが風邪と言うことなんだな。

肌がぴりぴりしている。
髪の毛に触れるだけで頭皮が痛い。
体温を測ると38度近い。
ふう、これじゃ辛いわけだ。

朝熱を計ったら37度は下回っていた。
なんとか峠は越えたようだ。今日も寝ていよう。
明日の授業には体調を戻すぞ。

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2008/09/30

ちょっと出来ていなかったなあ、俺

中学校の教員をしている時、

「そんなこと教えても中学生には分からないんじゃないですか」

というようなことを聞かれることがあった。私は

『今分かるとか分からないではなくて、このことが将来必要になるのであればきちんと教える。そうすれば、将来分かる。私たちは義務教育の教員である。この生徒の30歳や50歳やその先までも考えて授業をする必要があると私は考えています』

のように答えていた。

そんな私であるが、奥さんは偉いと思う。
日本語を話すことの無い娘に対して、日本語でたくさん話しかけ、褒めるときは褒め、怒るときはきちんと怒っている。

『おいおい、そんなこと言ったって分からないんじゃないの』

と言おうと思って、そうか違うかと思ったわけである。相手が日本語を話すことの無い赤ちゃんであっても、いやそうであるからこそ、きちんと日本語で話しかけてほめたり注意したりしなければならないのである。

私は褒める部分はずいぶんやっているが、叱る部分はやっていないなあと反省。私たちがきちんとした言葉で娘に話しかけることが、娘の言葉の土台を作るわけである。頭では理解していても、ちょっと出来ていなかったなあ、俺。

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2008/09/24

虎の咆哮

午後から動物園に向かう。京都市立動物園だ。娘を連れて動物園に行くのが夢の一つだった。一歳になる前だと人ごみに連れて行くこと、動物に近づけることが心配で、ちょっとぐらい歩けないとつまらないだろうと思っていたのでやめていたが、晴れて一歳を迎えて、歩けるようにもなり解禁である。

休日ではあるが、3時ごろであれば空いているかと思ったのだが、これが割と混んでいる。市営駐車場は満車でさらに空車待ちの長蛇の列。参ったなあと思いながら、ある駐車場を思い出す。カーナビで確認したら出てこない。ということは、空いている可能性が高い。

向かってみると空いている。しかも、安い。今度からは迷わずにここにしよう。ブログに書いてしまうと満車になる可能性があるので書きませんが、必要な方はメールくださいねf(^^;。

             ◆

動物園は満車が示すように混んでいた。

キリン
ニホンザル
ペンギン
ワニ

カバ
バク

ライオン

たくさん見せた。
娘の目にはどのように映ったのであろうか。
分からない。
分からないが、手を伸ばして動物をつかもうとしていたので、嬉しかったのであろうと、親ばか。

又来ようね。

             ◆

私がびっくりしたのは、虎の咆哮である。
ベンガル虎の番いがいた。それぞれ二つの動物園から貸し出されてきていたのだが、その番いのうちの雄の虎が吠えていたのである。

雌の虎は端正な顔つきで物怖じもせずいたのだが、雄は発情期を迎えているのか吠える。なぜかその雄叫びに隣のゲージにいた雄ライオンが雄叫びで応えていたが。

虎の鳴き声をライブで聞いたのは初めてではないかと思う。
虎の鳴き声と言えば、『山月記』中島敦であろう。「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」がよく問われるあれである。高校の時に読んだあれである。

中島敦は白川静先生と同期で、日本人の漢文の素養はこの二人が亡くなったところで終焉を迎えたと言った人がいたが、確かにそうだろうなあと思う。

で、虎の咆哮であるが、求愛の咆哮であるからかもしれないが、『山月記』の文章のイメージとは違ったなあ。もちろん、地響きのような大きな声なのであるが、ゾウアザラシのような鳴き声であった。聞いてみないと分からないものだ。

             ◆

こうしてこれからも、子どもの成長と一緒にいろいろと体験できるのだろうなあ。ありがたいことだ。

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2008/09/23

後期の授業が再開

今日から大学は後期の授業が再開。もちろん、大学そのものは夏休みはお盆にしかなく、授業も集中講義が入っているため完全に実質はもう動き出しているのであるが、毎週の授業が始まるのは、今日から。で、私は研究日。

             ◆

午後から大型本屋に籠り、本を物色する。最近は仲間が読んでいてブログに紹介している本などをそのままネットで生協の本屋に頼んで大学の生協で受け取ることが多くなっている。

しかし、実物を見ながらあれこれ手にして探す。これはこれで良い。または、目当ての本の横にある本の横に面白そうな本を見つけて、お、ラッキーと思うのも嬉しい本屋での買い物である。

             ◆

藤原和博さんの新著『つなげる力』(文芸春秋)があったので、手にする。すると私が生徒たちに指導していた作文の書き方が紹介されていた。

「この方法は和田中学校に一年だけいた国語の先生に教わりました」

と書いてあったf(^^;。平田オリザさんと北川達夫さんとによる対談の名著『ニッポンには対話がない』にも平田さんの発言で、

「ディベートの専門家に聞いたのですが〜」

と私が話したことが書かれていたことがあった。なんというか、一人で驚いたりニマニマしたりしている私であるf(^^;。

             ◆

で、帰宅してからずっと本を読む。
娘の相手をしている時間が多くなり、集中して本を読む時間が減ってしまい、風呂やトイレで読むのがメインになっている気もしている。

娘の相手をして遊ぶのは面白いし、いろいろな発見もある。別に娘を研究対象にしようとは思っていないが、観察対象として見ているのは実に面白い。これがそのまま学生たちに話すには良い話題になるのであるから、読書量が減るのも、まあ良いかと勝手に理由を付けている。

             ◆

部屋の中を涼しい風が吹き抜ける夕方、夜。
ただ、読み続ける。
ただ、読み続けた。

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2008/09/22

もう25年も前になるか

台風が過ぎたと言うのに、近畿は大雨。大阪などではずいぶん長い間警報が出ていた。琵琶湖近辺も雨風があり、中でも雷がすごかった。

リビングで寛いでいたら、対岸に落雷。横にいた娘がびっくりして泣きながら私に飛びついてきた。

雷が恐い。
怖いときにはお父さんに頼る。

という回路が出来ていて、瞬間にこれが機能することに感動。もちろん、抱っこして大丈夫だよと頭を撫でる。しばらくすると安心してまた、遊ぶから下ろしてくれとなる。人間はすごい生き物だ。

その後、一瞬の晴れ間に虹が出る。
こんなに近いところの虹は滅多に見られないなあ。

Niji2

            ◆

夕方、昔の教え子が遊びにくる。もう25年も前になるか、塾のときの教え子である。いま、北海道は知床でナチュラルガイドの会社を経営している彼である。琵琶湖を泳ぐ大会があってそれに参加したので、顔を出してくれた。

25年前、北海道から、会社を経営してと簡単に書いたが、これは文字で読んでみるとすごいことだなあと思う。そんな彼から娘のお祝いを頂き、あれこれあれこれ琵琶湖を見ながら、我が家で話し込む。

本当は、彼と同期の教え子も名古屋から駆けつける予定だったのだが、子どもが発熱と言うことでこちらはまたの機会に。それにしてもこうして東京の聖蹟桜ヶ丘で教えていた塾の時代の教え子たちと、琵琶湖で再会とは。嬉しいことだ。

            ◆

東京を離れて地方で暮らすということの面白さや豊かさ。教育のこと、学校のこと、若者を育てると言うこと、自分の老後のこと、会社を経営すると言うことなどなど話は多岐にわたり、そのままお気に入りのタイ料理屋に向かう。

このお店は家まで送迎してくれるので、安心してビールを飲む。飲みながらワタリガニのカレー炒めや、タイヌードル、オイスターソース入り八宝菜ライスなどを食す。

「一度先生をおごりたかったのです」
となぜか教え子に払ってもらってしまった。よく分からないがゴチになりました。

            ◆

さらに、自宅に戻り夜景を見ながらあれこれ。
気がついたら12時近く。
『よし、シメのラーメンだ』
と体には良くないが、心には良い飲んだあとのラーメンに突入。マンションを出て近くにあるラーメン屋に向かう。

そこでもあれこれと話す。
「滋賀県にこんなにヨットがあるとは思わなかった。琵琶湖がこんなに奇麗だとは思わなかった。ヨットを買いましょうよ。まずは、シーカヤックからがいいかなあ。滋賀県は豊かだなあ」
などと言われる。私もそう思う。
『滋賀の人間は、滋賀から出たがらないんだよね。でも、これだけ豊かならそれも分かるねえ。この広い空。吹き抜ける風。それでいて京都駅まで家のドアから30分だからねえ』
二年ぶりに会った彼であるが、よくこれだけ話題が続くなあと自分でも思いながら話す。

二人とも立派におじさんなのだが、25年前よりもピュアに生きることを楽しんでいることを実感していた。

来年もまた泳ぎにくるとのこと。これも楽しみ。
いい週末だった。

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2008/09/21

久しぶりに京都市内に出かけて行った

久しぶりに京都市内に出かけて行った。お気に入りの「東龍」で中華麺を食し、「一保堂」でお茶を購入し、本日のメインイベントに向かう。娘の胎内毛で筆を作るのである。

娘は生まれたときから毛がフサフサあり、一歳前には相当髪の毛が長くなっていた。もっと早くに切ってあげても良かったのであるが、筆を作るために頑張って伸ばしていた。で、切った髪を持って専門店に持参したのである。

何の毛の筆でもそうであるが、一度ハサミを入れてしまった毛は筆にはならない。人間でも同じ。だから、一生に一回しか作れないのである。

出来るだけたくさん作ってあげたいと思い、伸ばした髪の毛。うまくいくと大筆一本に、小筆を二本作ることができそうである。桐の箱に入れて仕舞い、嫁入り道具に持たせるわけである。

この注文をやっと終えることができて、一安心である。ふう。

            ◆

せっかく久しぶりに市内に出てきたので、あれこれ見て回ることにする。まあ、家から京都市内まで15キロぐらいしかないので、行こうと思えばそんなに大変でもないのだが、娘の食事やら何やらのタイミングとかを考えると、なかなか出にくい。

なもんで、出てきたときにエイヤッ!と買い物をしたり見て歩くのである。外で美味しいものを食べるのが難しいので、うちで食べられるように面白い食材を購入。久しぶりに、子羊の肉も買った。

            ◆

今まではすべて抱っこかベビーカーだったが、今日は靴を履かせて少し歩かせることもできて、なかなか新しい展開があった。

もちろん、どちらからがマンツーマンディフェンスをすることになる。娘を見ながら周りの動きを確認し、歩行者に迷惑を掛けないかどうかなど気にしながら。

お父さんとしては、娘の手を引いて歩きたいのであるが、我が娘は一切これをしない。なんでも自分でやろうとする。

果たして、手をつないでお散歩する日は来るのであろうか。

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2008/09/16

小さな家族旅行

噂の大塚国際美術館に行ってきた。
とにかく、スケールが大きい。
西洋の美術を時代順に陳列してある。
すべて模造である。
しかし、実物大である。

聞く所によると、あさ9:30から回っても閉館の17:00には間に合わないことがあるとの事であった。

私たちのスタートは、10:30から。娘も一緒だったので、泣き始めたらどちらかが休憩場所に行ってあやし、交代しながら回った。間に合わないかと思ったが、なんとかぎりぎり最後までたどり着いた。

            ◆

オープニングは、地下鉄大江戸線を彷彿させるエスカレーター。下から上に向かう。そして、最初からがつんとやられる。ミケランジェロの制作したシスティーナ礼拝堂である。

Sistina

この調子で1000点以上の美術品がその建物ごとであったり、作品であったりしながら陳列されているのである。美術の教科書に載っているものは、ほとんどあると言っていい。

入場料は3150円だが、これは高くない。もし、ヨーロッパに行くのであれば、ここで予習をしてから行くのがいいだろう。

            ◆

美術品もすばらしかったのであるが、そこは親ばかの私である。
娘の歩く姿に感動してしまった。

9/2に歩き始めて、そろそろ二週間というところであろうか。右足が出ると同時に右手が出てくると言うヨチヨチ歩きだ。その歩き方で、歩き続けるのである。

大塚国際美術館の長い廊下を、ただただ歩けるのが嬉しいだけで、50mも歩くのである。それを二回やったから100mである。

娘が前を歩き、私はその後ろを見守りながら、時々声をかけながら歩いた。
やがて、私のことなど気にもせずに遠くに旅立つであろう娘の姿を思い浮かべるのは、まだ早いと思いながらも思ったりしながら、歩いた。

http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND29730/index.html

伊勢正三さんの名曲、「そんな暮らしの中で」と、季節は違うが
いま、この瞬間なのだろうなあと思う。

            ◆

他にも、奥さんが通っていた幼稚園や小学校。昔住んでいた家とその前にある和洋菓子屋さんにご挨拶に行ったりと、なかなか充実していた。

この夏、小さな家族旅行を無事に終えることができた。

さ、後期の準備、締め切りを間違えてしまった仕事。
やるぞ。

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2008/09/12

数少ない夏休みの一日

9/11

今日は数少ない夏休みの一日であった。
スケジュールには、本当に何も書いてない。何も書いていないので不安になったが、確認をして休む事にする。

私が夏休みがないのと同様に奥さんにもない。私がデンマークに行ってしまい、なおかつ娘がちょっと病院にいったりしていたので、実家から早く帰ってこなければならず、娘の世話で一日自分一人で自由に動ける時間というのは、本当に無かった。

そして、この後の私のスケジュールを見ると、これからも忙しいわけで奥さんが自由に動ける時間はこの日ぐらいしかないなあということで、奥さんを解放して私は一日中娘の子守りである。一日ぐらいであれば、娘と一緒にいるのは愉しみであるが、ずっと24Hというのは、やはり大変である。だから、解放である。

保育をする予定で、布団でごろごろ遊んでいたのだが、午前中は、今頃襲ってきている時差ぼけによる睡魔に打ちのめされて寝続けてしまった。

娘は私の体のどこかに自分の体の一部をくっつける程度の距離で、何やら遊びをしている。ときどき私の顔のところにやってきて、私が生きている事を確認して、また遊び始める。

これを繰り返しているうちに、娘も午前中のお昼寝となる。

昼ご飯は、バナナとヨーグルトとミルクである。娘はバナナがことの外好きで、よく食べる。最近は自分でスプーンを持って食べる事を覚え、自分で食べると意志を表すようになる。見ていると面白い。

ゆったりと午後を過ごしたいところであるが、私がマックに向かってあれこれしていると、近くに寄ってきて
「あああああああああああ!」
と叫ぶ。
『ハイハイ』
と抱っこ。抱っこすれば何事も無かったかのように落ち着いて、あちこちをきょろきょろするのである。

片手でキーボードを入力できるようになっておく必要があるかもしれない。

近所に、就学前の子どもたちが遊ぶ施設があるので、行ってみる事にした。丸い木がたくさん入っている木のプールをはじめとして、あれこれの遊具がある。しかも、無料である。駐車場代も90分は無料である。

大津市はこういうところにお金をかけているなあと思う。ま、それなりに高い住民税を払っているので、きちんと活用したいとも思うが。

中に入ると、同い年ぐらいの赤ちゃんがたくさん。娘は少し戸惑っている様子。それ以上に戸惑っているのが、私。そりゃあそうだ。平日の午後に娘を連れてここに来ている男性は、孫を連れてきているおじいちゃんぐらいしかいない。完全に浮いているのは、私である。

かつて、いわせんさんが育児休暇をとった時、育児ノイローゼになったというが、分かる気がする。こんな時間に娘を連れてきている旦那さんである。何か特別な事情があると思われているのが、よーくわかる。

ま、それでも娘はしばらくすると、遊具になれ環境にもなれ少しずつ遊び始めた。私は本を読んだり、娘を見たり、写真を撮ったりしながら過ごす。これもいいだろう。

さらに、ガーデンに行こうかと思ったが、娘の午後のお昼寝の時間が迫ってきたのでこれは諦めて自宅に戻る。添い寝をしたらあっという間に寝てしまった。

しかし、こんな風に過ごしながら家事をこなしている奥さんに、改めて感謝の念を抱く。私には出来ないなあ。

夜はぐっすりであった。

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2008/09/09

娘が一歳になった

娘が一歳になった。悠仁親王と誕生日が同じなので、よちよち歩きは可愛いなあと思う一方で、新聞の記事を見ながら
(を〜、来年はこんな感じなのかなあ)
と思う。

去年ブログで我が子の誕生のことを書いたら、ものすごい数のお祝いのメッセージを頂いた。ありがたい事である。全部保存してあります。娘が物心ついたら、見せてあげようと思っています。

ま、年がいってからできた娘なので、一緒に過ごす時間は通常よりも少ないと思っている。そのときに、いろいろなことがあったのだと、娘が文章で読み返すことができるようにと、私と奥さんでは写真、動画の他に文字で記録している。

            ◆

誕生日のお祝いは、お花とこれ。ランニングトラックである。

Rimg0189

前から気になっていたものだ。思い切って買ってしまった。

売り場に向かうとき、売り場で、さらにその後と娘はあちこちで好奇心の固まり。きょろきょろして笑顔を振りまきまくる。

たぶん、娘が飽きたら私が研究室に置いて遊ぶと思う。だから、これ。
上から下まで通過する時間を確認したら、6秒であった。

を、これは使える。
『こんな時どう言い返す』では、5秒以内に言い返す事を推奨している。大学の授業で、これを持ち込んで6秒計として活用することもできるな。大きいけど。

            ◆

ともあれ、おかげさまで娘はなんとか順調に一年を迎えました。
ランニングトラックも、あっという間に自分一人で遊べるようになってしまいました。自分の思う通りにならないと叫んでおります。心配していた症状も快方に向かっております。

ありがとうございます。

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2008/09/03

9/2 なんて親孝行なんだ

デンマークから帰ってきて、娘を抱っこ。
うん。幸せだ。

奥さんは娘を連れて駅まで迎えにきてくれた。
遠くに私を見つけた娘は、手を振っていた。
すぐ近くに行くと、照れているのかきょろきょろしている。
成長したなあ。

            ◆

家に帰って荷物の整理。
こればかりは娘にはお昼寝をしてもらわないと。
次から次へと投げ出されてしまうから。

            ◆

ではあるが、なにやら両手に抱えて一緒にお仕事に参加の娘。
するとどうであろう。
両手に物を持ちながら歩くではないか!

ちょうど、ビデオをまわしていたときに歩き始めた。
娘の最初の歩きをビデオに収めることができた。

私が帰ってくる日に、そして、ちょうどビデオをまわしているときにである。
信じられない。
なんて親孝行なんだ。

            ◆

ドラえもんの誕生日の前日、娘が歩き始めた日である。

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2008/08/25

8/24 妙に抱っこを求めてくる

8/24

いよいよ明日からデンマーク。
いくつかの心配があるものの、かなり理想的な条件で研究が出来るのでこの機会を逃すのは勿体ない。行くための準備を進める。

ではあるが、準備が捗らない。
http://4travel.jp/marche/checklist/
などを参照にあれこれするのだが、あー、面倒くさい。奥さんの全面的な協力をあおぐことになる。

準備は常になにかを忘れているのではないかと言う不安でいっぱいになる。あれこれ並べることになる。だいたいからして、私は「長男長女は荷物が多いぞ説」を主張している。私も長男なので、迷ったら持って行ってしまうタイプである。次男次女以降は、なかったら借りるということを身につけているが、長男長女は自分でなんとかしさらに弟妹に貸すということをしてきているので、荷物が多くなる。

ではあるが、今回は学科の先生たちと一緒の研究旅行である。なかったら借りることにして、荷物を減らす方向で準備をしよう。

 

それから出国前にやっておかなかければならない仕事がある。これが終わらない。あれこれ考えているのだが、アイディアものなので降りてくるまでもがくしかない。

夜は娘とお風呂に。しばらく一緒に入れないからなあ。
最近、妙に抱っこを求めてくる。
かわいーなーと素直に思う。

涼しい夜に風邪を引かないように、なんどもタオルケットをかけ直して寝かせる。

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2008/08/24

8/23 よく頑張ったね

8/23

まだ暗いうちからあれこれ準備を始める。両家の両親や親戚から頂いたものでMINIは、これでもかと言うくらいに一杯。しかし、思ったよりも乗るもんだ。

中央道は相模湖を先頭に渋滞。八月末の週末。遊び足りないみなさんが出かけるのでしょう。ただ、今日は涼しいのでさほど渋滞もせずラッキー。これを抜ければあとは快適。

当たり前であるが、赤ちゃんの食事と私たちの食事は内容もタイミングも違う。だから、大人だけで動く場合の1.3~1.5倍の時間を想定して動かないとうまくいかない。順番に食事をして、食事を与えて、トイレやら何やら。これが親と言う事である。

そのまま中央道でも良かったのだが、奥さんの父親からの強い勧めで伊勢湾岸道から新名神高速道路を通るルートを選択する。距離は20キロほど伸びるのだが、基本的に三車線で、新しい道。走りやすい。気がついたら名神の草津ジャンクションであった。東京から480キロのドライブであった。

家に帰り、入院を前提にして娘を病院に連れて行く準備をする。旅行のためのあれこれが役に立つ。

ところが、幸いな事に入院はなし。ありがたい。
大きな病院なのに、娘の名前を覚えてくれている。電話で対応してくれて、急患に応じて頂いて、適切な処置をしてくださる。本当にありがたい。

本当は、今晩は全国教室ディベート連盟の近畿支部の集まりがあったのだが、さすがに伺う事は出来なかった。

長旅と病院で興奮している娘は、やたらと私に抱っこを求める。私は許す限り抱っこをしてあげた。よく頑張ったね。もちろん、奥さんもありがとうだ。

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2008/08/16

五山の送り火

平清盛は、熱を出したとき水風呂に浸したら沸騰してしまったと言う逸話が残っている。そこまでではないが、今日の私は水風呂に入っても大丈夫なぐらいの体中の熱である。なんのことはない、昨日の琵琶湖での日焼けだ。い、痛い。

ではあるが、年に一回この日焼けのひりひり感を味わう事が夏だなあと思う。アホだなと思いつつ、来年も日を浴びるのだろうなあ。

           ◆

 昼寝の子起きしにあらず裏返る
                三村純也

先日東京で泊まったホテルで朝刊で読んだ毎日新聞にあった俳句だ。なんともその通りだなあと思う。

娘のお昼ねに付き合って寝転がる。娘が寝るのを確認してこちらもちょっと寝ようとするのだが、ちょっとにならない。結構寝てしまう。で、時々目覚めては、お腹に布団をかけてあげるのだが、まさにこの通りである。ではあるが、結局ぐっすりである。

気がつくと、私よりも早く目覚めた娘が私の顔の前で、笑っている。枕の下に隠しておいた眼鏡を取り出して遊んでいる。そして、私の顔を引っ張って喜んでいる。

痛いのにうれしいとは、親ばかも極まれりである。

           ◆

夜の七時過ぎに家を出る。比叡山を越えて京都市内に入る。今日は、五山の送り火である。奥さんの夢であった五山の送り火を見に行こうと言うことになったのだ。去年の今頃は、奥さんは実家に戻り出産の準備に入っていたので、見る事は出来なかった。

自宅から30分ほど走らせたところで、すでに見物の準備をしている人たちに出くわす。送り火の大文字は、実を言えば我が家の裏山の向こう側である。
(へ? こんなところから見られるの?)
ということで、目的の鴨川はやめて近くに車を停める。

30分ほど点火を待つ。花火大会とは違った、始まりへの緊張感がある。

           ◆

20時ちょうどに点火された。特に歓声が起きるでも、拍手が起きるでもない。みんなじっと見つめている。中にはカメラを向けている人たちもいるが、遠慮しながらという感じである。

15分程度見つめて、三人で写真を撮って、京都の夏を味わう。
もちろん、私たちの人生と娘の人生を授けてくれたご両家のご先祖様に、ありがとうございますという思いは伝えた。

しみじみ日本の夏である。

Okuribi

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2008/08/14

夏雲あがれ

8/13

娘の寝返りの動きで目覚める。踵が顔にヒットする。
ふう。
家に帰ってきたなあ。

私は布団が変わると寝られないということは、ない。まあどこでも寝られる。畳の上だって、フローリングの上だって寝られる。ではあるが、いつものベッドで娘の寝返りを感じながら寝るのは、やはりいい。

娘の用事にあれこれ一日付き合う。

昨日帰ってきた時、とてもうれしそうな顔をしたと思ったら、その後警戒の顔。ま、しばらくそうかなと思っていたら、今朝はもう大丈夫。

抱っこして、娘の何を言っているのか分からないが、私に向かって話しかけてくる言葉に、
「そーだねー」
と相づちを打つ。

Rimg0119

リビングに転がり、琵琶湖の上に広がる夏雲を鑑賞し、
(ああ、『夏雲あがれ』を読み直したいあ)
と思ったりしながら過ごす。

Rimg0156

その寝転がった私の体の上を娘がよじ上りながら過ぎて行く。

Rimg0167

久しぶりに娘と一緒にお風呂に入り、近くのホテルの打ち上げる花火をテラスで鑑賞し、ツアーの疲れを解す。奥さんに感謝。ありがたいことだ。

Rimg0176

ゆったりの一日であった。

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2008/08/03

夜、ミルクを与える

昼から大学へ。オープンキャンパス二日目。今日は娘を連れて。

保育実習室が見学者に開放されているのだが、そこに娘をモデルとして連れて行く。いや、せっかくだから一人ぐらい赤ちゃんがいてもいいだろうと思い、連れて行く。

見学者の高校生や保護者の方に愛想を振りまく娘。なかなかであった。

            ◆

実習室にはいろいろなおもちゃがある。木の箱に入っている小さなぬいぐるみ。娘はこれをめざとく見つけて、一つずつ取り出す。そして、一つずつ見せては元にしまう。これはなんだ?

さらに、段差を利用して少しずつ降りてくる車のおもちゃで遊んであげたら、仕組みが分かったようで自分でおもちゃを上において、遊ぼうとする。おい、そんな学習能力があったのかい!と本当にびっくりする。

この一ヶ月ぐらいは、外見はそれほど大きな変化はないと感じていたが、確かにハイハイは力強くなったし、どうぞは出来るようになったし、ずいぶんと成長しているんだなあと思った。

            ◆

夜、ミルクを与える。
こうしてミルクを与えるのも、あと少しだなあと思うと、しみじみ。自分で飲めるのに、わざわざ私が持って与える。

成長とは愛しく、切ないものだなあと改めて思う。

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2008/07/17

「パパ!」と呼んだ日

こちらでも降り出すかと思われた空は、湖の対岸の草津方面で大雨をふらした模様だ。そのおかげで、西日を受けて虹を見ることができた。こちらから虹を見るのは割と珍しい。

今宵は満月の一歩手前。雲の合間から見え隠れてしている。そして、娘が初めて私のことを見て
「パパ!」
と呼んだ日である。

            ◆

最近手に入れたCDでお気に入りなのが、これ。

「the ジブリ set」DAISHI DANCE

http://item.rental.rakuten.co.jp/cd/p/2017258/the+ジブリ+set

あの新宿のディスコの怪しい雰囲気を思い出させつつ、その一方でジブリのさわやかさも兼ね備えているという不思議なアレンジメントである。10代の思い出と20代の思い出が何とも言えない具合でミックスされている。

            ◆

特にお気に入りは、「天空の城ラピュタ::君をのせて feat.麻衣 (6'04")」だ。だいたいからして、この曲は私にとって卑怯な曲の代表である。この歌詞を聞いて泣かない親がいるだろうか。(いや、いない:反語)

この歌詞が英語に翻訳されていて、女性の高音で聞かせてくれる。それでもってハウス系のダンスのリズムが心地よい。そして、切ない。

MINIR53のエンジン音を楽しむ事なく、今はこの曲を音量を上げて聞きながら通勤している。

            ◆

で、何気なくyou tubeを見ていたら、なんとありました!!

http://jp.youtube.com/watch?v=o9ZRtGb3bs0

できれば、大きなスピーカーで低音を聞かせて聞いてほしい。
娘は、この曲で踊っている。可愛い。

うーん、すごい時代だ。

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2008/07/15

ちょっとセーブ気味で

娘は10ヶ月検診を終え、大きな問題もなく育っている。ありがたいことである。検診に行くと同じ月齢の赤ちゃんたちが集まっているわけで、どうしても比べてしまう。髪の毛の量、歯のはえ具合、はいはいの様子、離乳食の進み具合などなど。ま、意味のないことではあるが。

           ◆

とうとう新しいムービーカメラを買ってしまった。Xactiである。もちろん、防水機能つきである。150cmまでオッケーである。これで雨の中でもプールでも水遊びでもオッケーである。思ったよりも、暗いところでの撮影が好調である。水遊びに寝顔や寝相を撮ってやろう。

           ◆

と思ってあれこれしていたら、なんと風邪を引いてしまった。お腹と熱である。参ったなあ。これから前期の閉めに入るのに。

ちょっとセーブ気味で行こう。

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2008/07/12

書道部の作品展が建仁寺で

山中越えで京都市内に入る。学生の書道部の作品展が建仁寺で行われている。これを見に行くためだ。

国語科教育法で指導している学生たちが、招待状を持って研究室にやってきた。スケジュールを確認すると珍しく土曜日が空いている。ということでスケジュールを入れて見に行く。

建仁寺は、祇園にある禅宗のお寺である。栄西が開いたお寺である。その中にある離れを二つ借りての作品展である。深閑とした境内ではあるが、さすがに暑い。しかし、苔むした庭には竜胆が咲き、いい感じのロケーションでの作品展である。

そこに娘を連れて行って良いかどうか。部長に確認したところ構わないという。ならば、安心して行こう。

            ◆

娘は、外面が良いのだろうか。泣くこともなくニコニコしながらお寺の畳に座っていた。学生たちがやってきて声をかけて、相手をしてくれるもんだからご機嫌なのだろうか。

びっくりしたのは今年卒業した学生たちが、見に来ていたことだ。仲間の一人は大学院に進学したので、そこを宿にして集まっているのだろう。彼女らも娘に会えて喜んでくれた。娘は、彼女らに抱っこされても泣かない。すごいことだ。私の教え子だと分かっているのだろうか。

学生たちの日頃の字を知っているだけに、書道の字も楽しみであった。私は草書になると分からないことが多いのだが、それなりに楽しめた。作品展は、明日までやっています。無料ですので近くにおこしのさいは、立ち寄ってやってください。お茶とお菓子が出ます。

            ◆

この頃、娘はさらに活発になってきた。汗疹もできてきた。生まれながらにして髪の毛が多いのもその理由の一つだ。髪の毛は胎内筆を作ってあげたいので、できる限り伸ばす方針。ちょっとかわいそうだ。

そこで髪の毛を頭の上にゴムで止めて、顔にカーマインローションを塗ってあげる。顔は白くなる。何かに似ている。「バカ殿」である。すまん。生まれてまだ10ヶ月なのに、バカ殿にしてしまった。

ま、可愛いからいいか。
可愛い怪獣。
可愛いバカ殿である。

もちろん、私は親ばかである。

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2008/07/08

私もパッチンしたいわー

学会から帰ってきたら、娘がずいぶん立つようになっていた。最長不倒時間は7秒ぐらいになるであろうか。

つかまり立ちから手を離すのではなく、座っているところから突然立つ。ミーアキャットのようである。この様子だと今月中に歩き出すかもしれない。人間の成長ってのはすごいと改めて思う。

            ◆

娘は生まれた時から髪の毛が豊かだったので、今は結構伸びている。パッチン止めやゴムで前髪が目に入らないようにしている。

先日、奥さんが娘を連れてマンションを出ようとしたらエレベーターで二人の男の子を連れたお母さんと会ったそうだ。すると、

「いーわねー。私もパッチンしたかったわー」

と言われたそうだ。男の子二人ではパッチンができないとのことである。なるほど、女の子の赤ちゃんに恵まれるというのは、そういうことでもあるのかと感心。

さらに、同じマンションで髪の毛がまだ生えてこない、娘より年上の女の子の親御さんにも

「いーわねー。私もパッチンしたいわー」

と言われたとのこと。
たかがパッチン、されどパッチンなんだなあと思う。

            ◆

朝起きると、琵琶湖は雷。
久しぶりに激しい雨が湖面をたたいている。
風に従って雨が集められ、湖面を揺れるように走って行く。

空と湖との間が消えて行く。
こういう一日の始まりも、なかなか良い。

Rimg0154

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2008/06/24

娘のお迎えである

午後からは、学生たちとの面談である。私が担当しているクラスの学生たちとである。本学の児童教育学科の特徴の一つである、入学してからコース分け。そのための面談である。

後期から児童教育コースと幼児教育コースに分かれるため、面談で相談に乗ると言うものである。入学して三ヶ月。ひょっとしたら問題も抱えているかもしれない彼ら彼女らの相談に乗ると言う側面もある。

今日は七人の面談であった。
それぞれが自分の未来に付いてあれこれ語るのを聞きながら、アドヴァイスした。

            ◆

帰りの車でふと思った。
(をを、先週の今頃は熊本空港に向かうタクシーの中だったなあ)
まだ、あの授業の余韻が残っている。授業ってすごいなあと思う。

もちろん、中村先生、竹内先生、青山先生、岩瀬先生とすばらしい授業を連続で受けた事も相俟っての事であるが、こうして授業と言うひとくくりにしてみて、さらにここに同時期に読んだ数冊の本が影響を与える事で、私の体の中で、また新しい何かが生まれるのだろうなあと楽しみにしている。

いやあ、長い一文だ。

            ◆

大学から帰ると、何やらリビングの方で動く音がする。
靴を脱いで部屋に上がると、娘がハイハイしながら廊下に出てきた。
ひえ〜、娘のお迎えである。手も洗わずに抱っこである。

奥さんに確認すると、自分で玄関の音を聞き取り廊下にハイハイし始めたとのことだ。この時間に玄関で音がすると言う事は、私が帰ってくるということだと理解しているのだろう。

ミルクの温度を下げるために、哺乳瓶ごと水の入った容器に入れて3分間冷やす。その時、キッチンタイマーを使う。この音が「ピピピピ・・・・」と鳴ると娘は反応する。ミルクだ!と思うわけである。

ところが、ミルクの時間ではなさそうなときに同じようにキッチンタイマーが鳴っても特に反応はない。時間(というか腹時計か?)で、反応が変わるのは面白い。

            ◆

娘の成長に追いついて行きたいものである。

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2008/06/14

以上、今週の

親バカである。
もう良いと言う方は、スルーしてくださいf(^^;。

            ◆

その1

大学に向かう時、玄関で見送ってくれる奥さんと娘。
最近、娘は私が出かける事が分かってきたようで、泣くのである。
ううう。

その2

「うー、まんままんままんま。ばっばばっばばっば。うぐぐぐうう。まんまばっば」

なんだか知らないが、よく話すようになった。一人で、私たちには見えない何者かに向かって機嫌良く話している。

その3

片手でつかまり立ちである。片方の手で私の体をつかんで、もう片方の手を私に向ける。この仕草がなんとも可愛い。ついでに乗り物に乗せたときに抱っこしていると、首を倒して私の肩甲骨辺りに額を載せる。これも可愛い。

その4

朝時計に手を伸ばして時間を確認したら、10時30分であった。
(え! そんなに寝てしまったのか!)
と休日である事を感謝しつつ起きる。
リビングの時計を確認すると、まだ7時前。
(ん?)
娘が時計の針を動かすねじを悪戯していたようだ。

その5

仕事を終えて家に帰る。
玄関を開けると、その音ですっと体を起こす(のだそうだ)。
そして、廊下を歩いてくるとその音を聞きながら廊下の方にハイハイし始める(のだそうだ)。
リビングに顔を出すと、座ったままジャンプである。
私は手も洗わないでそのまま抱っこしてしまう。
賢いなあ。可愛いなあ。

            ◆

以上、今週の親バカでした。

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2008/06/09

抱っこの一日

本日大学はキャンパス見学会。私の出番は今日はないが、ちょっと顔を出す。保育実習室に娘を連れて行けば、雰囲気づくりになるんじゃないかなあと思って、連れて行った。

            ◆

少し早めに大学についたので、研究室であやしていたら、隣のU先生が戻ってきた。いつも娘の事を心配してくださっている先生に、娘を抱っこしていただこうと思って廊下に出てご対面。抱っこしてもらった。

少し人見知りするようになってきた娘は、ちょっとびっくりしていたが抱っこしてもらえた。ああ良かった。

            ◆

保育実習室に行くと、去年私のクラスにいたS君がいた。見学者が来るまであれこれ進路の相談等を受ける。その一方で幼児教育コースのS君なので、面倒見てもらって昼ご飯でも食べてくるかあと思ったのだが、娘は私の姿が見えなくなると号泣。諦めた。

見学者が来たので、抱っこしてなんとなく部屋の隅っこに。置物としては、まあまあ効果があったのではないかと思う。

            ◆

その後、九州から遊びにきている卒業生たちと、急に会う事に。三条近辺にいる事が分かったので、連絡を取る。娘を会わせてあげたかったが、なかなかその機会がなかったので、これを機会として会わせる。

適当な場所がなかったので、ハイアット リージェンシー 京都に乗り入れる。
(ラウンジでお茶は大丈夫かなあ、泣き出したら出て行けば良いか)
と思いながら聞くと、どうぞとのこと。で、ウッドデッキがあると言うので、それなら泣き出しても大丈夫だと思ってそちらにする。まあ、モスキートがいなければ最高だったのだがf(^^;。

Tおねえちゃんと、Fおねえちゃんに抱っこしてもらうのだが、ここでもそれぞれ30秒で泣き出す。まあ仕方がないだろう。

            ◆

いろいろな人に抱っこしてもらえた娘であった。

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2008/06/05

喜びの共有

娘に、
「ばぁ〜〜〜」
とやる。
「キャッキャ」
と喜ぶ。
私の顔を見て喜ぶ。これが今までの娘であった。

だが、今朝は違った。
娘に、
「ばぁ〜〜〜」
とやる。
「キャッキャ」
と喜ぶ。
そのあと、奥さんの方を見るのだ。
笑顔で見るのだ。

            ◆

いやあ、これは感動である。
自分の喜びを、喜びを与えてくれた人に返すのではなくて、第三者のお母さんに返しているのである。

喜びの共有をしようとしているのである。
コミュニケーションの発達を目の当たりにした父であった。

うひゃあ。

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2008/06/01

体が治るのを待つ週末

結局、体を休めつつ読書の週末であった。

            ◆

午前中はいつものガーデンに娘を連れて散歩。ウエストバックを枕にして、柳の木陰に広がる芝生に寝転ぶ。娘はお座りして落ち葉を拾っては投げ、拾っては千切りしている。それを見ながら、芝生の上でゴロゴロ。

それに飽きると娘は私の上によじ上る。つかまり立ちをしながら上ってはお座り、上ってはお座りを繰り返す。そのうち、電池が切れて私のお腹の上に突っ伏すようにして寝てしまった。そのまま私も寝てしまった。

心地よい風である。

Rimg0231

            ◆

まだ娘は寝ている。
私は本を取り出して、読み続ける。

時々ガーデンにやってきたお客さんが声をかけてくれる。

「べっぴんさんやなあ」
「女の子は可愛いねえ」
「お父さんに上っているの?」
「写真を撮ってあげましょうか?」
「僕も女の子が欲しかったなあ」

その度に、本を読むのをやめてあれこれ話す。
娘は眠たい顔をこすりながら、お話を静かに聞いていた。

            ◆

家に帰って食事の後、出かけようと思ったが、どうも体が重い。
薬を飲んで、体を横にする。

ベッドの上で娘に絵本を読んであげていたら、しばらく娘はシンクロナイズドスイミングのようにベッドの上を泳ぎまくる。なんだか分からないがキャッキャ言いながら動きまくっている。ミーアキャットのようでもある。

ひとしきり動きまくったら、娘は寝てしまった。
じゃあ、こちらも自分の本に持ち替えて読もうかと言うところで、寝てしまった。

            ◆

体が治るのを待つ週末である。

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何を考えているのやら

子守りをした午後、どうも熱があるのを感じて寝直した。
風邪が完全に抜けきらない。結構残っている。これをこのまま来週に持ち越したくないなあと思い、寝た。
五時頃には起きようと思って寝たが、六時頃までて寝ていた。四時間も寝るか。やはり体は休みを欲していたんだなあ。

            ◆

鮮明に残っている夢だから、起きる間際に見たのだろう。
久しぶりにミステリー系の夢を見た。
目が覚めてから何回か頭の中でストーリーを反芻し、ある程度固定化してからMacintoshに向かう。
あらすじとディティールを記録する。

テレビでも映画でも本でもないのに、ドキドキできるなんて、夢はお得だなあと思う。
しかし、あのストーリーは誰が考えているんだ?
当然私なのだろうが、私の何があのストーリーを作るんだ?

自分で夢を見ながら、
(を、そうくるか)
と思っているんだからねえ。

            ◆

娘を抱っこして、夕方の買い物に。
好奇心の固まりの娘は、抱っこしている私の腕から落ちそうになるぐらいに、きょろきょろする。
何を考えているのやら。

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2008/05/31

子守りの休日である

まあ、まだ8ヶ月であるからしてやりたいことを娘にはやらせている。好奇心の赴くままに、部屋の中をあちらこちらとハイハイしている娘である。

秒速1メートルぐらいのスピードで動く。さっきいた場所にいないことはよくある。だから、こちらも動き出すときには、いまどこに娘がいるのかを確認してから動かないと、危ない。下手をしたら踏んづけてしまいかねない。

さらに、
(服にワックスをしみ込ませておけば、リビングの床は光るだろうなあ)
と不謹慎な事も思う。

            ◆

好奇心の赴くままに這いずり回らせている娘ではあるが、電源とコードの所に興味を持つのは危ない。そこに行ったときは、触ろうとする手を掴まえて
『だめ!』
と強く言う。

言葉の意味は分からないが、感情は伝わるから、これを繰り返していれば何となく出来るようになる。その時は、思い切り褒めてあげる。
『うーん、賢いなあ』
と言いながら頭を撫でる。
うれしそうな顔を見せる。

というか、見せていた。

            ◆

最近は、違うのである。
『だめ!』
というと、
「あーーーーーーーー!」
と大声で私の顔を見て主張するのである。嫌だと主張するのである。
さすが、我が娘だ。自己主張が激しい。

しかし、こちらも娘の命がかかっているのだから、負けていられない。
さらに大きな声で
『あーーーーーーーーーー!!』
と言い返す。

そして、リビングのサッシ扉が閉まっていて良かったと胸を撫で下ろす。

            ◆

(なんだか中学生にやっていたことと変わらないなあ)
と、疲れて眠る娘の頭を撫でながら思うのである。

子守りの休日である。

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2008/05/24

ランディ・パウシュの「最後の授業」

奥さんと娘がちょっと風邪気味。
週末は自宅で過ごすことになりそうである。

            ◆

娘はハイハイからお座り、お座りしたまま万歳ジャンプと動き回る。うーん、これで歩き出したらすごいことになるなあと思う。

見てくれの可愛さとは別に、この動きのすごさのアンバランスが、赤ちゃんの赤ちゃんたる所以である。アーアーいいながらジャンプし、時々こちらを見て私の存在を確認する。私がいることが分かると安心してまたぞろ、興味を持ったところに動き出す。

その様子を見ながら過ごす時間は、あっという間に過ぎる。

            ◆

午後、ひょんなことからたどり着いたページが、私をさらに変えてくれるかもしれない。

大きなやる気とアイディアを受ける。大学という職場で、これから私が何をして行かなければならないのか、して行くことが望ましいのかなどを考えつづけた。

泣きながら笑いながら、学んだ。

自分の人生のリミットが分かったときに、私に何が出来るのかはまだ全く分からない。しかし、いま私に出来ることをやることが、未来につながっていることは分かる。

未来は、今日から始まっているのだ。
ランディ・パウシュの「最後の授業」

http://jp.youtube.com/watch?v=nrFMRuB2lbA&feature=related

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2008/05/14

いや、いない【反語】

いやあ、久しぶりに忙しかった。ん? 毎週水曜日は忙しいか?

午前中二時間の授業、午後の会議三発が入っているのが通常の水曜日。ではあるが、今日は健康診断があって、さらに臨時の会議が二発入った。

いやあ、忙しかった。研究室が書類の山になってしまった。

            ◆

へとへとになって家に帰る。
家の中が静かである。
(ん? 寝ているのかな?)
と思ったら何かに熱中して遊んでいる娘。

そこに私が帰ったのを認めたとたん、お座りした状態からジャンプ、ジャンプ、ジャンプである。両腕を上下にばたばたさせながら、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプである。

こんな娘の歓迎の姿を見て、抱っこしないでいられる父親が、この世の中のどこにいるだろうか。(いや、いない【反語】)

            ◆

ハイハイが出来るようになってきた娘は、その状態からお座りに戻ることもできるようになってきた。

そして、笑顔である。
ありがたいありがたい。

ビールで乾杯である。

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2008/05/05

キッチンタイマーの音が鳴ると

ミルクで育っている娘。
賢くなった。

            ◆

5ヶ月ぐらいの時だろうか、ミルクの入った哺乳瓶を見かけると、手足をばたばた動かして、早くちょうだいという意思を表していた。これだけでも結構感動していたが、最近はその上になった。

60度の温度でお湯をポットに貯めてあるので、ミルクを作ってから飲み頃の温度にするためには、少し時間がかかる。水の入った容器に瓶ごと浸して、3分間待つのである。

その3分間を待つためにキッチンタイマーをセットする。
「ピピピピピピピピ・・・!」
と3分後になるのだが、なんと娘はこのキッチンタイマーの音に反応して手足をばたばた動かすのである。

キッチンタイマーの音が鳴ると、その後にミルクがやってくるというのを学習しているのだ。いやあ、人間ってすごいわ。

            ◆

そんな娘もそろそろおなかにいた時間と同じぐらいの時間を、外で生きてきたことになるんだなあと、ちょっとしみじみ。

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2008/05/02

本日は大安吉日である

本日は大安吉日である。大学は振替休業日である。

午前中リビングで、お座りをしている娘と向き合って座っていた。
私は、胡座をかいて本を読んでいた。
娘は、私の腕と胸を触っていた。

すると、突然娘の顔が上に動いた。
(なんだ? いつものお座りジャンプ?)
ところが、ジャンプにしてはゆっくりとした動きであった。

(をを!)
つかまり立ちである。
まだ、はいはいもうまく出来ないのに、つかまり立ちである。

しかも、最初に掴まったのが私である。
父は、感涙に咽ぶのであった。

            ◆

午後、琵琶湖の北の方に出かける。GWであるが、誰もいない。
家族三人で白砂の浜辺で寛ぐ。

信じられないぐらい静かだ。
少し曇りがちの空模様だが、その分琵琶湖は白く浮かんでいるよう。
弁当を食べながら、ぼーっと時間を過ごす。

            ◆

そして、本日のメインイベント、離乳食である。
大安吉日で歯が生えてきた日を選んでの初めてのおかゆだ。

育児書等によれば3ヶ月ぐらいから始めるのもあるようだが、我が家はこれを認めなかった。だいたいからして、歯も生えないのに食べさせる意味があるわけがない。固形物を食べるために歯が生えてくるのだから、その前に固形物を与える必要はないと思っていた。

で、確かに早すぎる離乳食は内蔵の出来ていない赤ちゃんにアトピーを生み出したり、いろいろと負担をかけるそうだ。

何ヶ月で○○をするというのではなくて、この子どもが◎◎になったから○○をするというのが、子育てではないかと私は考えている。少なくとも乳幼児期はそうだろう。

            ◆

おかゆを口に運んだら、ぺろりと食べてしまった。
ひと匙の予定であったが、ふた匙ぺろりであった。
なかなかやるわい。
大正解である。

本日は大安吉日である。

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2008/04/29

琵琶湖湖畔でランチ

朝五時に起きる。
なんでか早起きになる。日の出の時間に起きるように体がなってきているのだろうなあ。

           ◆

で、朝から買い込んである本をウリャウリャと読む。風呂の中で、ベランダで、リビングでと読み進める。湧いてくる授業のアイディアを本にメモしながら読み進める。

(このアイディアはどの授業で使おうかなあ?)

と考えるのは、楽しい。今年の授業で使える場合もあるし、三年後になることもあるし、いつになるのか分からないというものもあるが、そうやってインプットとアウトプットを重ねていると、形になってくる。そこに、もう一つ何かのきっかけがあると、どーんと形になる。

そんな経験を多くしているので、この、料理で言うところの下ごしらえのような読書は、非常に大事にしている。

           ◆

昼頃息抜きに娘を連れて散歩に。昨日行けなかったガーデンに行く。芝生の上にお座りさせて、咲き始めた藤の花と一緒に写真を撮る。

おばあさんの団体に、何回も声をかけられる。昔風の赤ちゃんの顔がいいのかもしれない。

そのうち、娘は私が胡座をかいた三角形の中でコテンと倒れて左腕を枕に寝息を立て始めた。私は右手に持った本が捲りにくくなったのだが、まあ、いいかとそのまま娘を寝かし続ける。

昼のガーデン。
他のお客さんはランチなのだろう。
誰もいなくなった。

新緑の木陰、
芝生の上、
鳥のさえずり、
琵琶湖を吹き抜けてくる風、
娘の寝息。

           ◆

奥さんがおにぎりを作ってやってきた。
ガーデンを出て、琵琶湖湖畔でランチ。

午後の読書も捗ったのであった。


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2008/04/27

歯が生えてきた

娘を連れて大学へ。

今日は学生が主催するサークル主催の会があるのだ。地域の子どもたちを呼んで人形劇や昔遊びなどいろいろと楽しませるサークルである。地域の子どもとお母さんたちが80人ぐらい集まっていた。

まだ娘はそこで遊べるものは何もないが、学生たちががんばっている姿を私は見たいし、娘もいろいろな子どもたちのいるところに連れて行ってあげたかったので、連れて行った。

学生たちは、自分たちであれやこれやと取り組んでいた。一期生を中心としたこのサークルだが、活動を通して子どもを楽しませよう、その結果少し自分たちも成長しようと言うような感じが伝わってきて、うれしくなった。

こうして成長しようとする若者の姿を見るのは、本当に気持ちがよい。

            ◆

昼過ぎまで大学にいて自宅に戻る。今日は娘と二人で過ごす。
ミルクを与えて、私も昼ご飯。
なんか、妙に娘がかわいくて食事をとることも忘れて写真を撮る。
バカである。

食事後、落ち着いたらガーデンに散歩に行こうかと思ったのだが、娘は疲れたのかぐずっている。試しに添い寝をしてみたら、私の指を触りながらお休みである。スースースーと寝息を立てた。

            ◆

お散歩をあきらめて、読書と研究の基礎データづくりに取りかかる。娘の寝顔を見ながら、お仕事。それもいいだろう。

            ◆

その娘だが、歯が生えてきた。
いやあ、めでたい。
ありがたい。

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2008/04/03

一本の桜を植える

Photo


朝五時に起床。日の出を拝んでから京都市内に出かけていく。市内の桜が盛りになっきているので、このタイミングで出かけることにした。

            ◆

山中越えで北白川を抜けて京都御苑へ。ちょっと確認したが、ひろーいので、パス。続いて岡崎公園へ。疎水沿いの桜がちょうど見頃。いやあ、美しい。

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車を止めて市立美術館沿いの桜をベンチで愛でる。娘にミルクをあげながら私たちも食事。パンと紅茶。うららかな日差しを受けながら、桜の花びらからの木漏れ日を受ける。滋賀県に住んで、季節のいいときに京都に出かけていく。これがいいんだなあ。

            ◆

賀茂川沿いを北上して、桜を愛でながら帰宅しようと思ったのだが、上賀茂神社もちょっと立ち寄っていこうということになった。すると、面白い祭りがあったので、見学。京都は毎日どこでもお祭りをやっている感じだ。

さらに、娘にプレゼントをあげることができた。それは娘が生まれたときに、ぜひやりたいなあと思っていたことだ。娘が生まれたときに、一本の桜を植えることだ。

ソメイヨシノは盛りが50年ぐらい。寿命は100年ぐらいという話を聞く。娘の誕生と同時に、どこかに植える場所はないかとあちらこちらを探していたのだが、意外とない。桜そのものは売っているのだが、植える場所がないのだ。

ところが、上賀茂神社を歩いていたら、上賀茂神社に桜を植えてくれるという企画があったのだ。しかも、名札をつけてくれるという。銀行にお金を下ろしにいって、お願いした。

いやあ、うれしい。
これは、私の夢であったのだが、実現したなあ。
娘を連れて、毎年見に行こう。

            ◆

成長を楽しみにする。
親であることの喜びだなあ。

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2008/03/24

その仕込みがそろそろ醗酵して

朝、顔をもみくちゃにされて起きる。
鼻、唇、目、頬と際限なく指や爪でもみくちゃにされるのである。痛い。
(他の赤ちゃんもこんな感じなのかなあ)
と一人しか知らない私は考え込む。
しかし、すぐに
(他の赤ちゃんと比べても仕方がないよなあ)
と思い直す。

娘は娘である。

            ◆

「子育ては若いうちにやってしまった方がいいぞ」と若いうちにあれこれ言われたが、その機会に恵まれなかったため高年齢育児になってしまった。だが、高年齢育児を始めて見ると
「これから子育てとはうらやましいなあ」
という声をもらう。ま、半分は本音で半分は応援だと思うが。ではあるが、高年齢育児もいいなあと思う。

何がいいって、慌てないことである。いろいろと経験をしてきているので
『ま、なんとかなるって』
と思えるのである。

他の赤ちゃんと比べて、あーだこーだと不安になることも少ないんじゃないかと思う。ま、これ自体が比較ということもあるかもしれないが。

            ◆

それにしても、
(ん、そうか)
(あああああ!)
と気がつくことが最近増えているような気がする。
少しずつわかるのではなく、突然ポンとわかるのである。

これは学生たちにも指摘された。私の話の中に出てくる例で
「先生は、あああああ!って気がつくことが多いんですね」
と言われる。

二十歳の頃かなあ、自分がいままで手当り次第にやってきたことが実はそれぞれ有機的な結びつきがあって、何のためになるのかわからないけど好きだからやるという思いでやっていたことが、
(え、これとあれがここで繋がるの?)
ということに直面することが多くなった。

そこで能天気な私は、
(そうか、それでいいんだ)
と思った。体系的に学習することの大切さだけではなく、なんでも自分の興味の赴くままに体に放り込んで、それが熟成されて出てくるのを楽しみに待つというのもありななんだと思ったわけだ。

その仕込みがそろそろ醗酵して、熟成し始めてきているのかなあと思うのである。もちろん、この先の熟成のためにもいま仕込みをちゃんとしないとだめだと思うわけで、それはそれでし続けたいと思う。

            ◆

もちろん、この醗酵を促す酵母はなんだろうかと考えることも忘れずに。

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2008/03/20

人生で一年間だけ、人は

さて、今日は何曜日だったろうか。
なんだかよくわからなくなってきている。
日にちは理解している。東京の中学校は今日が卒業式だろう。

あちらこちらの学校でドラマがあるんだろうなあと思う。
卒業式は、なんだかんだいって中学校が一番印象に残るのではないかなと思う。
ま、私はと限定しておくが。

            ◆

まあ、担任も大変だ。身だしなみを確認するとかなんとかというだけでもない。それまでに事務の仕事をものすごい勢いで終わらせて、進路の最後の確認もし、教室の美化やら思いで作りやら、卒業アルバムのサインやら。私は卒業証書を書いたり、式次第を書いたこともあった。三年生の担任だったのにf(^^;。

卒業式の式次第では、ここから先は担任は泣いてもいいという場所があって、そこまでは必死であった。呼名は正しく読むように何回も練習してはいるものの、本番は別もの。別であるが本人にとっては晴れの舞台。なんとかきれいに名前を呼んであげたいと練習である。ま、そんなことは子どもたちにはわからないだろうが。

数年前までは、卒業式の後少しは余韻に浸ることができた。が、今は無理。すぐに新年度の子どもたちを迎える仕事が待っている。せめて、三日間のリフレッシュの時間が欲しいなあと思っていた。一年間を一日として、三日間。

(子どもたちのことを静かに振り返る時間があってもいいじゃないか。自分と仲間で指導してきた三年間を振り返り、新しい子どもたちに新たなヴァージョンアップした指導をするための静かな戦士の休息があってもいいじゃないか)

これは贅沢なのかねえ。

            ◆

私は、研究室で今年度中に出す学術書の最終校正をし続けている。少しでも良くしようとにらめっこである。時々窓ガラスをたたく音に目を休める。外は久しぶりに大雨。花粉が飛ばないので気持ちがよい。

明日残りをやればスケジュール通りになるはずである。あ、明日は春分の日か。いかんなあ、京都の春を楽しんでいないなあ。奥さんすみません。

            ◆

このごろ家に帰ると娘は一人遊びをしている。お座りをして音の鳴るおもちゃを振り回し、歯固めのおもちゃを齧り遊んでいる。

そこに、私が帰る。すると娘は振り向いて、両手をばたばた振り回して喜ぶ。ひもを引っ張ると手が動くおもちゃのように思い切りばたばたである。時には、それでバランスが崩れて後ろにひっくり返るぐらい喜ぶ。

素直に、うれしい。

言葉をまだ持たない娘は、感情を行動に移すだけだ。人生で一年間だけ、人は赤ちゃんでいられる。言葉を持たず、歩くこともせず、赤ちゃんでいられる。

(おい、おまいさんの頭の中では何が起きているのかねえ。ゆっくりと赤ちゃんの時間を過ごすんだよ。一生に一年間しかないんだからね)

なんて思いながら、うれしそうに抱っこする私である。

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2008/03/17

お地蔵さんみたい

卒業式と明日の教室の充実感の後に、疲れがやってきた。
日曜日は、原稿のあれこれをちょっとやって、あとは体を休めていた。
娘とお昼寝である。

            ◆

昨日、奥さんが娘と一緒に、近くのガーデンに行ったそうだ。
職員のオバさんと話していたら、オバさんが
「まー、可愛い。お地蔵さんみたい」
と言ったとか。

確かに太ってきているが、「お人形さんみたい」の言い間違いであることを願う。

            ◆

あべたかさんが、絶賛していたソフトを手に入れてあれこれ楽しむ。LiFE with PhotoCinema 2である。フォトストーリーのもっと凄い版である。何がすごいかというと、自動で作ってくれる作品のクオリティが凄いのである。

フォトストーリーもあれこれ手を入れると、凄い作品が出来る。imovieも凄い作品が出来る。であるが、私は面倒くさがりやなのであれこれ手を入れないで凄い作品が出来るのが嬉しいのである。

いやあ、本当に凄い。

            ◆

かつてMacには、「Mac詩人」というとんでもないソフトがあった。勝手に詩を作るのである。データベースにある単語をハイパーカードというソフトがランダムに並べ替えて、詩らしきものや詩を作るのである。

いま調べてみたらHDにあったので、実際に使った見る。

引用開始 ーーーーーーーーーー

テクニックのまずい生活


仔猫にワープロ
空をなんとかする
まわしはとんでもないあそこだもん
ピアノをそれにしてもあげる
ボトルを舐める
ジャパンがなんといってもいとしいのね
ぶっぱなす薄い旅館なの

引用終了 ーーーーーーーーーー

引用開始 ーーーーーーーーーー

楽しいにおい


うれしそうな大工の楽しいお風呂なんだもん

テーブルにきっと抜け出すわね
レコードをぎんぎん座るね
大工のプリンが滑り落ちるのかな
ぶっぱなすね

歌うに違いないわ

脅すあなたなのよ

ミサイル

引用終了 ーーーーーーーーーー

ボタンを押すだけで次から次へとシュールな詩のようなものが生まれてくる。
(これは、創作への挑戦だなあ)
と思ったが、映像の場合も同じであろう。

ボタン一つで、作品が出来てしまう。クリエイティビティとは何なのかを考え直さなければならない。ひな形がここまで拡大してきているのかと思う。

            ◆

で、しばらくはLiFE with PhotoCinema 2で、お地蔵さんならぬ娘の写真で楽しむ私である。

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2008/03/01

春よ来い

三月になった。
実は怒濤の三月なのである。
特に今週来週は一つとして気の抜けない毎日が続く。

そんな私が今、口ずさむ歌がある。

引用開始 ーーーーーーーーーー

春よ来い

作詞:相馬 御風
作曲:弘田 龍太郎

1.春よ来い 早く来い
  あるきはじめた みいちゃんが
  赤い鼻緒(はなお)の じょじょはいて
  おんもへ出たいと 待っている

2.春よ来い 早く来い
  おうちの前の 桃の木の
  蕾(つぼみ)もみんな ふくらんで
  はよ咲きたいと 待っている

引用終了 ーーーーーーーーーー

娘はやっとお座りが出来てきたところである。
ハイハイなども出来ない。
ハイハイが出来ない割には、立っちは得意である。高い高いをすると、支えられながらではあるが10.0の得点の着地で立つ。これで良いのか?と思うが、良くわからない。まあ、お座りができたところである。

で、娘は自分で移動が出来ないので抱っこしてベランダに出る。
朝の日差しを受けながら一緒に琵琶湖を見る。
ちょっと前までは眩しくてすぐに目を逸らしていたのに、今は目を細めて見ている。
それをさらに細めて見ている私である。

その時、この歌を歌ってあげる。
もちろん、みいちゃんのところは娘の名前に置き換えて。
まだまだ、親バカである。
いや、ますます親バカであるf(^^;。

Asa

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2008/02/27

首を攻撃される夢

うーん。首を攻撃される夢を多く見る。
昨晩も奥さんと娘を守る夢を見た。
私は
(うう、仕方がない)
と二人を逃がして、暴漢の犠牲になるのである。
夢の中とは言え、なんて良い父親な私なのだろうか。

しかし、この夢の正体は分かっている。両手を広げて時々ばたばたする娘のパンチが私の右の首に当たることが原因である。

ま、夜泣きで起こされるよりは良いだろう。

            ◆

御前中お客さんが来たが、満足した睡眠があったためか、娘はご機嫌。バシバシ殴った成果もあるか。まだ人見知りをしないので妙に愛想が良い。ま、あと少しだろう。

その後、研究室に移動してあれこれ。
なんだか良く理解していないが、面白くなりそうである。
って、理解しないと拙いんだけどねf(^^;。

            ◆

その後、会議を二つ。
提案性のある会議であり、案件にまつわる当時の状況や、今後の展開に関するいろいろなアイディアがでる。良い会議だ。

だけど、夜殴られた私は睡眠が浅かったためか、少し眠い。
珈琲を飲んで踏ん張る。

            ◆

で、研究室に戻って授業の準備。
集中してやりたいと思う一方で、今同時に読んでいる三冊の本に共通のテーマを見つけてしまって、早く読書に戻りたいという気持ちが動き出す。

この、一見関係のないと思われるものの中に共通したものを見つけたときの喜びは、なかなかのものである。自分が立体的に浮かんでくる感覚。いやあ、たまりません。

さ、今日は早めに帰るとするか。

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2008/02/25

甘酸っぱい香り

寝返りを打って、元に戻れるようになった娘。
いやあ、成長は早い。
いないいないバアも楽しむようになっている。

布団にうつぶせになって、飛行機をする。
お腹に体重を乗せて両手両足を浮かせてバタバタするポーズの事。
私もやってみるが、3秒でダウンである。

娘はなんやら楽しそうに続ける。
が、突然ばたりとうつぶせになる。
慌てて駆け寄る。

すると、
ニコッと笑ってこちらを見つめ
また、バタバタである。

なんか、いないいないバアをされている気になる。
うーむ、子どもにからかわれるってのもいいなあ。

            ◆

Ume


本日、梅花祭であった。
北野天満宮に向かった。
梅花祭は、菅原道真の命日の本日、その遺徳を祀る祭りである。

梅は三部咲きであった。
甘酸っぱい香りで、春の喜びを感じた。

Tenjin


町中には、緊張から解かれた顔つきの高校生。
(そうか、今日から京大の入試か)

私も来年度の準備を本格的に始めよう。

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2008/02/12

「彩雲」が出ていた

連休最終日。読書をしながらのんびり過ごす。
床暖房に寝転がり、午睡。これは極楽である。

            ◆

その後、娘を連れて散歩に出掛ける。
ま、もちろん、娘を抱っこして琵琶湖のビーチを私が歩くわけである。

琵琶湖の水で一番奇麗なのは北西である。上から見下ろして左上ね。私のいる西大津は左下の方である。冬の南西の湖の水は、澄んでいて奇麗である。砂も白くて本当に心地よい。

小一時間ぶらぶらして、さて帰ろうかと思った時に、空を見上げている人がいる。
(凧でもあげているのかなあ)
と思って見上げると、そこには「彩雲」が出ていた。虹と違うのは、弧が下を向いているのでわかる。

雲の中の水に太陽が反射して、虹のようになる現象である。別名「瑞雲」ともいう。吉祥と言われている。つまり、これを見るとこのあと良いことが起きると言うのである。

我が家の上に出ている「彩雲」である。

Saiun


            ◆

今宮神社の「龍」、そして本日の「彩雲」。娘のなんという運の強さであろう。
(いま、そんなに運を使わないで大事にもっておけよ)
と娘に言っても仕方がないが、取りあえず呟く。

しかし、この娘は運を使いながら、新しい運を呼び寄せるタイプかもしれない。「龍」「彩雲」の他にも、実はいろいろと運の良い事が続いているのだ。

ああ、親ばか。

            ◆

散歩の後、買い物に行こうと奥さんとマンションのエントランスで待ち合わせ。そうしたら、娘の靴下がない事に気がつく。散歩の途中で脱げてしまったようだ。娘を預けて来た道を慌てて引き返す。

wii fitで鍛えている私は、ジョギングで向かう。うーん、信じられない。
で、二つとも発見。吉祥はこのことだったのか。

買い物は、娘の本。
お話を聞くのが大好きな娘なので、絵本ではなくて昔話を買ってあげる。「テキスト読み(音訳)」しかしない私だが、これからしばらくは「物語読み(朗読)」の世界に入りきる私である。

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2008/02/10

大きく深呼吸である

ミルクの用意ができたので、娘を起こしに行く。
寝入り際に多少ぐずつくが、夜中はほぼぐっすり。
そして、朝まですこやかに寝ている。

娘を抱えて、琵琶湖に朝の挨拶をさせる。
お天道様が出ている時は、お天道様にも挨拶だ。

眩しそうに琵琶湖を見つめる娘。
(この子の人生はこんなふうに輝いてくれるといいなあ)
(どこに漕ぎ出して行くのかねえ)

悠久の光景と生まれたばかりの命を見ながら、大きく深呼吸である。

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2008/02/05

【2027年開封】

wii sportsも同時に研究する事になり、忙しい時間を過ごしている。
私はテニスを集中的にやっている。
まじめに室内履きのテニスシューズを買おうかと思うぐらいのところに来ている。

            ◆

軽く汗をかいて風呂。そして読書。
美しい朝である。

しかし、体は筋肉痛である。
ふう。

            ◆

研究室では受け取ったレポート、課題、出席などを元に成績を付けはじめる。ま、正確に言うと成績は付けるではなく、付くである。

授業の最初に評価の規準と基準をしめしているので、それに従うと成績が出る。これを評簿に付けていくことになる。努力を重ねた学生諸君が力を付けたという結果を出せるような規準と基準を設定することがポイントだと思っている。

三回は見直す予定である。
来週が教務に提出であるが、今週は入試業務もあるので、成績をつける時間は限られている。学生諸君の奮闘の結果をじっくりと読もう。

            ◆

今日は父親の誕生日。
電話をすると元気そうで何よりだった。

御願いしておいた娘のための梅酒も
「【2027年開封】として仕舞っておいたよ」
と連絡を貰う。

その時、一緒に飲みたいねえ。
長生きして下さい。

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2008/02/03

珍しそうにおひな様を見ている

ぐっすりと寝て起きる。
心地よい目覚めだ。
多少、ふらふらする気もするが、それは明日の教室の余韻だろうか、お酒が残っているからだろうか。たぶん、どちらもであろう。

            ◆

お昼前に、ピンポーン!と呼び鈴がなる。
うしゃあ、来た!
そうである。今日は娘の初節句のための、ひな人形が届く日なのである。

引用開始 ーーーーーーーーーー

(1) あかりをつけましょ ぼんぼりに
  お花をあげましょ 桃の花
  五人ばやしの 笛太鼓
  今日はたのしい ひな祭り

(2) お内裏様(ダイリサマ)と おひな様
  二人ならんで すまし顔
  お嫁にいらした ねえさまに
  よく似た官女(カンジョ)の 白い顔

(3) 金のびょうぶに うつる灯(ヒ)を
  かすかにゆする 春の風
  すこし白酒(シロザケ) めされたか
  赤いお顔の 右大臣(ウダイジン)

(4) 着物をきかえて 帯しめて
  今日はわたしも はれ姿
  春のやよいの このよき日
  なによりうれしい ひな祭り

引用終了 ーーーーーーーーーー

ネットで歌詞を検索して、歌う。奥さんがそれに合わせて並べて行く。
娘は、珍しそうにおひな様を見ている。

これから娘が、お嫁に行ってお母さんになるまで、ずっと見守ってくれるおひな様である。
ひな人形を見ながら、お茶を飲み、この先の娘の人生を思ったりしている日曜日であった。

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2008/02/01

有り難いことに第二弾

夕方から娘と一緒に出掛ける。
娘の内祝いのためである。

既に内祝いは行ったのだが、その後もたくさん御祝いを頂き、有り難いことに第二弾ということになった。

滋賀で一軒、京都市内で一軒お気に入りのお店で内祝いを頼む。第二弾なのでお店の方も覚えてくださっていて、スムーズに進む。

            ◆

京都市内のお店で奥さんが伝票を書いている時に、私はちょっと娘を抱いたまま、筆屋さんに出掛ける。お気に入りの筆を買うのだ。

手に入れて会計を済まそうと思ったら、財布はウエストバックの中。娘を抱いたままでは無理なので、テーブルの上に置かせてもらった。
そしたら、

「かわーいー。桃さんみたい」

とレジの女性。
ピンクの洋服にくるまれた娘は、顔を赤らめていて確かに桃である。

            ◆

桃と言えば、我が家では「桃様」と呼んでいる。呼び捨てなんぞできない。初夏を迎えれば桃ビールを楽しみ、ひと齧りごとに美味しい美味しいと叫び声をあげている「桃様」である。

それに似ているなんてのは、うれしいなあ。

            ◆

食べないように気をつけようf(^^;。

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2008/01/20

一週間に一日ぐらいは

ひさしぶりにゆったりと午前中を過ごす。

ミルクを飲んでご機嫌の娘を抱っこしてベランダに出る。
朝日がドーンと射してくる。
その日差しを娘の背中に当たるようにする。
あたたかいなあ。

時々太陽の方に顔を向ける。
少し前までは、眩しすぎてすぐに顔を背けていたが今日は目を細めて見ている。
そうか、そんなところも成長したのだなあと思う。

その後、琵琶湖のビーチを散歩。
ヨットハーバーは人影もまばら。
娘と琵琶湖を独占である。
西大津万歳である。

            ◆

午後からは買い物に出掛ける。
近くの大津パルコ、大津西武で娘の服やらなんやらを買う。

外に出ると、娘はあれこれ見るのが楽しいらしくご機嫌である。
ぐずって泣くと言う事がない。
声を掛けてくる人には笑顔で対応し、疲れるとコテンと寝る。
まさに、姫である。

            ◆

家では、娘とおしゃべり。
「あー、あー」
「うー、うー」
と話してくるので、それに答えている。

一週間に一日ぐらいは、ただ娘と一緒に過ごす日があってもいいだろう。

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2008/01/15

「勉強しよう」

大学に移って一年半で、やっと体のリズムが中学校から大学に変わってきたなと感じている。慢性的な朝の腹下しはほぼ無くなった。さらに、夜中に起きることが減った。

朝4時頃に起きて出勤前に一仕事ということもなくしたのだが、しばらくはで、4時に起きてしまう暮らしであったが、このごろは朝は6時過ぎまで寝られるようになってきた。つくづく人間は生活のリズムの上に、生きているのだと思う。

今朝は昨日の疲れがあったのか、8時近くまで寝てしまった。ま、それでも集合時間には間に合うのが職場の近くに住むありがたさである。

            ◆

今日は土作先生の理科のミニネタ。何回か見た事のあるネタもあるが、何回見ても面白い。面白いというのは、おかしいと興味深いの両方ともの混ざった「面白い」である。

監修の上條さんによれば、仮説実験授業の板倉先生が授業は面白いだけで良いのか?という論文を書き、分からないけど面白いと分かるけど面白くないであれば、前者の方が良いというように主張しているとのことであった。

私は、面白いにはfunny,exciting,interestingと三種類あると考えている。そして、その三種類がさまざまな顔を見せながら最終的にはinterestingに向かう事が、授業には必要だと考えている。

生徒役の学生たちは、授業を受けて非常に興奮していた。そして、
「勉強しよう」
と言い合っていた。
あれだけの凄い授業を受けて興奮するのは分かる。しかし、彼らは気がついたのだ。やがて自分たちも授業をする側に回る事を。今の自分では力不足である事を。いいことだ。

            ◆

夕食の後、家でこの二日間を振り返っていた。振り返ったまま、床暖房に倒れ込んで寝ていた。なんだかんだいって疲れていたようだ。
そしたら、奥さんが叫んでいて眠りから覚めた。
「寝返りしている!」

娘が人生初の寝返りをしたのだ。
いやあ、これは目出度い。
うれしいなあ。
しかし、寝返りでベッドから転げ落ちたり、呼吸が出来なくなることを心配しなければならない。喜びと心配を繰り返して子育ては続いて行くのだと改めて思う私であった。

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2008/01/13

いいないいな 人間ていいな

朝から市内へ。娘の初節句のひな人形を見に行った。
娘は外に出ると非常にいい子。ニコニコ笑っているか、寝ているかである。

三件ほど回ってあれこれ見る。
京都のおひな様は関東のおひな様と違い、男雛が向かって右、女びなが左側に位置する。装束もいろいろとルールがあってなかなか面白い。私がいいなあと思ったのは男雛が白の着物のもの。値段をみたら、
(ん、これならいけるかな?)
というもの。
しかし、よく見たら10万円ではなくて、もう一つ○があった。百万円かあ。すげー。

            ◆

娘がミルクを飲んでいる間に、私が必要なものもデパートで見て歩く。久しぶりに服を買おうと思って歩いた。

結果的に私の体型の服がなかったので買えなかったのだが、そこに懐かしいものを見つけた。

私は学生時代にとっても好きだったシャツがある。「ニューヨーカー」のストライプのボタンダウンシャツだ。これがとても好きで本当にすり切れるまできていた。柄、質感、重さ、シルエット。どれをとっても抜群であった。当時1万円ぐらいしたと思う。今ならすうまい買っておくと思うのだが、学生である。一枚が限界だ。

で、収入を得るようになってから買い足そうと思って探したのだが、ない。定番のシャツかと思ったら違ったのだ。

そのシャツに似たシャツをラルフローレンで発見したのだ。すっごく似ているのだが、ちょっとだけ違うのでギリギリ買わなかったのだが、そのときにすっごく懐かしい空気が流れていることに気がついた。

80年代の空気、浜田金吾さんの音楽、鼻の奥にジンとくる切なさが突然よみがえってきたのだ。(たったシャツ一枚でこんなのが蘇るのだなあ)
と驚いたのであった。

            ◆

夜は、娘に童話を聞かせながら寝ることにしている。
娘はまだ自分で絵本を読めない。って当たり前だが。
で、寝る前にお話を読んであげるというか、語ってあげるのだが
昔話のストーリーを結構忘れていることがある。
そんなとき頼りにしているHPがある。

いやあ、便利だ。

http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/

これで読みなおし、ストーリーを思い出してから娘に語ってあげるのだ。
その途中で、「まんが日本昔ばなし」のエンディングの歌の歌詞を発見し、一人でうれしくなって歌っていたら、娘が喜ぶ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

くまの子みていた かくれんぼ♪

おしりを出した子 一等賞♪

夕焼けこやけで またあした またあした♪

いいないいな にんげんっていいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
子どもの帰りを 待ってるだろな

ぼくも帰ろ お家へ帰ろ
でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

引用終了 ーーーーーーーーーー

改めて歌詞を見てみると物語などほとんどない。展開は無茶苦茶である。しかし、この無茶苦茶が子どもはいいのだ。そしてよく考えてみると繋がっているのもよい。

「いいないいな 人間ていいな」

いいなあ。
明日も歌ってあげよう。

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2008/01/03

書き初めをした

書き初めをした。
季節感はないが、いまの気持ちを書こうとすると、
この詩になる。

まったくもって困ったものだ。
こんな詩を書かれたら、もう何も書けないじゃないか。
谷川俊太郎さん。

でも、こんな詩を書いてくれたから
幸せになれる。
ありがとう谷川俊太郎さん。

Kakizome

           ◆

東京から父母、弟家族がやってきた。
一気ににぎやかになる我が家。

久しぶりにわが娘に会う。
大きくなった事を喜んでくれて、大撮影大会。

           ◆

大人数だから夕食は中華。
いやー、こんなに多かったら食べられないだろうというぐらい頼んでも食べられるのが大人数の中華。食べたなあ。

甥っ子はもうすぐ4歳。どこで覚えたのかたくさんの言葉を話し、自分がお兄さんになったのが嬉しい様子で、
「赤ちゃんにミルクをあげる」
と言う。

反抗期が始まったというのに、妙に素直。
私のミニクーパーのミニカーを気に入って触りたそうだったので、壊れにくいものをひとつ貸す。こないだ会った時は、
『おい、オジさんのミニクーパーSに乗るか?』
と聞いた時は、怖くて乗れなかったくせに。

明日乗ったらビビるぞ。

           ◆

お外にいる間は、とても静かな娘。
さ、良い初夢を見るんだよ。

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2008/01/01

「福の神だよね」

大雪の予報であったが、奇麗な星が空に出ていた。
(あ、これは初日の出を拝めるな)
日吉大社から家に帰る道すがら思っていた。

            ◆

奥さんが湧かしておいてくれた風呂に入り、体を温める。

ベランダに三脚を備え付けて、R7のインターバル撮影で一分おきに撮影する事にした。
それにしても、奇麗だ。
Pat Methenyの "A Map Of The World"の世界である。

Rimg0254_2

Rimg0257_2

聖蹟桜ヶ丘の日の出は6:58分ぐらいだったが、この地では7:10ぐらい。山の向こう側から出てくるので、赤い太陽ではなく、もう黄色い。

家族三人で、ご来光を戴く。

Rimg0304_2


            ◆

お雑煮は、結婚以来私が作る事になっている。我が家の雑煮は父の田舎、山形は庄内の雑煮である。祝い箸、おせちに、お屠蘇がわりの日本酒。ちなみに日本酒は、近江の名酒「不老泉」。

お屠蘇は年の若い順に戴く。娘は形だけ。
私もじっくりと味わう。

そして、寝てしまったf(^^;。

            ◆

奥さんが赤ちゃんの時に着たと言う着物を着せて、写真をとる。
鶴の模様の入った年代物の着物。
奥さんのおばあちゃんが御祝いにくれたものだそうだ。

しみじみ、いいなあと思う。

            ◆

午後からは近くの近江神宮に三人で初詣。
娘のこの地でのお宮参りをした神社。
その日は,平日と言う事もあってか誰もいなかった。
だから、そのイメージで出掛けて行ったのだが、これが大間違い。
凄い人であった。
しばらく並んで三人でお参りをする。

            ◆

鏑矢を買おうとしてうろうろしていたら、私の右側から指が伸びてきた。
「まあ、可愛い」
と言いながら娘の頬に手を伸ばす。
見ると、とっても上品なおばあさん。
「あら、こんな初めて会ったおばあさんにも笑ってくれるの」
と言いながら娘の頬を撫でてくれる。

娘の名前を言うと、
「まあ、おばあさんの姉妹にもいるのよ」
と喜んでくれた。
本当に上品な笑顔の素敵なおばあさんであった。

私と奥さんは
「福の神だよね」
と意見が一致。ありがたやありがたや。

他にも境内を歩いていたら、若者のグループに
「めっちゃ可愛くない?」
と呟かれたので、御礼に頭を下げる。
父としては、嬉しいものだ。

            ◆

お参りの間にもちらほらと雪だったが、帰ってくる事にはもう少し振ってきた。
娘は、ぐっすりとおやすみだ。

なんとも穏やかな元日である。

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2007/12/29

"The Koln Concert"

Keith Jarrett "The Koln Concert" である。
年末、寒い日。
曇り時々雨。
こんな日は、"The Koln Concert" である。
今日も半分飛行船である。

            ◆

娘の寝顔を見ながら、年賀状書きの準備。
食洗器の規則的な水流のリズムが、娘の寝息とシンクロする。

Earl Klugh "Julie"。
晴れた日曜日の午前中の曲かと思っていたら、なんとこんな日にも合うもんだね。

寝ていると起こして抱っこしたくなる。抱っこしてぐずると寝かせなければなと思う。この子の頭の中はいま、どうなっているんだろうなあ。せめて、良い曲を流し続けてあげよう。

抱っこももう良いだろうと思って、ベビーベッドの方に歩き出すと、「ふぎゃー」っと泣き出す。す、鋭い。私が寝かせようと思っているのを歩く角度で理解している。うーん、賢い。

はいはい、もう少し抱っこしながらEarl Klughを聞きましょう。

            ◆

明日は雪の予報。
琵琶湖は、日本海の気候なので北陸の予報を見なければならない。大雪。

どうしようかと思っていたが、良い機会である。スタッドレスタイヤに履き替えることにした。ブリザックをチョイス。アスファルトの上では特にカーブでグニャリとする感じがあるが、ここが雪に絡むのだろうなあ。直進安定性ではサマータイヤと特に違いは感じられない。

さて、明日の雪が楽しみである(^^)。

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2007/12/26

『痛くありませんように』

朝のミルクのあと、私は少し娘のお相手をする。その後、娘はもう一度眠りにつく。なんとも言えず平和だ。平和なのはいいが、流石の読書の量が減っているので朝風呂につかりながら本を読む。うーん、贅沢。

Bluel


            ◆

研究室に向かい、あれやこれやと事務仕事。
本当は論文に取りかかりたいのだが、それをする前にすることがあれこれ。でも、これを終わらせてしまわないとねえ。

研究室の大掃除はいつになるやら。

            ◆

研究室の前の教室では、学生が私の出した課題をやっている。教育実習1の課題である。簡単な課題である。「実習校の時間割に従って、一日中立っていること。その内、2時間は実際に授業をする教科の教科書を声を出して読むこと」である。

大学生の若さの持つ体力と、授業で使う体力は別のものである。立っているのがどのぐらい体力が必要なのか、さらに、楽に立つとはどのようなことなのかを、体を持って体験する課題である。教育実習は、これが最低2週間続く。授業に即した自分の体に気がついておく必要がある。

            ◆

娘は本日予防接種。BCGだ。家を出がけに
『痛くありませんように』
とお祈りをしてきた。バカである。

でも、このお祈りが聞いたのかどうか非常に上機嫌で完了のこと。
良かった良かった。

            ◆

で、息抜きに年賀状を作る。今年の主役は当然、娘。だが、娘だけの写真はやめようと奥さんと話していた。私が年賀状を出す相手は、私との関係で年賀状を出しているのであって、娘との関係で出しているのではない。娘は主役であるが、本来脇役なのである。だから、娘だけの写真はやめようということにしている。

9月から撮り貯めた写真を改めて見直して、ため息が出た。
(こんなに成長していたんだ)
と。

あんなに可愛いと思った写真が、
(おい、これは人間か?)
と思わず言ってしまうようなものもあって、大変であった。
(ああ、大きくなったんだなあ)
と言う思いと、
(ちょっと待て。いま可愛いと思っていても半年後には・・・)
とかね。

とまれ、なんとか出来上がりそうだ。

            ◆

しかし、論文はいつ仕上がるのか。

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2007/12/25

「クリスマス断食」

家族で過ごすクリスマス。

日中は、近くのレストランのガーデンまで娘を抱えて散歩。
時雨れた空模様は、奇麗な虹をプレゼントしてくれた。
ランチとディナーの間の時間値だけに、お気に入りのガーデンにはお客さんはいない。
貸し切りである。
琵琶湖を目の前にして、ひなたぼっこ。

夜は娘に、初めてのプレゼントを渡し、生まれて来てくれたことに感謝。
当然娘は、なんのこっちゃという顔をしている。
ただ、抱っこをしてくれることを一番の喜びにしている。

            ◆

サラリーマン、家族、恋人、友人と、日本のクリスマスの対象は変わって来た。今は、仲間なのだろうか。私の青春時代は、ユーミンによる恋人のクリスマスが全盛であったが、バブルの崩壊とともになくなっていったなあと感じている。

思うに、クリスチャンではない私がクリスマスを楽しむのは、美味しいものを食べられる、プレゼントをもらえるということがメインであった。そして、それを楽しむのだから固いことを言わずにやればいいと思っていた。

が、このごろ思うのは
(クリスマスがなかった頃の,日本の年末はどんなんだったかなあ)
ということだ。

今は、25日になると一気にスーパーは年末、年始の模様に変わる。昨日までジングルベルだったのにだ。だけど、嘗ての日本は、クリスマスがなくて、じわじわと年末が過ぎ、新年を迎えることになったのだろう。それを、私は実感どころか、イメージすることもできない。

どんなんだったのかなあ。
「クリスマス断食」でもやってみっか。

            ◆

日本の文化をもう一度考えている年末である。

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2007/12/24

娘のあたたかさを抱きしめる

一日自宅で娘の面倒を見て過ごす。出来る限り、一週間に一回は私が面倒を見て奥さんが自由に使える時間を半日でも設定してあげたいなあと思うわけである。奥さんは、クリスマスと正月の準備。ありがたいことだ。

何をするわけでもない。ミルクをあげておしめを替えるだけである。そして、泣いたらあやし、眠そうになったら一緒に添い寝をする。それだけである。ちなみに昨日は随